第7話「謝罪文は水樹奈々の歌詞みたく」

 黎明れいめい過ぎに流れる涼し気な空気感の中コーヒーショップ前で喜嬉ひさきは買った飲み物で掌の暖を取って、半開きの双眸で体を縮こませながら戯賀きしげが来るのを待っていた。

 今日は体を溶かす甘いココア。


 そうしていると戯賀のレンタカーが彼女の前に止まり、喜嬉は寒さから逃げるように車の助手席へと搭乗し──有無を言わぬまま車を発進させていく。


「……ちょっと遠出するぜ」


 朝の挨拶をするわけでもなく、戯賀は昨日と変わらぬ態度で第一声を口にした。


「安心しろ、もう一つの人格はちゃんと殺してやるから」


 ──昨日の話しで、何となく暗殺対象アレが何なのか大体予想付いたし。


「……お願いしますね、


 心の底から感謝するように喜嬉は微笑んでみせると、戯賀は表情を崩さずに「あいよ」とだけ面倒くさそうに返した。


 ──……朝から暗殺対象の方コイツか。






 高速道路に入り長い道のりを進むも、目的地までまだ十分の一程度しか辿り着けていない。

 走行中の喜嬉はどこか浮足立たせており、遠足に行く小学生かのように少々落ち着かない様子を見せていた。


「その服すっごくカワイイですね!」 


 無邪気に話しかけてくる彼女に──『You Soboro』という英文に切断された人の腕が可愛くプリントされたシャツを着ている戯賀は、運転しながらも鬱陶しそうに答えだした。


「ユニクロ」

「聞いた事あります! そのメーカー! まさか有名なメーカーの服を着てらっしゃるなんて……」

「ママに選んでもらったの」

「お母様に⁉ まぁ……センスの良いお方」


 ──ちくしょ、まったく効いてない。


 女性が嫌悪する高確率であるマザコン母親を投入したにも関わらず彼女は惚惚ほうほうとしており、結果として逆効果となってしまった。


「今度、私が戯賀さんの服を選びに同行……デートしても良いですか⁉」

「お前今から死ぬんだろうが!」


 ※


「そういえば、何処に行くんですか?」


 サービスエリアにあるコンビニへと立ち寄り、パンをカゴに入れながら喜嬉が問いかけだした。

 突然過ぎる疑問に、戯賀は視線を合わせぬまま言葉のみを送っていく。


「山奥にある……なんだろう、池……みたいな? 良い場所がある、そこで殺すきめる


 曖昧な言い方にも関わらず喜嬉は「へぇ~」とだけ返し、戯賀は彼女がカゴに入れた商品をちらり見る。

 菓子パンばかり、カロリーばかり。


「また甘い物ばかりで、もう一つの人格にキレられるんじゃねぇのか?」

「良いんですよ、この人格わたし最後の晩餐です!」

「はいはい、こんな人格持って可哀想だわなね」






 車に戻ると喜嬉はピザトーストを取り出し、口を大きく開け頬張ろうとした。


「おい」


 そこに突然とつぜん戯賀は低声を口にして、喜嬉は彼が見つめるフロントガラスの方を静かに凝視した。


 平日のサービスエリアとはいえ、周りには無人とも言える程とて止められてはおらず──すると微かにバイクのエンジン音が耳をつんざきだし、爆音は徐々に此方こちらの方へと近づきだしていた。

 それは一台だけでなく音からして数台はおり、気魂けたたましい音を鳴らしながらも戯賀たちのいるサービスエリアへと入って来たバイクたちは、戯賀の車を中心に囲い始めた。

 時計回りで包囲し十台もの大型バイクたちを走らせているのは、厳つい形相をした外国人ばかり。




 明らかにマズい状況──にも関わらず、二人は回り続けるバイクの男たちを視線で平然と追いかけ、喜嬉はピザトーストを口にしながら感想を述べた。


「うわぁ、皆汚いなぁ」

「揃いも揃って全員ケツの穴って感じ」


 軽口を言い合いながらも、戯賀は少し間を置いて思案した。


「よしっ、何かあった時のをしよう」

「口合わせ?」

「そうだ、全部覚えろよ」


 「ん~っと」と下から上へと眸を回し、内容文を完成させる。


「よし、いいか?

 ──昨日は午後七時まで町の隅にあるカーリング場でスケートしてて、そっから夕飯にハンバーガーを食べようとした途中で『リリカルなのは十話でフェイトがプレシアにムチ打ちくらってるシーンの上映しているけど見る?』 って話しかけてくるベトナム戦争帰りのニューハーフの白人に誘われて、『興味一、うわぁ九』の値で大人ってものに絶望しながらも気になって入ってみたら、奥ではエイリアンvsプレデター見ながらUNOしてたの。ゲームに混ざってやってたら、そこにゴスな風俗嬢ギャンブラーが現れて家とストッキングを賭けて対戦を進めてたら、途中夏休みのお盆中に親戚の家に泊まりに来て昼間は畑で取れた野菜を売り続けるっていう小学生ながら過酷な労働をやらされて最後は『給料』って言われてお盆玉を貰った時のことを思い出しながら勝って、夜中の午前三時に帰宅した。

 ──言えるか?」


 突貫で作成した嘘長文を口にし、「え~っと」と顎を抑えながら回り続けるバイクたちを凝視し続ける喜嬉。


「……『お盆玉』って、ようはお盆に貰うお年玉って事ですよねぇ?」

「そうだって」

「ふぅん……あと一つ」

「何?」




「リリカルなのはってなんですか?」

「もぉぉ~いい加減早く覚えろよ! ……はぁ、とりあえず俺に任せとけ」


 覚えの悪さに焦りを覚えていると、一人の男が窓をノックし「車から出ろ!」と血相を悪くしながら叫んでいたので二人は両手を上げながらゆっくりと車を降りて行った。




「ヘイ! ヘイヘイ! 俺ジャパニーズ! ジャパ~ン。ハラキリ、カミカゼ、ジサツ大好き~ムチョすぅき──」


 友好的な態度で陽気な演技をする戯賀の額に付きつけられた物は、黒鉄くろがねの銃口。


「きゃ──」


 悲鳴を聞き振り返ってみると喜嬉は男の剛腕で首を抑えつけれており、こめかみには同じく銃口を向けられていた。

 外国人たちは余裕そうにしながらも二人を──主にを睨みつけ、威嚇するように拳銃を構えていた。




「え──何、なんで、私……え⁉ 寝てたのにもう朝……てか、⁉ 巫山かんざさん⁉ どういう状況ですかこれ⁉ ア、アレ、皆持ってるやつ銃ですか⁉」

「おい! ボスが来るまで黙ってろ!」

「ヒッ!」


 右手で追い払おうとするも銃を突き付けられ、の喜嬉は抵抗力を失ってしまう。

 最悪なタイミングでの入れ替わり。


 ──教えた口合わせが無駄になったじゃねぇか。


 すると其処そこに一台の乗用車が現れ、身だしなみを清潔に整えたスーツの伊達男が降りると此方の方に近づいてきた。

 目の前で立ち止まり金砂のオールバックを風に躍らせていると、二人を拘束していた男たちは伊達男に戯賀たちを近寄らせ──伊達男は懐から一つのパッドを取り出した。


「これに見覚えはあるか?」


 低くダンディの声色で動画を再生すると──無人の車内映像──どうやらドライブレコーダーの映像であり、少し待つと買い物袋を持った一人の青年がフロントガラス越しにが十秒程映しだされ、戯賀は首を傾げだす。




『──何やって──で──げさんどーーーん!』




 女性の楽し気な声と共に突如フロントガラスが粉砕され、何も見えない映像の中で女が慌てふためきながら泣く声と共に動画は終了した。


 伊達男は動画を巻き戻し、ガラスが破壊される瞬間で止めると──そこにはが映っていた。




「あぁ~……サナバビスケット……」


 残念そうに声を洩らす戯賀。

 伊達男は鼻から静かに息を吐きながらも、裏しかなさそうな笑みで再び二人へと問いだした。


「俺はフランスのギャング『オーダープブリック』のボス、ロッチってんだ。さて、日本のガキども。もう一度聞くが見覚えはあるか? 特に

 これは俺のお気に入りだった車の映像だ、日本のヤクザとの取引の為にこの国に来たが……この車は俺の相棒に等しいから、フランスで一人にはさせられなかったんだ……んで、何か知ってるかい?」


 喜嬉はロッチを凝視した状態で全身を震わせ、戯賀は右頬に親指を置いて視線を斜めに向けながら考えた。


「あー……うちのジィジが五年前くらいにやったやつかな、ユダヤ人でも見かけてやったのか知らんけど」


 冗談を言うと拘束していた男が銃で戯賀の後頭部を小突き、それを見たロッチは声を上げながら笑いだしてしまう。


「はははっ、小僧。嘘は良くないな? 最悪死ぬからよ、お前さんはただ車の前でピースしていた頭のおかしい奴でと思っているのに」

「…………マジすか?」

「あぁ」


 ロッチの不敵な笑みを怪しみながらも、思案する戯賀を見て喜嬉は声を掛けた。


「わ、私やってませんよ! し、信じてください、ロッチ……さん」






「いや、お前のサイコパスの部分がやった」

「巫山さん⁉」


 あっさりと裏切ってしまう戯賀に喜嬉は唖然としながらも、軽蔑した表情を露わにする。


「日本人は紳士と聞いていたが……まぁ、俺は健大で寛大だ。お前はやってないし、逃亡を手助けした点は大目に見てやろう。

 逃げるんだったら早くしな、嬢ちゃんには車の落とし前をつけて貰わなきゃなぁ」

「ヒィッ! ──巫山さん! 助けてください! っていうか、助けて!」


 必死に呼びかけるも当の本人は知らん顔決め込んで、申し訳なさそうにロッチへ頼み込んでいる。


「俺の代わりにソイツの面倒見て貰えません? そろそろ手に負えないんで、その子精神疾患持ってるからちょっと困ってて」

「……言ってる意味がイマイチわからねぇが、ま、良いだろう。面倒は……ちゃぁんと見てやるぜ?」

「それは良かった。それじゃ、さよ、をなら~」


 別れの言葉を変な部分で切りながらも解放され、車へ向かう戯賀に喜嬉は絶叫した。


「巫山さん! なんで裏切るんですか!」

「裏切るも何も味方になった記憶がない……ちょっと今回は疲れた、そして更に疲れるってなると俺のストレスに関わってくる。仕事のストレスは寿命を狭める、以上」

「だからって、無視するなんて! 子供ですか!」

「大人になれない俺の強がりは聞かなくて良いから、んじゃ」


 本当にそのままその場を去ろうとする戯賀に最後の言葉を投げかける。


「私助けなかったら、お金は無しですよ! そんな事すら分からないんですか!」


 車に乗りこんだ戯賀の腕がピタリと止まり、ぽつりぽつりと呟きだした。


「パーねぇ……パパーのパー、パーのパーヴァン・シー……そっかー! 花粉除去付きエアコン買えなくなるんだ~~~今の時期ヤバいってのに~~~……」




 ので──




「臆病者め。んじゃ奴隷にでもして売り飛ばされるか、内臓掻っ捌いてそれを売られるかを決めてもら──」




 ロッチが洋々と話していた刹那、喜嬉を拘束していた男と喜嬉は突如開きだした戯賀の車の助手席の扉へと衝突し──戯賀がタイミングよく喜嬉を助手席に取り込むと非常時用に繋げていた助手席のワイヤーで扉を閉め、その場を去って行った。

 その際に飛び出していったピザトーストはロッチの顔へと直撃し、地面へと落ちいったトーストは怒りのままに踏みつけられた。


小癪こしゃくな真似を……追え! 追うんだ! 二人とも皆殺しだ!」


 怒声と共に男たちはバイクに跨り、戯賀たちのレンタカーを追跡する。


 後方を振り向き追いかけて来るバイクたちを見て、喜嬉は恐怖に怯えながらも律儀にシートベルトを締めた。


「ガラス破壊したくらいでなぁ、この歳になると男女平等に更年期は来るもんだな」


 と戯賀は呆れながらも、目的地へと急いで行った。

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