第2話「盲目・病弱系ヒロイン全部嘘」

「はぁ……来ないかなぁ。最後にそういうのやったの、四カ月前くらいに大きな家の掃除手伝った時だっけ」


 予定よりも早くトラックを返却し、今回は損害ゼロの百点満点中二千五百円な完璧な仕事。

 だというのにも関わらず巫山戯賀かんざ きしげの足取りや溜息は重く、帰路にある繁華街の明りたちがいつもより眩しく感じられた。


 自分で起業したことなのに、いつの間にか変な仕事ばかり舞い込むようになってしまった。

 それで食えていけてるのだから、道徳も社会の教科書も意味なんて無かったけど。


「……何とかうまくやってるよ、ママ」


 星空染まり掛けの夕焼けに母を呼ぼうが何も返ってこないというのが一人暮らしの寂しいところ。


 ──今日は自炊じゃなくて、宅配にしよ。


 すまいに着くと点滅を繰り返す蛍光灯の下、二階への階段を上がっていく。

 左には仕事の事務所、右には住まわせてもらっている我が家があり、帰宅しようとドアノブに手を掛ける。




 瞬間ドア越しに耳を傾け、部屋の音を聞き分けた。




 コンロを付けながら時折水を流している音、そして何かを切っていく音が微々びびに響いている。


 その全てを掻き合わせ──


「……異変はキッチンにり」


 と結論、すぐさま鍵を開け帰宅突入。

 銃撃戦を掻い潜り進軍する歩兵がごと俊敏しゅんびんな動きで台所近くまで接近、角から顔を出すと長髪の女性が野菜を手慣れた様子で調理しているのが見えた。


 戯賀が当てた景品の包丁を戯賀が使い古したまな板の上で戯賀が買ったかわからない野菜を切り、戯賀が一人暮らしをするため両親に買って貰った鍋で何かを煮込んでいる。

 人の家で平然と料理をしているなんて、不自然極まりないどころか狂気すら感じてしまう。


 いくら模索しようが女性に見覚えは無く、『死なばもろとも』と戯賀は立ち上がった。


「人んで何を──」

「……え、えぇ⁉ 男の人⁉ てかここどこ⁉ なんで私、てかなんで包丁なんて持って料理なんてしてるの⁉」


 戯賀の声に振り向いた彼女の様子は、到底演技とは思えない程の慌てようだった。

 この場を乗り切るための嘘にしては驚き方が尋常ではなく、自分の状況に困惑しながらも視線を泳がせ、両手に握った包丁を震えながらも放そうとはしない。


 一つ溜息を溢しながら戯賀は頭を搔き、一歩前へと踏み出した。


「まず包丁から手を」

「すすすすすみません! 本当にワザとじゃないんです! 無実なんですッ!」

「いや、だから包丁」

「警察に通報しないでください‼ わ、私、本当になんで自分がこんな所にいるのか……し、知らないんです!」

「だから」

「無意識で入って来ちゃったんですよォッ!」

「包丁」

「私の中にもう一つあるのがきっとまた……あ! も、もしかして貴方が巫山かんざさんですか⁉ お、お願いです! 依頼です、助けてください!」

「聞けよ」


 混乱状態であり我を失っているが、話からしてどうやら不法侵入者は仕事の依頼主のようだった──が、一度話をしたいので包丁を下ろして欲しい。


「お願いです! お金はいくらでも払いますから!」

「おい包丁」

「私を!」

「言葉の大谷スイーパーやめろ」

「アアァァァァァァァァァァァァ‼」

「あーあーあー」


 交差する男女の言葉の中、至って冷静な戯賀は発狂する彼女から包丁を取り上げようと近づいた。


「あーあーあーあぁん。その包丁、毎朝パン食って必死に当てたんだからさ、もっと丁重に──」


 刹那、戯賀は自分の腹部に小さな熱が灯ったような感覚に襲われた。


 女性の手に持った包丁の先は──戯賀の腹部を、少し待つと少量の血液が包丁の刃をつたっていった。

 パニックになったすえ刺してしまった事を実感した彼女の呼吸は徐々に荒くなり、手の震えが加速し、包丁を足下に落としてしまう。


「わ……わた、私、さ、さつ、殺人をぉぉぉ……あぁぁぁぁぁぁぁ人殺しィィィィィィィ!」


 ※


「何となぁ~~~く美味しかったよ、タコスとトッポギ」


 美味うまいから突然まで落ちるかのような味がした謎の韓墨同盟食を食べ終え、目の前で申し訳なさそうに俯きながら座る彼女を一瞥した。

 刺された腹も微々たるもので、絆創膏を付けておけばどうにでもなる傷だった。


「飯った後に仕事の事なんて考えたくないけど……犬王喜嬉けんのお ひさきさんだっけ、小学校の教員になるために大学に通っているね……失礼ながら年はいくつ」


 そう聞くと、喜嬉ひさきは塩らし気に細々と喋りだした。


「あ、二十歳はたちです」

「若いね」

「……巫山さんこそ」

「俺、十九と十一カ月」

「年下じゃないですか!」

「四捨五入で同い年だろ」

「来月で四月だから一歳差ですよ!」


 しかめた様子で首を傾げる戯賀に少々動揺してしまうも、気にしてはいけないと喜嬉は話を続けていく。


「……それで依頼なんですけど」

「ん、言ってみ」




「私の……欲しいんです」




 喜嬉の切実なる頼みは巫山家のリビングに響き渡り──家主である戯賀は客の前にも関わらず、心底嫌そうな表情をしていた。


「私、二重人格っぽくて……」

「ファイトクラブぅ……今、『』って言ったか?

 あんたで自分を殺して欲しいって依頼するやつコレで五人めだよ! 俺自身殺しはしねぇってのに、社会や親のせいにでもして図々しく生きられねぇのか!」


 突然戯賀は火山の様に憤怒し、うんざりとした様子で声を張り上げだした。


 また、またまた、まただ。


「前は大手社長から海外で買ってきた女を条件に合った男性ので人工授精させ、子供兼会社の後継者として育てる、その為の条件に合った男を探す仕事! 一カ月前は、願いが叶う変な器を取り合う為に強そうなの召喚して七人で争う!

 こんなのばっか! 教師目指してるんなら百二十文字で収まる文でお前らの大好き健全な──……どうした」


 気持ちに任せ吐露していると、目の前で圧倒されていた喜嬉はギロチンにでも掛けられたかのようにガクンッとこうべを垂らしていた。


 様子が気になり横まで近づいてみるも動く気配は無く、脈を確認しようと喜嬉の左手を触る。


 すると喜嬉は顔を見せぬまま、戯賀の手を握手するかのように強く握り──






「戯賀さんッッッッッッッッッッ‼‼」






 奇声にも似た甲高さで名前を叫び、興奮したかのように呼吸を繰り返しながらゆっくりと顔を上げだした。


「うぉ、死んだかと思った」


 彼女の顔を見て戯賀は怪訝けげんそうな表情を浮かべる。先程まで緊張し強張っていた喜嬉の表情は落ち着きを取り戻したのか優しく微笑んでおり、双眸そうぼうもトロリとしながら恍惚こうこつとしていた。


「……お会いしとうございました!

 ネットの奥深くダークウェブまで調べてここまで来たかいがありました! 途中まで夕食を作っていたと思うのですがお口に合いました?」

? え、俺の会社のサイト……ダークウェブに流れてるの?」

「ところで戯賀さん! 私依頼良いですか⁉ あの……あなたの好きなように! “私”をですよ!」

「あっ! てか家の鍵開けたのオメェか犯人はボケ」

「今日の午前中、トラックに乗っている貴方様を拝見しておりましたが近くで見るとやはり……素敵な殿方……直視できませんわ……」

「やべ、すげぇ嫌いなタイプ」


 言葉のキャッチナイフ状態で戯賀は、この人格じょうたいが先ほど喜嬉が言っていた“殺して欲しいもう一つの人格”だと確証しげんなりする。

 容姿は異世界転生した江草彩紗えくさ あさと良い勝負だというのに、如何いかんせん御嬢様口調で疑問的なことばかり言い寄ってくるので知を得た人型の怪物にしか見えない。


「殺される経験……早くしてみたいですわね……死ぬ間際まで」


 不敵な笑みを浮かべるの喜嬉の手を払い逃げるも壁まで詰め寄られ、近くの本棚から『ストーカー撃退:入門編』を手に取るとページをめくりだした。

 五月蠅うるさく話しかけられる中で──フレンズを流す、警察に通報、逆にストーカーする、などと書かれているのを見て、どれも役に立たないと判断し、今度は『ストーカー撃退:応用編』を手に取った。


「本をお読みになる姿もスタイリッシュで素敵……お尻の形が素敵だと言われません? 二十一歳ぐらいのトム・クルーズにそっくり。笑うとブラット・ピットに二割ほど似てますし」


 フルハウスを見て落ち着く、ストーカー犯とハプニングバーに行く、戦争で死んだ兄の婚約する予定だった女性が今の彼女だと判明して雨に濡れていた君の背中は硝子線のようにとても細く見えた。

 ──など応用編も使い物にならない内容ばかりだが、最後のページに書かれていた内容にふと視線が止まった。




 『ストーカーと対峙した時の最終手段──この本の角で殴る』




「読書するお姿は、まるで胡蝶の夢。

 あら、どうしたのですか? 本を持ったまま両手を振り上げるなんて、ふふっ、お可愛らしいバンザイですわね。まるでプラトーンのエリアス軍曹の最後ミッッ──」


 ストーカー撃退の本を二冊持つと──勢いよく喜嬉の脳天へ角の直撃を与え、床へとせさせた。


 またガトリングトーク饒舌が起き上がるかもしれないと床で気絶したままの彼女の後頭部に、なおも本の角を太鼓のように滅多打ちつける。


 すると──




「い……いたっ、痛いっ! 痛いですって! やめて!」




 殴っている最中さなか、先程の様子を取り戻したかのように喜嬉は涙を浮かべながら懇願し、攻撃の手を止めさせた。

 出血した頭を抑えながら右手に力を入れ起き上がるも、喜嬉はフラフラと体を動かしながら近くのソファへと倒れ込むようにして座り込んだ。


「今さっき会ったよ、殺して欲しいっていうもう一つの人格に」


 そう言いながら戯賀は救急箱から消毒液と絆創膏を取り出して、脅えた表情を向けられながらも喜嬉の手当てをしてあげた。


「それ抑えられないの? 人格が入れ替われるタイミングとかわかるもんじゃないの?」

「か、勝手に入れ替わるから条件があるのか私も知らないんですよ……だから、本当に迷惑してて……あぁ、痛い……」


 「ふぅん」と声を溢し、戯賀はリビングの椅子へと足を組みながら観察するように腰かけだした。


「とりあえずだけど、依頼料はあるの?」

「……あ、あります、こ、これ」


 ソファの下に置いてあったリュックからトランクケースを取り出し中身の札束を見せてもらうと、戯賀は何の反応も示さぬまま話を続けていく。


「この日が良いとかある?」

「……出来れば三日後」

「あぁあぁダメダメダメ。その日俺は一日中寝て映画観に行くって決めてるから、そうだなぁ……んじゃ明日明後日あさってで決着つけよう」


 自分から聞いてきたにも関わらず予定を決められて不服そうに彼を睨むも、喜嬉は「わかりました」と痛む頭でうなづき、了承する。


「よし、んじゃ……明日にぃ~~~乞う~~~ご期待っ……」


 今回はちょっと気が遠くなりそう。

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