第18話 始動
男は夢を見ていたのだろうか、それとも記憶の断片を辿っていたのか……意識は、現実と幻想の境界線上で揺れ動いていた。
男が彷徨っていたのは、ビルも車も人々の喧騒もない、広大な土地だった。遠くには山々が連なり、どこか田舎の風景に似ていた。しかし、そこで暮らす人々の言葉は通じるものの、身なりや生活様式は明らかに異なっていた。
ある日、男は山道で襲われていた者を助けたことがきっかけで、行動を共にすることになった。その者は『明智光秀』と名乗り、同年代らしくて神経質な面もあるが、何より得体の知れない男を事情も聞かずに受け入れ、昔からの友人のように接してくれたことがうれしかった。
光秀との放浪の旅は、充実した時間だったが、志を持って京を目指すと彼が決めた時点で、男も今まで抱えていた違和感の正体を探す旅に出ることを決意し、お互い別々の道を歩むことになった──そんな夢を見ていたのだろうか?
(いや、これは夢ではない……これは、俺が体験した記憶だ!)
男は意識を取り戻し、目を覚ましたのだった。
◆◇◆◇◆
男の視界には白い天井と蛍光灯が映った。どうやらベッドの上に寝かされて、病院のような施設にいるらしい……すると、どこからか声が聞こえた。
「ようやく目覚めたようだな、ゼンドウ・ジン」
ベッドに横たわる男は、西暦2150年で政府のテロ対策組織『ATLAS』のチーフ、ゼンドウ・ジンであった。
そして声の方向を見ると、銀髪で細い銀フレームの眼鏡をかけ、黒装束をまとった30代後半に見える男が立っていた。
「オレの名はマガタ。AD2170の『ガニメデ機関』という所で、時を超えて歴史の乱れを調整する『クロノス (Chronos)』という組織に属している」
状況がつかめないゼンドウを無視して、マガタと名乗った男は話を続けた。
「ここは、AD1571の比叡山という場所で、アンタはこの時代に飛ばされ、倒れているところをビーコンの信号を頼りに我々が回収したという訳だ」
「……!」
自分より年下であろうマガタのタメ口と、回収という言葉が気に食わなかったが、ゼンドウは西暦2150年の──あの日、T&T研究所の門前でビーコンを装着し起動していたことを思い出し、思わず右頬にある傷跡に手を押し当てていた。
「詳しくは、この資料に書いてある。それと……これは世界連邦政府の連中も知らない極秘事項なので、くれぐれも情報が漏れないよう注意して読んでくれ」
そう言ってマガタは2冊の資料を渡し、部屋から出ていった。
◆◇◆◇◆
ゼンドウは、なぜマガタがこの極秘資料を自分に渡したのか戸惑いながらも、その内容に目を通した。
1冊はT&T研究所でタイムマシンの研究を指揮していたアマミ博士という人物の研究資料。もう1冊は、博士が書いたとされる手書きメモのコピーだった。
アマミ博士のメモより──
7/2/2150 ドウイウコトダ タクサンノ ヒトガ アチコチニ タオレテイル
7/3/2150 カンサツ スルト シンデハイナイ ガ ネムッテイル ヨウダ
9/1/2150 ジクウ ノ ユガミ ハッケン
:
1/18/2152 イシキガナイ ゲンイン データテンソウ
:
2/14/2153 シンゴウ キャッチ アト ハ ソコニ ドウ イクカダ
:
1/20/2157 ツイニ タイムゲート カンセイ アス カラ シウンテン カイシ
メモは2157年の1月で終わっていた。続けて、もう1冊の研究資料を読み進めた。
この資料によると──西暦2150年でのタイムマシン起動実験中に発生した事故の影響で、時空の歪みが生じ、人や物がどこか異なる時代にタイムスリップしたのではないかと、当初は考えられていた。
しかし、その後ガニメデ機関に買収されたT&T研究所で豊富な資金の下、研究を続けていたアマミ博士は、幸いにも残存していた空間の歪みを分析することにより、事故後に昏睡状態になっている者や周囲に散乱していた荷物などを調査した結果と、時空間移動ではタイムマシンのようなエネルギーフィールド内で守られていなければ生物と物体は一緒に移動できないという博士のタイムホール理論から、もしかするとタイムスリップではなく、歪みのエネルギーによって全てがデータ化され、それらはデータ通信のように何処かへ転送されてしまったのではないかと推測した。
この研究報告を受けたガニメデ機関は、デジタル量子流通工学の第一人者であり、多世界解釈の知識もあるシノザ教授を招き、極秘にAIの協力も得て検証を行った。その結果、対象物の分子構成をデータに変換して、それを基に基本分子から対象物を組み立ててコピーし、転送先で元の姿に戻す……そんな転送装置が偶然、事故により創り出されてしまったことが判明した。
さらにシノザ教授のレポートによれば、人の意識(コア)もデータ変換されてしまい、転送された世界で、その意識(コア)が、自分は「ここにいる」と認識すれば、そこが自身の生きている場所となる。よって、現代に実体があっても意識(コア)が異なる世界にあるため、事故に巻き込まれた人々は、現在も昏睡状態のままなのだと結論付けた。しかも──異なる世界にいる者は、あくまでもデータ化された姿なので歳をとらない。
この結論に基づき、さらに研究を進めたところ、昏睡状態者の意識(コア)は過去の時代にあることがわかった。彼らをデータ化された人体『データイ』と呼称して、歴史改変を防ぐためデータイを回収する目的で人や物をデータ化し、設定した時代へ転送できる全長5m程のタイムゲートと呼ばれるトンネルに似た装置が、西暦2159年に完成した。
それと並行して、ガニメデ機関内では特殊訓練を受け、ゲートの通行を許可されたエリート達から成るクロノスが結成された。
──ゼンドウは、読み終わると蛍光灯に向かって右手をかざしてみた。
(ここにいる俺は、データ化された存在なのか……)
すると、部屋にマガタと4人の黒装束をまとった男たちが入ってきた。
「どうやら、現状が把握できたようだな」
マガタは、そう言うとクロノスのメンバーを紹介した。
最初はジロという40代程の丸坊主の男で、彼は白髪の口ひげを生やし、肥満気味の体型をしていた。次にガモンという角刈りに近い銀色の短髪の男で、背が高くて、服の上からでも分かるガッシリとした体格をしていた。3人目はトーマという20代に見える男で、白髪のパーマヘアに黒縁のメガネをかけていた。最後にクラウドという端正な顔立ちの男で、最年少に見えるが、眼光鋭く隙のない様子だった。
マガタはメンバーの紹介が終わると続けて、タイムゲートを行き来すると副作用で髪のメラニン色素が、少なくなり銀髪か白髪になっていくこと。そして、データ転送された方の世界で死ぬと意識もそこで消滅し、元の体は脳死状態になってしまうことを手短に説明した。
「何か聞きたいことはあるか?」
4人が去ったあと、マガタが尋ねた。
「オマエのいるAD2170は、どういう世界なんだ?」
ゼンドウは素朴な疑問を口にした。
「技術は日々進歩しているがアンタのいた時代とあまり変わってはいない。ただ──世界は、自ら『デボラ』と名乗る進化した人工知能で統制管理されて、平和と秩序を保っている。その代わりに、昔ながらの伝統や文化は排除されたがな……。それと、今では人を殺すという行為は古い発想で、アンタの所属していたATLASも役目を終え、解散したよ」
マガタは淡々と語り、さらに続けた。
「人は力あるものに支配され、そのベクトルで社会の統制をとる習性があるようだ。管理された社会では個人に価値がない──いずれ、人の肉体は脳を動かす電源、または環境を維持する装置になるのではないか……」
「ほおう、随分と哲学的な話をするんだな」
ゼンドウがからかうように言うと、
「少々、しゃべりすぎたようだ……」
マガタは真顔で答え、それからはお互い黙ってしまった。
◆◇◆◇◆
数日後、体調が回復したゼンドウは、比叡山に設置中のタイムゲートをくぐって、西暦2170年に保管されている、元の体へと戻った。それから、数回にわたる検査が終わると、マガタに刑務所のような所に連れて行かれた。エレベーターを降りると、ベッドが数台並ぶ薄暗い部屋に案内された。
「アンタに見せたいものがある」
マガタは、1台のベッドを指差し、ゼンドウが覗き込んだ。
「これは……まさか!」
そこには、ベッドで寝ているアキバ・ノブの姿があった。
「奴もまた、アンタと同じ時代に転送され、しかも『オダ・ノブナガ』と名乗って、その国を支配しようとしている」
マガタは、そう言って壁際にあるスイッチを押し、部屋全体の明かりをつけた。
「……!」
部屋が明るくなると、複数のベッドに横たわっているイレイジャーのメンバー達を目にした。マガタは真剣な表情でゼンドウに近づき、
「我々と『アキバ・ノブ』の回収に協力する気はないか? もちろんタイムゲートの行き来はフリーパスだ」
「拒否したら、どうなる?」
「機密情報を知る者として一生、エリア政府の監視下で暮らすことになるだろうな」
「……」
ゼンドウは、アキバ・ノブを見つめたまま黙っていた。彼の心の中で様々な思いが交錯していた。しばらくすると、マガタが再び口を開いた。
「もう一人、会わせたい人物がいる」
マガタは、ゼンドウを古ぼけた屋敷に連れて行き、そこで車椅子に乗った白髪の男と面会させた。この人物こそガニメデ機関を設立し、裏で絶大な権力を持つ、総帥の『マダラメ・ヨシトミ』であった。
マダラメ総帥は武装ゲリラの襲撃に巻き込まれ、自身の左足と妻子を失ったという過去や、今でもテロ組織を憎んでいるという身の上話を同じ境遇のゼンドウに語り、過去の時代でも己の正義を振りかざし殺戮行為をしているアキバ・ノブたちを見逃すことはできず、なんとしても回収して、西暦2170年での法の下で処罰したい考えを述べ、改めてゼンドウに協力を要請したのだった。
──数日後。
「ゼンドウ、準備はいいか?」
先頭のジロが振り向いてゼンドウに話し掛けた。
「まだ、あの時代でどんな出来事が起きていたのか分析できていない……迂闊な行動はするなよ」
続けて、隣にいるマガタが声を掛けた。
「ああ……」
ゼンドウが頷くと、タイムゲートが起動し西暦1571年の比叡山へと向かった。
──こうしてゼンドウ・ジンは時を超えてアキバ・ノブを再び追うこととなった。
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