【完】巫山の戯 !~ふざけるな!~

糖園 理違

第1話「初めてのキスは死んだ君でお願いします the プロローグ」

「僕はっ! 好きな女の子をトラックでぇ……じ、自分の腕の中で看取めとってあげたいんです‼」

「わぁかるっ‼」


 学ラン姿の少年のどもり声による熱演に続いて、青年はソファから立ち上がると両手を合わせるようにして強く叩き──二人の声はオフィスに木霊していった。


 と言っても其処そこは少々狭い個室のようなもので、周りには資料などが入った棚や様々な道具が置かれている怪しい所だった。


 そんな場所へ意を決して現れた不細工ブサイクまでいきそうな“下の中”ほどの顔面をした学生は、従業員らしからぬ細い目つきをした私服の好青年と対面し、緊張を抱いたまま思いを打ち明けたのだ。

 それに対して青年は興奮したかのように大げさな反応をして、学生の座るソファや机の周りを回りながら呟き始める。


「顔面がひしゃげ滅茶苦茶になって、もう判別がわからないくらい壊れた彼女を見て、『それでも好きだっ!』って再認識したいっていう点愛の行動だよね⁉」

「いや、別にそこまでは」


 彼の性癖を考察して正解だと言わんばかりに指差すが青年は笑顔のまま自分の席へと座り直し、咳払いをしながら資料に再び目を通しだした。


「えぇっと……安代儸栖斗あんだい らすと君。今高三って言ってたけど、とはどこで?」


 青年の言葉に一瞬驚くも、儸栖斗らすと削拙そつたない喋り方で出会いの経緯を話しだした。


「にゅ、入学式です。あ、会った時に一目ぼれをして、一回も同じクラスになる事も無く一度も話したこともありませんけど……最後に彼女を轢き殺して、看取めとってあげて、彼女のという欲求だけで僕はこの日までお金を一円も使わずに必死にバイトしてきたんです!

 これはぁ! 僕の最初で最後の青春なんです‼」

「へぇ~、なるほどすごくい! きもっ」


 儸栖斗のコミュ障話し下手演説にまたも大げさに頷き、だけ聞こえぬよう聲を最小まで落としながらも青年は自身の双眸を綺羅キラめかせる。

 共感されると思っていなかった儸栖斗は青年の表情に釣られ、ぎこちなく薄気味悪い笑みを溢してしまう。


「そ、そうですかねぇ~! えへははっ……あと二日で卒業式だし、バカみたいな内容だから無理あるかなって思ってたんですけど──」


「いやぁ人生で異性と何かした経験が一切無い挙句、二次元のレズイチャラブでニチャって自分を慰めて社会人になったら寝取られ物にもハマりそうな弱者顔してるのに案外度胸あるんだね!」

「え、今なんて」

「よし、引き受けよう!」

「え、あ、ほ、本当ですか⁉ よ、よろしくお願いします‼」


 彼の反応を華麗に無視し満面の笑みで応え、儸栖斗は呂律ろれつの回らない聲で驚きながらも深々と頭を下げてみせた。


「こういう事に関しては慣れている! この“巫山戯賀かんざ きしげ”が何とかしてみせましょう!

 では二日後に……乞うぅぅぅ~~~~~ご期待ッ!」


 ※


 仕事当日、巫山戯賀かんざ きしげの朝は早い。


 ゆで卵タイマーで起床し、ダルさが残る体を起こして台所へ向かうと火を通したフライパンにベーコンを敷いて、取り出したジョッキの中に割った生卵を次々と注いでいった。


 映画ロッキーでは主人公がタンパク質を得るべくジョッキに注いだ生卵をそのまま飲むシーンがあり、戯賀はその場面をこよなく愛している。


 起きて数分ばかりの死んだひとみで、ひなとなるはずだった卵黄を凝視しながらも八個目を落とすとジョッキを口元まで持ち上げ──











 フライパンへと全て投入する。




 油の跳ねる音や色が変わっていく八個の卵たちを見つめているとスマホのブザーが鳴り、確認するとすぐさま耳に当てた。


「もしもし、巫山かんざです。……はい、今日予約していたトラックですよね? ……はい、午前中に取りに行きます」


 ※


 四トントラックを路駐しながらスマホで映画を観ていると、サイドミラーに冴えない少年儸栖斗が映りこむ。

 儸栖斗らすとは少々戸惑いながらもスマホに表示されている番号とトラックのナンバープレートを見比べ、恐る恐る助手席へと入ってきた。


「二日ぶりぃ! 卒業おめでとう!」


 と祝福し、座った儸栖斗にワンピース三巻まで入った紙袋を手渡す。

 儸栖斗の学ランの胸元には桃色の造花が飾られており、卒業証書が入った華美な筒を大事そうに持っていた。


「あ、ありがとうございます……」

「よし、んじゃ行こう」


 有無を言わさぬままトラックを発進させ、学校近くまで着けた。

 対象である初恋相手を待ち、戯賀きしげは「死体とランデブー、ネクロフィリアな愛の巣へお持ち帰り~」と、小声ながら鼻歌混じりでオリジナルソングを歌い──両手の人差し指を交互に重ねてばかりいる儸栖斗を尻目に、陽気そうに口を開きだした。


「今ならバック・トゥ・ザ・フューチャーの気持ちがすこぶるわかる、君は今から未来へ飛ぶんだな」


 うつむいて冷や汗を垂らしながらも『卒業式』と書かれた看板の前で写真を撮る家族や卒業生、泣き笑う生徒達を薄目に凝視していた儸栖斗の様子に、彼の人生を察しながら戯賀は話を続けていく。


「一応また言っとくけど、全額君の負担だから失敗しようが成功しようが逮捕されても俺は一切責任を取らないし、全額ちゃんと払ってもらうからね」

「……わ、わかってますよ!」


 どもった声で返しながらも明らかに落ち着きのない儸栖斗は、今からする事に恐怖を感じながらもすらも同時に実感していた。


「でもさ、そんなに美人な子だったら三年間の間に彼氏を何人かは作っていると思うけどね~」

「ハァッ⁉ そ、そんなわけないでしょう‼ 彼氏なんて絶対いませんよ‼」

「あぁわりぃな、美少女ソシャゲオタクには難易度が高い哲学だったわ」


 唾を飛ばしながら怒号する儸栖斗に呆れていると、彼の表情は忽然と変わりだしてフロントガラス越しに何度も指を差しだした。


「あ、あれあれあれ! き、きききききぃ来ました! あ、アレが“江草彩紗えくさ あさ”さんです!」

「お? マジか」


 身を乗り出して指差す方角を確認すると、数々の生徒たちが青春と別れるを告げる桜道に異彩を放つ美少女が降り立っていた。


 黄金こがねに彩られた長髪を初々ういういしい春風と桃の花びらに遊ばせ、澄んだ蒼の眸には卒業を惜しみ涙粒が毀れようとしている。

 誰が見ても美々びびしく、誰が見ても煌びやか、まさに完璧で究極な乙女。


 鼻息を荒くする儸栖斗の隣にいた戯賀ですらもその美しさに感情を失っていた。


 情報によれば有名財閥の社長娘でありクォーター、容姿端麗文武両道才色兼備。

 成程なるほど理解、これは儸栖斗ブスでなくとも惚れる。


「確かに美人だ。1.68メートル……いや、168センチも背があるな」


 儸栖斗よりも十五センチ上で戯賀よりも四センチ下な、背丈恰好は一流モデルその物。


「んじゃまがんばれよ、

「え──え、えええ、え⁉ ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと⁉」


 愛しの彩紗あさに鼻の下を伸ばしていると突然戯賀きしげは助手席の方へと移動し、無理やり儸栖斗をの方へと強引に座らせた。

 打ち合わせに無い行動に戸惑い、儸栖斗は運転席の様々なボタンに目を泳がせる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕、トラックの免許どころか車の免許も無いんですよ⁉」


「おい、主旨を見間違い過ぎだぞ。お前は轢き殺して看取りたいんだろ? 俺が轢き殺してどうする。

 それに俺は金でこういう事に加担はするが俺自身殺しはやらねぇの」

「で、デモデモデモデモデモデモデモデモ……」


「おい早く覚悟を決めろよ百合豚! タイミングは一瞬しかないし、警戒されても終わりなんだぞ! 今しかない!」

「で、デモデモデモデモデモ……」


 ハンドルを握る手を震わせ、歯を大きく打ち合わせながら怖気づく儸栖斗に溜息をつく。

  すると彼の耳もとまで近づき、戯賀は最後の言葉を投げかけだした。


「……お前の愛には、“免許”が必要なのか? 安代儸栖斗」




 その言葉に──儸栖斗の震えは、止まった。




 双眸をつぶり少しの間思案すると、一重で細い双眸視線を憧れの彩紗へと定めた。


 震えは──止まった。


「い……行きます」

「その域だ」


 後部席で見ていた両親の運転を思い出し見様見真似みようみまねにトラックを走らせると、無免許運転人身事故を起こす決意を固めていく。


「僕は出来る出来る……出来る……絶対出来る」


 儸栖斗の腫れたタラコ唇から呪いの様に呟かれる愛のことの葉は、弱者思考を純愛というペーストで固めていき──初恋を咲かせる。




「おっしゃああああああああ轢き殺すぞぉぉぉぉぉぉ‼ 彩紗ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ来世で僕の子供産めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」

「いけー!」




 高校卒業五十分後、彼──安代儸栖斗あんだい らすとはこの学園生活黒歴史に終止符を打つべく、彼にとってたった一つの光だった江草彩紗えくさ あさへと大きな鉄塊を咆哮と共にはしらせた。

 戯賀は隣で渇いた笑いを浮かべ、遂に激突の瞬間を迎える。


 トラックのフロントガラス越しに男女二人の視線が重なり──






「死ねぇェェェェェェェェェェェ好きでしたァァァァァァァァァァァァァ‼‼」






 ドンッ、と大きな音が響き、衝撃はトラックの方にも跳ね返る。


 殺意の籠った純愛なる一撃で美少女一人轢いたのを実感して儸栖斗はハンドルから手を落とし、脱力しきった表情のまま青空を見上げた。


 今まで、一番澄み切っているように感じるそんな春空。


 ──あぁ……こんなに空は綺麗だった──




「おい、ちょっと待て」


 晴れやかな気持ちを謳歌していると、遮るようにして戯賀は低い声で話しかけてきた。

 声の方を見ると、戯賀は眉をひそ怪訝けげんとした表情で彩紗の方を凝視していた。


「な、なんですか──え」


 同じ所へ視線を重ね、儸栖斗は驚愕とした表情と共に間抜けな声を溢してしまう。


 金の長髪には溢れ出た自身の血液が塗られ、衝撃で繊細な人体や彫刻の様だった形相は醜く変形し、絨毯じゅうたんの様になった血溜まりの上で横になっている──









 はずが、無い。


 視線を右往左往うおうさおうさせるも、目の前で起きた消失現象に様々な反応を見せる人達ばかりで肝心の彼女は何処どこにも転がっていない。


「な、なんで?」


 神隠し、であろうか、だとしても江草彩紗えくさ あさはいったい何処に消えてしまったのだ。


「あぁ……成程な……」


 すると、頭を抱えながら戯賀は納得した様子で呟きだした。

 彼にとってもは信じられない事ではあるが、それが事実であるならば受け入れるしかない、と少し落胆とした様子を見せていた。

 前を向き直し背凭せもたれに体を預けると、巫山戯賀は彩紗のを口にする。






「異世界転生させちまったんだな」






「……………………い、異世界転」

「ま、とりあえず報酬をくれ」


 脳の理解が追いつかず前を凝視したままの儸栖斗に右手を出し、戯賀は支払いの催促をする。




 依頼料その金で身だしなみを整えるとかすれば良かったのに。

 眉毛れ。

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