第6話「死にたいって言うな殺すぞ」

 帰り途中でスーパーへと立ち寄り、今晩の買い出しを済ませた頃には既に午後六時を回っていた。


「早く喜嬉アイツを駅まで送って、今日はささっと飯食って寝よう……」


 少々眠たげな様子で駐車場へ向かうと、戯賀きしげの視線にはバットを野球選手のように素振りし続けているイカれた女の姿があった。

 普通であれば未知の存在に恐怖し、怱々そそくさと立ち去るところだが──知っている人なのでいたし仕方なく近いづいて行く。


「おい、車で待ってろって言っただろ」

「いや~~~車で寝てましたので体がにぶくて痛くって。あ、見てくださいコレ! 釘バット!」


 一線の悪気も無しに嬉々として持ち上げるのは、古来より伝わる不良の金字塔──釘バット。

 本来の誤った使い方であり、これを実際に人へと振るった不良は実際には少ない。

 ようは護身と威厳用アイテムなのだ。


「何でも割ることができそうですよ!」

「おーう、なんでそんなところにあるんだ? ──ありゃ、スポーツカーじゃん」


 彼女が所持している理由を聞こうとしたが、戯賀はレンタカーの隣に駐車してあった高級車へと視線を止めた。


「イタリアのフェラーリじゃん、はへぇ~~~すごい」


 物珍しい車を観察していると取り付けられていたドライブレコーダーを発見し、戯賀は真顔ダブルピースのまま車の前で立ち止まってしまう。

 高級車のカメラに映ってみたいという、欲求があったのだ。


「これでいてたら、昨日の子も異世界転生せずにすんだのかなぁ」


 すると、そこに。





「何やってるんですか戯賀さんどーーーん!」




 キノコのように生えた釘と相手のボールを射るバットが戯賀の顔面上に一瞬影を落とす。

 それは彼に当たることなくコースを外し一点の


 バリィン、


 と豪快な音を鳴らし付けた。






 割って入ってきた釘バットは、透き通るようなフェラーリの清逸なフロントガスを刹那のうちに叩き──白い亀裂を巡らせ、蜘蛛の巣のような絵面へと変貌させた。

 その代償として前を見て運転する事などほぼ不可能に近くなり、割れた破片のいくつかは車内へと落ちていた。




 無論やったの犯人は──






「え、あ、え、わ、私、え、く、車のガラス、な、なななな、なんで」




 依頼者の今の人格じゃない方の犬王喜嬉けんのお ひさき


 なんと最悪なタイミングか、割った瞬間に人格がのだろう。

 目の前にある割れたフロントガラス、そして何故か手に持っている謎の釘バット、これだけで自分が何をしたかは想像に容易く──喜嬉は顔を真っ青になり、上下の歯を鳴らし、目頭に涙を浮かべてしまっている。


「わ、わた、私、また、ま、え、ま」

「あ~~~、落ち着け行くぞ」


 完全に我を失ってしまった喜嬉を急いで車に乗せ、戯賀はスーパーから走り去っていった。


 ──今日で何回逃げるんだ。


 ※


 罪悪感だらけの喜嬉をなだめながら駅前で下ろし、フラフラとした足取りで帰って行く後姿を見送ると戯賀はすぐに我が家へと向かった。




「やれやれ、流石さすがに今回は骨が折れる……共産主義をめさせた時よりも大変だ」


 駐車場にレンタカーを止め、二階への階段を上り自分の部屋のドアノブを回すと──を察知し、リビングの方へと急ぎ足で突撃した。









「お帰りなさいませ! 戯賀さん! お台所とおトイレをお借りいたしました! こちら無断侵入代と夕食調理代! キッチリ依頼とは別途でお支払いいたしますわ!」

「おう、不法侵入って自覚はあるんだな」


 たこ焼きを焼いているホットプレートの隣に金の入った封筒を置く者は、最早もはや言わずもがな犬王喜嬉。


 の、無垢な笑みが取り柄な暗殺対象のイカれている方。


「門前払いだ、帰れ帰れ~」

「お待ちくださいお代官様、まだたこ焼きが焼けてはおりません。半生以下です。慎重な作業なんです……」

「おい、警察に通報するぞ」


 戯賀の脅しは説明する必要も無しに“無意味”──胸元の前で腕を組み真剣な眼差しで、まだ幼さが残るたこ焼きたちを凝視しながら喜嬉は誰も聞いていない勝手に解説をし始める。


「九十度に回転させたたこ焼きたち。

 戯賀さんの家に来る前に買ってきたこの万能ホットプレートによる火加減の見極め、青のりを掛けるタイミング、鰹節かつおぶしが舞う舞台を整える為のセッティング、大阪人という月の人たちは家族と仕事とたこ焼きの加減に命を懸けているのですよ」

「もういい警察呼ぶわ。待ってろ、は~~~い、ひゃくとおばんっと」

「『赤子鳴いても蓋取るな』──ふふっ、言い得て妙。手のかかる弟ってこんな感じなのでしょうね。なんだか愛らしいですわ」

「年下に『可愛い』って言って近寄ってくる女はヤバいってママ言ってたぞ」


 軽やかな指使いでスマホに『110』を入力し耳に当てるも、喜嬉はピックを握ったままその場を立ち上がろうとはしない。


「──戯賀さん」


 視線はたこ焼きを凝視したまま、喜嬉は生徒の名を呼ぶかのように彼を呼ぶ。


もう一つの人格わたしを殺して、生まれ変わったら……あなたの秘書にしてくださりませんか?」

「おはらいするわ」


 『プルルル……』という電子音を片耳に聞き、戯賀は鬱陶しそうにことを返す。


「でも生まれ変わっているんですよ? 性格もまったく違くて……何だったら戯賀さんの好みになっているかもしれない、それだったら良いじゃないですか」

「クソガチャ過ぎてやる気にもならん、秘書はいらん」


 たこ焼きが焼ける音を神妙な面持ちで耳に入れていた喜嬉は何処か落ち着いていて、そこはかとなく寂しさすら覚えてしまう様子だった。

 スマホを当てながらも彼女を見つめ、戯賀は少し間を置いて考えだす。


「んあぁ……でも、その性格じゃない別人になってるなら、別に良いのかなぁ……」

「ほんとですか? ……やった」


 彼の言葉に少女がごとく笑みをほころばせ、小さな声で喜ぶもたこ焼きへの集中は欠かさない。


 ──コイツただ、たこ焼きを焼きたいだけなんじゃ。


「早く死んで、あなたの秘書になりたいですわ。一緒にお食事取って映画見て……」


『──もしもし、お待たせいたして申し訳ございません。こちらアキゾ警察所です。何の御用でしょうか?』




「死にたいって言うな」


『──はい?』




「殺すぞ」






『──ゑ?』



 喜嬉のたこ焼きは予想よりも遥かに美味く、大阪人は全員彼女に土下座する出来だった。

 一緒に夕食を食べ終わるとすぐに彼女を追い出しシャワーを浴びると、明日に備えて戯賀はとこに就いた。


 それから四時間ほどが経ち──


「ん……水飲も……明日のこと考えたら、起きちまったよ……」


 突然目を覚まし、欠伸あくびをしながらも虚ろな表情で台所へと向かう。

 台所の水道が見え、前に立とうとした途端──何か硬く盛り上がっている物を踏んだ。




 多少を感じ下を見てみると、戯賀は「わぁお」と小さく驚いてしまう。




「……はぁ……………………出てけー!」


 と、になっていた喜嬉の腹を優しく蹴る。


 すると彼女は目を覚まし、視線を交差させると面を食らったかのように飛び上がりだした。


「え、えぇぇえええええええええ! なんで巫山かんざさんの家にいるんですか⁉」

「最初にお前が不法侵入してたこ焼き作って、んで台所に水飲みに来たらまたお前がいたんだけど?」

「し、知りませんよ! またもう一つの自覚がぁぁぁ……しかも、たこ焼き⁉ あんな不健康な物……」

「おい! お前誰よりもたこ焼き好きだったじゃんかよ! 中身全部イカだったし!」

「はぁぁ、もう良いです! 帰ります!」

「おう帰れ帰れ! ちなみに終電ないぞ」

「あぁそっか……タクシーで帰ります! さようなら!」

「さようなら、また明日」


 言いあいののち大きな音を立てながらも喜嬉は家を出て行き、やっと戻った安息に安堵しながらも戯賀はコップを手に取る。




 瞬間、玄関からまた大きな音と共に喜嬉が侵入し、慌てた様子でリビングを見渡すと戯賀に渡した封筒を手に取り中身を漁りだした。


「やっぱり! お財布のお金が全額無いと思ったら! 今度こそ帰ります!」

「おぉ、明日よろしく」


 再び家内に沈黙が戻り、眠たげにしながらもコップに入れた水を含む。




「──ん、うぉえ、マウスウォッシュ入ってたのと混ざっちゃってんじゃん」

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