第11話「人間誰しも内蔵ピンク」

《》

「その銃預かる」


 戦場と化した高速道路からバイクに乗り換え、目的地へ向かうこと二時間。

 戯賀きしげは背中越しに片手を出し、彼女へと渡すよう要求してきた。


「予定にはなかったが、お前に出来たのには丁度いい」

「……わかりました」


 息を呑み少し思案しながらも、喜嬉ひさきは託すようにして彼へと銃を手渡した。

 それなりの重みがある銃を一瞥しポケットにしまう姿を凝視すると、風で防がれる耳を抑え戯賀に声を掛けた。


「これで……もう一人の人格わたしを殺してくださいね」

「うん、そのつもり」


 ※


 それから数時間も掛け、薄暗くなってきた木々しげる山奥へ入って行き──


「着いたぞ」


 バイクから降ると、二人の目に映ったものは小さなボート場。

 受付で新聞を読んでいるおじさん以外人気ひとけも無く、もはや人が一ヶ月に一人来るかも怪しい古びた所だった。


「よし、行くぞ」

『──チョットマッタァ‼』


 一歩前へと踏み出した途端──乗ってきたバイクはロボット形体へと変形し、したり顔で二人を見下ろしだした。


「……あぁ、忘れてた。そういえばそうだったな、戻っていいぞ」

『何ガ「戻ッテイイゾ」ダ! ヨクモコノ、ガメロトヲエルデアロウコノ俺様ヲ利用シヤガッテ!』


 計り知れない屈辱の怒りを露わにしながらも、余裕ぶった様子でロボットは二人へと近寄っていく。


『クククッ……仕返シダ、オ前モソノ女モブッ殺シテヤル……』


 ゆっくりと一歩ずつ巨躯な脚部を前へと出して、喜嬉が脅え腰を抜かしかけているかたわらで──戯賀は銃を手に取って、






『グワァァァァァァァァァ! ダ、弾丸ガニ入リ込ミヤガッタ! マズイ! 中デ火ガツイタゾ! 内部温度ガ上昇シテイクゥ‼

 タ、助ケテクレェェェェ! 兄貴ィ‼ ガメロト様ァァァァァァァァァァ‼』




 戯賀が放った一撃は内部機関にある重要部分を破壊し、ロボットを悶え苦しませると──激音と共に機械の体はした。




 業火の柱が天へと立ち、鉄臭いキャンプファイアーになると戯賀はポケットから取り出したマシュマロを割り箸に刺して、ロボットの火柱で焼きマシュマロを作り頬張った。



「はぁ……もぉ。残り一発になっちまった」


 顔をしかめながらも二人分の料金を新聞を読んでいる受付のおじさんに置き渡し、白いボートへと腰かけた。

 左右に設置されてあるオールを互いに一本ずつ持って漕ぎ、円形の人工川を進んで行く。

 聞き覚えのない鳥声ちょうせいが耳をつんざき、夜べの静けさが空気を冷やしてくる。


 魚一匹とて頭を出さずにいると──突然、右のオールを中心にボートが時計回りに回転しだしてしまう。


「おぉい~~~ちゃんと漕げよ。真ん中を回ってるだけじゃねぇか」

「──だって、目を覚ましたらいきなりボートの上なんですもの。今、どういう状況ですの?」

「入れ替わったのか……めちゃくちゃ良いタイミング」


 吐き棄てるかのように小言を呟くと床に置いていた銃を手に取り、持ち手を膝に置いて喜嬉へと銃口を向けだした。


「お前もう死ぬの、最終局面ってわけ」

「あら……まぁ。──そう言われるとソワソワしてきますわね……」


 殺される、というにも関わらず暗殺対象の喜嬉は気を引き締めながらも落ち着かない様子を浮かべていた。

 そんな彼女にも慣れた戯賀は顔色一つ変えずに話を進めていく。


「最後に謝っとく、わりぃなこんな形になって」


 意外だったのだろう、喜嬉は少々驚いた表情で戯賀の様子を伺った。


「どうしたのですか? 謝罪など」

「お前の人格を簡単な方法でどうにかして破壊しようと模索したが、結局こんな手段しか思い浮かばなかった」

「いえいえ! 戯賀さんは頑張っているではありませんか!」


 笑顔を絶やさずに言葉を返す彼女に釣られ、戯賀は苦笑を溢してしまう。


「俺は『人助け』って言葉に酔っているだけだよ」

「そんな戯賀さん、私好きですよ」

「年下の男にガチになる女はろくなのがいないってママ言ってた」

「まぁ、一目惚れですのに」

「一目惚れにも碌な女がいないってママ言ってた。

 ──俺の事を好きなのは俺一人で充分! ゴジラが東京を破壊するのと同じくらい俺は俺が好きなんだ」

「…………ふふっ、そうですわね。私が死んでもあなた様は戯賀さんのままでいてくださいね」


 自然に響く男女の声が動物や虫に届くはずもなく、二人だけの時間だと喜嬉は嬉しそうに頷いた。


「……私の初恋あげられなくて、ごめんなさい」

「何の話だよ」


 それから数分程のくうが経ち、二人の間を冷たい風が流れ去っていく。

 されど、喜嬉は彼の意図を静かに察し微笑のまま戯賀を見つめ続けていた。


 これで最後になるのだから、好きな人の顔はこの眼に焼きつけておかねばならない。

 ──戯賀さん、目元にほくろある。エロいな。


「また、どこかで会えるといいですね」

「やなんだけど」


 波模なみもは彼らの乗るボートを中心に波紋はもんを描き、他愛も無い会話すらもがらとして形作っていくまさに寡黙な芸術家と化していた。


「『武器人間』、あの中だとどれが一番好きですか? 私はモスキート」

「ポッド」

「…………ここ、こんなに静かなんですのね」

「おい、さっきの話しどこいった」


 「ほら戯賀さん。あそこ、川の周りにある茂み、猿の親子が──」




 無邪気にも指を差し、右手で体を抑えると──破裂したかのような銃声と共に喜嬉の体は後方へと倒されていった。




 乗っていたボートが衝撃で大きく揺れ、川の水がボートの中へと入り込んでくる。

 何の前触れもなく発生した衝撃すらも波紋は記憶として外へ拡がっていくのみ。 




「初めて誰かを手にかけたな……」


 頭部から流血し先程まで動いていたモノを横たわらせたまま、戯賀はボートを漕いで元の場所へと戻した。


「報酬を貰おうか」


 彼女のバックから報酬金を取り出すと、流暢りゅうちょうにも一枚ずつ札を数えだしていく。

 巫山戯賀かんざ きしげは、情で依頼料をタダにするような善良な主人公ではない。


「……あー……ほら、お釣り」


 深紅しんくを溢し続ける喜嬉の胸上に242円を投げつけ、少し思案する。




「領収書は、っと……うーん、郵送で送るわ」


 そう言い残すとボートを降りて受付のおじさんが読んでいる新聞紙の紙と紙の間に数十枚ほどの札を入れると、用意して貰っていた車へと乗りこみ戯賀は静かにその場を去って行った。


 夜の川に残ったものは、心底つまらない静寂のみだった。

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