第10話「シャルロットvsハベトロットvsメダロット」

「よし、先を急ごう……ってあれ」


 車へと歩みながら振り返ると喜嬉ひさきは一瞬にして姿を消し、戯賀きしげは首を左右へと回した。


「おーい、サイコ女ー? サイコショッカー?」

「動くな」


 低い男声だんせいの方へ振り向くと──喜嬉は目頭めがしらに涙を貯めながら右手でギャングの部下の腕を掴み、またも囚われていた。


「か、巫山かんざさん……」


 ついでに人格が元の依頼者真面目な方に戻ってしまっている。

 これまた面倒くさい、助け方が異なってくる。


 ロッチの車が部下たちに追いつくと、降りた瞬間に銃口を戯賀の方へと向けた。


「さぁ、小僧。鬼ごっこは終わりだ……チェックメイトってこった」


 喜嬉を抑えている部下以外全員が戯賀に狙いを定め、妙な動きをした途端とたん蜂の巣にする準備を整え終えている。


「逃げれてれば良かったものを。んじゃ、死ね──」

「ちょっと待った、アンタに渡すもんがある」


 狙いを定め銃爪ひきがねに指を掛けられたまま戯賀は両手を上げて自身の車の方へと歩き出し車内をあさると、一つのを高く持ち上げながら再びロッチたちの前に姿を現した。

 ギャングたちは首を傾げながらも瓶に視線を集め、その正体を探ろうとする。


「なんだそれは」

「ジャパニーズヤク──“命の母”、効くぜ」


 冷や汗をかきながらも戯賀は顔の前に命の母を突きだし、平静を保ちながらも会話を繋げさせた。


「お前らのボス、ちょっと怒り過ぎだぞ。薬は控えろってお前らからも言えよな」

五月蠅うるせぇ! 最後にやったのは三日前だ!」

「へっそうかよ、垂れパイ玉無し子」

「誰が垂れパイ玉無し子だ! ぶち殺すぞ!」


「俺はもうじゃないぞ‼ だ!」


 部下の一人による唐突な告白がその場にいた者達の表情を強張らせるも、銃口は戯賀を捉えたまま銃爪に掛けた指を緩めようとしない。


「じゃあ喰らえ日本伝統ヤク……」

「くるぞ! ボスを守れえぇぇ!」


「命の母だァァァァァァァァァァァァァァ‼」


 プロ野球選手見様見真似の投球フォームで瓶を投げ出し、放たれる弾丸の嵐を戯賀の命の母が突き進んでいく。

 敵陣地へ向かう為に虚空を飛翔する小瓶──されど一発の弾丸が側面を掠め、半透明の茶瓶を割ってしまう。

 その様子を見届けたロッチは歓喜のあまり口を大きく開け哄笑した。


「はははっ、ざまみろ小僧! 変な瓶投げやがって、そんな──」




 ロッチが嬉々として喋っていると、割れた箇所から毀れでた一粒の薬が彼の口の中へと飛んで行きそのまま胃袋の中へと落ちてしまう。


「ぼ、ボス!」

「ぐ、ぐわぁぁぁああああああああああ!」


 吐きだそうと悶え苦しむロッチのもとに部下たちが駆け寄り、一人は怒りの矛先を戯賀に向けその場で銃を突き出していた。


「テメェ……ボスに何を!」




「あ……?」


 すると呆気に取られたかのような声を出しながらロッチは顔を上げ、延々と拡がる蒼穹を見上げだした。


「は……はっ、ははっ、今までの怒りや悩みがパッと消えたぜ……嘘みたいにな! はは、ははははっ、はははははははははは!」


 突如ロッチは狂ったかのように大空へと抱腹絶倒しだし、今までどんな事があろうともクールだった彼とは全く異なる有様ありさまに部下たちは戸惑いの色を見せていた。




「ハハハハハッ! ……もっと寄こせ!」


 我を忘れたロッチはかえるのように割れた瓶の方へと飛び付きだし、薬を全て喉に流し込むと道路に散らばっていた薬すらも犬のように舐め取り始めた。

 その光景に皆が言葉を失うも、彼は狂乱としながらも心の底から初めて人生を謳歌しているようにも見えた。


「ヒャーハハハハハハ! 世界最高! 人間最高! 生きるって最高! アハハハハハ!」


 日本の高速道路上で一人のフランス人が下手くそな輪舞ワルツを踊り、異端すぎるこの状況。

 違法薬物に劣るとも勝らない錠剤、日本医療の先端である。


「この薬もっとあるかーーー! 小僧ーーー!」

「もうそれで

「ハハハッ! そうかハハハハ!」




 それから知らないおじさんのワルツを三分ほど見せつけられると、ロッチの動きは徐々に鈍くなっていき表情からは覇気も失われ、地面へと静かに膝をついた。

 焦燥に浸るかのように先とは裏腹、やつれた様子でボソボソと独り言を呟き始めた。




「なんで俺……こんなことやってんだろうな」


 溜息を吐き後悔を口にするロッチを見て、「命の母切れか……」と戯賀は眉をひそめる。


「あぁ……親の言う事を聞いて、何で学校にもちゃんと行かなかったんだろうな……娘のシャルロットも俺の血を継いだせいで四十のおっさんと付き合っちまうしよ……」


 ロッチの語り、れは“一生の後悔”──彼の半生の物語だった。


「ギャング何かに手ぇ染めて、上に成り上がったが……あるのはポッカリと開いた大きな心の穴だけ。どうして父さんのピザ屋を継がなかったんだろうな……」


 命の母によって抜かれた毒気のない男は静かに間を置きながらも思案し、一つの結論に辿り着く。




「また、父さんと母さんの作るピザが食べたい」




 懐にあった銃を取り出し自身の頭部に突きつけると躊躇ためらいも無く銃爪を引き──ロッチの脳漿がアスファルトの道路に弾け飛んでゆく。




 フランスを震撼させたギャング組織オーダープブリックのボス、ロッチ。

 その最後は『自殺』という呆気ない結末だった。

 人の歴史とは本来こういう形で幕を下ろすものなのだ。




「人に歴史ありだな」


「テメェよくもボスを変な薬で自殺させやがってェ‼」


 呑気に結論を呟いた戯賀に殴りかかろうと、残された部下たちが走りだしていく。


「──⁉ う、うわぁぁぁっぁああああああああ‼」


 一人が駆けながら銃を向けた瞬間、突如上空からが彼を捕まえ大空へと連れ去って行った。


「な、何だありゃ!」

「か、だ!」


 何処どこからともなく現れ上空で巨大な翼を広げ飛翔していた生物は、鳥というにはあまりにも巨大で──その大きさはもある。

 羽は岩のように硬く、爪は剣よりも鋭く、くちばしからは火炎弾を放出する。


「あちぃぃぃいいいいい‼ だ、誰か水持って来てくれぇェェェ!」

「に、にげろぉぉおおおお!」


 連れ去られ、燃やされた二人の仲間を置き去りにし、恐怖のなか残りの三人はバイクに駆け寄り即座にまたがった。


「な、何してんだ! 早くしろ!」


 慌てながらバイクを操作する二人に呼び掛けるも、今まで正常に動いていたはずのエンジンが掛からなかった。


「こ、こんな時にどうなってるんだ!」

「お、俺のも掛からないぜ! う、うわぁぁぁぁ!」




 すると、二人のバイクがを始め──へとなってしまった。




「な、何だこのロボットたち⁉」


『フゥー……ッタク、人間ニ乗リ回サレルノモ楽ジャナイゼ。ナァ兄貴』


「しゃ、喋った!」


『アァ、一刻モ早クト合流シテ地球侵略作戦ニ加ワラナクテハナ』


 何と驚くべきことに二人が今まで乗っていたのは、悪のロボット軍団のバイク兄弟だったのだ!


『──ソコマデダ!』

『『ソ、ソノ声ハ⁉』』


 そう! この声は!


『ソウダ! 私ハ正義ノロボット軍団ノリーダー『マスティー』ダ!』

『『マ、マスティー⁉』』


 来たぞ! 我らがヒーロー、正義のロボット軍団の誇り高き司令官マスティー!

 後方からもマスティーの仲間たちが駆けつけ、五対二と正義のロボット軍団が数で勝りだした。




『──マタレィ! オ前ラ、ヨクヤッタ! ココカラハ私達モ戦イニ加勢スルゾ!』

『ガ、ガメロト様!』

『ガメロト様ガ来レバ、百機力ひゃっきりきダゼ!』


 何とそこに運悪く悪のロボット軍団の大帝『ガメロト』達も上空から飛来してきてしまう。


 はたして地球の命運や如何いかに⁉


『行クゾ! ガメロト! 地球ノ平和ハ私達ガ守ル!』

『ソレハ私タチニ勝ッテカラ言ウンダナ!』

『『ウオォォオオオオオオオオオ‼』』


 正と悪、二人のロボットが剣を構えたまま駆け出し──衝突する。



 が、その間にマスティーが勢い余ってギャングの一人を、両者は脚を止めた。


『ホワァァァ⁉』


 機械の足裏に付着した生々しい人肉と臓物と血液を見てマスティーの思考回路は『気持ち悪い』という判断を下し、嫌そうな表情を浮かべてしまう。


『シ、シマッタ……人間ヲ踏ンデシマッタ……』

『安心シロ、マスティー』

『ガ、ガメロト……』

『ソイツラハ『ギャング』。踏ミ潰シテモ問題ノナイ人間ダ』

『…………ソウカ、ナラバ良シ! 戦イヲ続ケルゾ!』


 人間を何度か踏み潰したことのある機械生命体同士の戦闘は激化していき──残ったギャングの一人は怪鳥とロボット軍団が飛び交う狂気の高速道路を走って逃げ去り、一人は諦めて拳銃自殺した。






「あの鳥、もしかして彩紗アイツと一緒にこっちの世界に来ちまったのか……?」


 上空を飛び車を搔っ攫う怪鳥の出所を考察しながらも腰を抜かした喜嬉の腕を引っ張り、戦闘中のバイク兄弟の“弟”に声を掛けた。


「おいお前、さっきみたいにバイクになれよ」

『アァ⁉ ナンデコノ悪ノロボット軍団次期『リーダー』ニナル予定ノコノ俺様ガ下等ナ人間ノタメニ、バイクニナラナクチャ──

 ワ、ワカッタ! ヤルカラ銃ヲ降ロセ!』


 喜嬉が握っていた拳銃を差し向けると弟バイクロボットは慌てた様子でバイクへと変形し、地図を入力しながら戯賀は喜嬉を背中に預けて跨った。


「そんじゃ頼んだ」


 ハンドルを握り──暴れる怪鳥とロボット軍団の戦争の中、戯賀たちは目的地へと再び走り出して行った。

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