第12話「右側歩道のくせに後ろからベル鳴らしてんじゃねぇあの自転車」(終)

 小さな事でも何でも良いから、やることに意味がある。


 大金があるからといって労働をサボるとそのうち何事にも無気力になり、人としての維新すらも忘れてしまう。

 働くのが面倒くさい、上司が嫌いなのはわかるが心の健康の為にも多少なれ労働が必要なのだ。

 嫌な会社だったら辞めればいいだけで。


 なんて事をテレビのインタビュー風に脳内放送をして、戯賀きしげは頬を綻ばせながら自宅へと向かっていた。


 今日は四月二日、新学期や新社会人やらで引っ越しが多い。

 大学生活のために一人暮らしを始めるという子の引っ越しを手伝い、親子共々喜んでくれていた。


 ──こういう仕事がしたかったんだ、って久しぶりに実感したな。


 嗚呼ああ満足。




 家の前に着くと二階への階段を上がり、自分の部屋のドアノブに手を掛けると──戯賀は怪訝とした表情を浮かべ、そのまま中へと突入して行った。




「『──政府はこれに対して「どうでもよくね?」と回答。

 次のニュースです。森で痴女騎士風のコスプレをした女性を屍姦──失礼致しました、死体と愛を交わしたとして十八歳のキモオタが逮捕された事件について、犯人は──』


 微かにニュースが聞こえてくる廊下を急ぎ足で進んで行き、リビングの扉を開けると机上にはケーキと豪勢な料理──それも全て戯賀が好物ばかり置かれていて、台所に立つ長髪の人物に憤る気持ちを抑えながらも戯賀は声を掛けた。


「俺のフライパン、俺の包丁、俺のまな板でお前は何やってるんだ?」


 戯賀の声を耳にした途端、少し振り返ると彼女は悪びれもせずに笑みを浮かべて料理を続けた。




「お帰りなさいませ戯賀さん、最後にフライドポテト作っておりますのでしばしお待ちを」

「おう、暫し待つから帰れ」

「戯賀さん。揚げ物、それ以前に油料理というのは苦難の連続なのですよ? このフライドポテトなどはベルギーの──」

「帰れよ美味しんぼ」


 腕を組み戯賀が溜息混じりに睨もうが──腰に真新しい純白のエプロンを巻き、頭の方にも白い包帯を巻いていた彼女は視線に気づいてエプロンの両裾を摘まみ、自慢するようにしてカーテシーをする浮かせるのみ。


 その仕草は舞踏会に出席するねんごろな御姫様そのもの。

 ただし、外見と中身は銀河と地ほどに差がある。


「これ! スーパーで一緒に買ったんですのよ! お料理をする際、やはり必要でしょう?」

べっつにぃ」


 二度あることは三度ある三度目の不法侵入者『犬王喜嬉けんのお ひさき』は戯賀の微妙な反応とは裏腹、一人舞踏会がごとくエプロンとスカートをふわりと一回転してみせた。


「脳に障害を残しちまったかな、いや元からか」

「大丈夫ですわ! 私、ピンピンしていますもの! 撃たれた傷跡だって、ホラ、髪で隠せば目立ちません!」


 天真爛漫な様子で包帯を緩めると銃弾が掠れた箇所は、こめかみの上に軽い傷跡となって残っていた。


「おい、てか普通に不法侵入すんなよ。良い気分が台無しになった」

「何をおっしゃいますか! 昨日は戯賀さんの二十歳の誕生日ではありませんか! 丁度良くクラッカーでお祝いしようと思ったのですが……仕事の予定時間より全然早くに終わってしまうのですから」

「何で俺の仕事の時間と誕生日知ってるの」


 当然の疑問を口にしても、喜嬉は料理を続けて答えない。


「いや答えろよ」


「そういえば、なんでサイコパスわたしの人格だけを残したんですか?」

「場合によって鼓膜破ったり再生したりするなテメェ」


 「くそ」と舌打ちをしながらも、戯賀は視線を合わせずに嫌々喋りだした。




「だってお前の最初からあった人格……ようは主人格ってのは“暗殺対象オメーの方”で、依頼者畏まってたのはお前がストレスで作り出したもう一つの人格なんだろ?」



 彼の推察を聞き、先程まで微笑んでいた喜嬉の顔が徐々に強張っていくのを見て戯賀は正解だと確信する。


「お前、小学生の頃に男子の右腕の骨全部折って、中学生の時は少年院に入れられてたって自分から言ってたろ。その時点で何となくわかったよ。

 『あー前からそういう性格って事は、もしかしてコイツの方が主人格なんじゃないか』ってな。依頼してきたあの真面目なお前が偽物だ」


「……わかってたんですね。

 あーあ……この人格わたしが死んでも、もう一人の私が代わりに上手く生きてくれるって思ったのに」


「何が『思ったのに』だ、『もう一人の人格を殺してくれ』ってお前からの仕事は達成したろ。

 先生や親たちに言われて真人間よそおった結果がこれかよ。やっぱ異常者は異常者のままだな、自分を抑圧してるだけなんだからそのうち反動は来る、自分以外を強制的に変えるなんて無理なんだよ」


 呆れながらリビングの椅子に腰かけると机に置いてあったカプレーゼを手で摘まみ食い、『美味い』と顔色一つ変えずに称賛する。


「まぁとりあえず、それ作ったら帰れ。美味しく食ってやるから……って二人前じゃん、どうしようこれ」

「その事なんですが……」

「おう、帰れば解決よ」




「私をここで住み込みで働かせてください!」

「あ、っそすか」




 予想外、というほどでもなかった言葉を耳にし、戯賀の表情は更に心底嫌そうな物へと変貌してしまう。


「約束しましたよね、秘書にしてくるって! 私は死んで生まれ変わりました!」

「強引な」

「無償で働きますから! お願いします!」

「おいおいおい金が介在しない労働は仕事とは言わない。俺が労働基準法に殺される」

「大丈夫ですよ! 親お金持持ってるんで! この前の報酬金もからふんだくりましたし!」

「殺される、ってとこ聞いてたかなぁ? うわぁ親の金使ってたのかよクズ」


 しかし納得せざるおえない、コレが彼女の真の性格なのだろうから。

 マジクズ女。


 ※


「食い終わってから聞くのもアレだけど……食材も全部親から盗んだ金で?」

「はい!」


「横の網模様みたいな柄と薄い飴細工みたいなチョコ板が飾ってあったバースデーケーキも?」

「はい! よくお父さんが誕生日の時に買って来てくれて! 良いお店なんですよ! そのホールケーキがもう絶品で!」


「あのスッキリとしたシャンパンも?」

「はい! アルコール度数低めでお酒初心にもってこいな甘めのやつです!」


 平然とした態度で暴露してくる彼女に頭を抱え戯賀は深く後悔する。


「……美味いと少しでも思った俺が馬鹿だった」

「ですよね~~~! 美味しいですよね! 戯賀さん!」

「はぁぁぁ~~~忌子」


 深いため息と共に頭痛を引き起こすと、もう一つの疑問が脳裏に浮かんだ。


「あ、そういやお前大学どうするんだよ。学生は学業優先だろ、早く帰れ帰れ未来の先公せんこー。こちとらバイトなんて募集してないから学業との両立は無理だぞ」

「その点もご安心を! 大学は退ので!」

「ん~~~もう安心できねぇ~~~」


 最後の希望も見事粉砕され、机に突っ伏した戯賀のつむじに喜嬉は愛らしさを覚える。


「真面目な人間になる為に通っていましたから、もうその必要もありませんし」

「あるだろうがよ~~~頼むから大地の中で埋もれててくれぇ……」

「まぁ、戯賀さんの困り顔初めて見ましたわ」

「ん~~~……あっそう……」


 鬱屈としながらも頭を右に回して時計を確認すると、戯賀は体を起こして二着だけのコートから黒いのを手に取った。


「どこかお出かけへ?」

「この後、映画観に行ってくるから。その間に勝手に置いてる荷物を全部畳んで出て行ってくれよ」

「え! 私も一緒に行きたいです! 映画! 是非ご一緒に!」

「嫌! 嫌! 嫌ァ!」


 ※


「レイトショーなのに二人しかいませんし、映画館独占しちゃった気分ですね!」

「喋んな」


 色々と言い合いになったすえ降参し二人で映画館に訪れると、事前に予約していた戯賀は見やすい位置である中央辺りの席を取り、喜嬉は一番後ろの席へと座らされ──二人の距離は異常なまでに遠く離れさせられる。

 平日のレイトショーにも関わらず客は二人だけで、距離が離れているため喜嬉は叫びながら話しかけ続けていた。


「あのー! 隣に行っても宜しいでしょうかー?」

「おとなしく座ってろ」

「照れ屋なんですから……でも、これはこれでロミオとジュリエットみたいでロマンチックですわね……」

「黙るか死ねよお前!」


 二人だけの映画館にロマンチストと暴言を響き渡らせていると館内が暗くなり、二人も必然的に会話を止めスクリーンへと眼を通しだした。


 ──ったく、映画終わったらドンキで枕と布団を買わなくちゃいけないし、マジめんどくせぇ。


 ご機嫌斜めだった戯賀だが予告編が終わり本編が始まると、いつもの落ち着きと共に映画への興奮が先までの出来事を一時的に消し去ってくれた。

 彼の月に一度の楽しみである映画、何よりサイトに掲載されていた予告編やあらすじの時点で楽しみだった映画だ。

 邦画を映画館で見るのは久しぶりだが、これは隠れ名作になること間違いない無しと感が告げる。






 エンドロールが終え館内が点灯すると、戯賀は双眸を手で覆い深呼吸をする。




 まず何を思ったのか、一つずつまとめると──











 見ててイライラする主人公。

 メンヘラが好きそうな性格最悪なバカ女。

 そして何故か意味も無く恋に落ちる二人、ベッド有り。

 カメラワークは監督の趣味っぽいので良しだけど目が疲れてくる。

 音楽は良いが、かけるタイミングが露骨。

 臭い演出。

 臭い狂気スマイル。

 『ここぞ』というタイミングで一気に振り出すスコール。

 風景を延々とデカく映すどうでもいい描写が三十秒以上。

 顔ドアップからの台詞。

 演技臭い動き。

 演技臭い台詞。

 そういうキャラクターなのに実写だからか『リアルにいそうな感じ』に喋るから更に臭くなる。

 画面からもはや異臭がする。

 女優のアイメイクが綺麗。

 ホラーがやりたいのか、環境問題について訴えたいのかわからない五十点以下の脚本。

 特殊な世界観なのに視聴者の考察に全部丸投げ。

 典型的な駄目邦画。






 ──ん〜〜〜。控えめに言ってクソ。






 先程よりも更に機嫌を落としてダウナーになっていると、後ろから喜嬉の耳を刺すような声に耳を傾けた。









「う~ん……見ててムカつく主人公、病み女子が好きそうな小馬鹿娘、そして絶対いらない二人のベッドシーン、カメラワークは監督の趣味っぽいですけど焦点が定まらないから何をしたいかわかりませんし、音楽は良いセンスをしてますのに掛けるタイミングがまるで素人、わかりやすいスコールに上空から木々を三十秒間も延々と映しての尺稼ぎをしますし、顔面アップによる台詞、演出に悪役スマイル、更には現実にいるような人物を演じようとしているから臭いが増して在りもしない臭さが更に込み上げてきます。女優さんのアイメイクは素敵ですが、ホラーか社会問題を訴えたいのか分からない五十点以下の脚本ですし──

 典型的なクソ映画って感じでしたね」


 前席に腕を置いて頬を杖をつき、同じ理由で屈託していた喜嬉を見上げて戯賀はまたも全幸せを逃亡させるような深い溜息を溢してしまう。




 やっぱ、今日は厄日だわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完】巫山の戯 !~ふざけるな!~ 糖園 理違 @SugarGarden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ