第10話 それぞれの思惑

 弘治2年(1556年)。


 斎藤道三の死は、大きな後ろ盾を失ったノブに対し、反ノブナガ派を勢いづかせる起爆剤となってしまう──ノブは再び、尾張国内の敵と戦う試練を迎えていた。


 ──同年5月、清洲城・大広間。


 ノブはクリムゾン隊から斎藤道三(ミネ・チョウジ)の最期を静かに聞いていた。その表情は険しく、目には涙も怒りも見えなかった。


 美濃国に隊が到着すると、既に道三と息子の義龍が長良川という場所で対峙していたところだった。そこへ5が現れて、あっという間に道三を取り囲んだ。すると道三は義龍に向かって何かを叫ぶと、その言葉に反応して義龍は槍を振り上げて突進し、そのまま胸を貫かれて倒れ──そこから先は誰も口を開かなかった。


 しばらく沈黙が続き、それを破ったのはノブであった。


「……みんな、ご苦労だった。しばらく休んでくれ」


 ノブは気丈に振る舞っていたが口数は少なく、隊のメンバーも黙って頷き、静かに退散していった。


 それからのノブは、悲しみを振り払うかのように国内の武力強化へ邁進することになる──。


 ◆◇◆◇◆


 ──美濃国の、ある古びた屋敷で黒装束の5人が車座になっていた。彼らは僧侶の姿をしているが、で会話をしていた。


僧侶A「マズいことになったな。父親殺しを阻止できなかったとは……」


僧侶B「まさか、あの男にあんな度胸があったとはな」


僧侶C「私も、あの男と父親を引き渡す契約を結んでいたので、つい油断していました」


僧侶D「いっそ、契約不履行ってことで、っちゃいましょうよ」


僧侶E「いや、奴はこの先も利用できそうなので、まだ生かしておくことにする。それより問題は──比叡山に来ている、あの御方に今回の件を何と報告すればいいかだ……」


僧侶B「ああ。だが、遺体はこちらで回収できたし、結果的によかったのではないのか?」


僧侶E「………………」


 5人の会話から、彼らは道三と義龍が対峙したときにいた黒装束の僧侶だったが、何かの任務を遂行しようとしていたようであった。一体、それは何だったのだろうか──。


 ◆◇◆◇◆


 ──再び、尾張国・清洲城。


 道三亡き後の危機を武力で乗り越えようと考えたノブは、城を外敵から守るための補強と周辺道の整備、そして各部隊との連携強化を目的とした軍事訓練の実施を協議した。


 その結果、先に城の補強と道の整備に取り掛かり、それらが終わる8月に軍事訓練を行うことに決まった。


 また、いくつかの訓練候補地の中からノブは、清洲城から南東の川を越え、末森城との中間に位置する広大に開けた稲生原いのうはらという平原を選んだ。この場所は反ノブナガ派の中心勢力である織田信勝がいる末森城からも見渡せて、軍事力を誇示し威嚇する意味もあったのである。


 一方、反ノブナガ派はノブが清洲織田家を滅ぼしたことに驚愕し、さらに清洲城主の織田信友が暗殺されたという噂が広まると、いつ命を狙われるかもしれない不安から焦り始めていた。そんな中、家老の林秀貞は弟の通具みちともと織田信勝の家臣・柴田勝家を屋敷に呼び寄せて、密かに話し合いをしていた。


「あの小僧ノブ、清州の城を奪って、いい気になっておる。おまけに、おかしな私設部隊までつくりおって──しかも裏で信友様を殺したというではないか」


 秀貞は一気に捲し立て、怒りに顔を歪ませながら、酒を飲み干した。


「兄者、我々も命を奪われる前に先手を打たねば」


「斎藤道三の後ろ盾が無くなり、弱っている今が好機でしょうな」


  通具の意見に、勝家も同調した。


「そうですぞ、兄者。あの得体の知れない男に、好き勝手にさせてなるものか!」


「では、いよいよ挙兵の準備を──」


「そう慌てるな、柴田。実は8月に軍事訓練があり、連れて行く兵は700程と聞いておる。打って出るなら、この手薄な時がよかろう」


 秀貞の考えに、ふたりは大きく頷き賛同した。


「早速、この話を末森の殿織田信勝にお伝え申す。では、ごめん」


 決意を固めた勝家は立ち上がり、足早に帰っていった。勝家が去ったのを見届けて、林兄弟はふたりだけで酒を酌み交わしていた。


「兄者! うまくいきましたな」


「うむ。これで柴田が信勝を焚きつけて動けば、こちらの思い通りよ」


「そう、うまく事が運びますかな……」


「案ずるな、通具。信勝は柴田の言いなりじゃ、それに柴田ではまつりごとはできまい」


 林秀貞はノブを討ち取ったあと、当主に祭り上げた信勝を操り、尾張国を手中に収めようと企んでいた。


 ◆◇◆◇◆


 ──季節は巡り、夏が訪れようとしていた。


 織田信勝は、兄・信長が近頃体調を崩していることを知り、ノブが軍事訓練の準備で不在なときを見計らって、清洲城を訪れていた。


「今日は見舞いを兼ねて、兄上の真意を尋ねにきた」


「私の真意?」


 信長は布団で横たわったままだったが、その視線は信勝へ向けられていた。


「兄上は、あのノブナガという男をなぜ当主に選んだのだ!」


 信長は一瞬だけ目を細めたが、沈黙していた。


「それに父上も、なぜあの男に家督を譲ったのだ! 兄上が継げないなら、俺が家督を継くのが筋だろ?」


 信勝は思わず、声を強めて問い詰めた。彼は自分こそが正統な後継者だと思っており、ノブという男が家督を奪ったことに未だ納得できないでいた。また兄・信長に対しても不信感を抱いていた。兄は自分の体調を理由に家督を放棄し、ノブを当主に選んだが、何か裏があるのではないかと──。


「彼なら──織田家を強くする素質があると感じたからです。……それに長男として家を守ってゆくのが、私の使命だと考えています。もし、それを脅かす者がいれば、容赦なく潰す覚悟でもいます」


 信長は布団から起き上がり、信勝の方へ向き直り答えた。顔は青白かったが、目は冷徹に信勝を見据えていた。


「それが、あの男でもか?」


「はい……。そうなれば、代わりをまた捜すまでのことです。私は父上の遺志を継ぎ、この織田家を天下に導くことが夢なのです」


「……わかった。兄上と言い争う気はないので、今日はこれで帰る」


 そう言って立ち上がると、信長も鋭い目をしながら立ち上がり、その視線に圧倒された信勝は思わず後ずさりした。すると、信勝の肩を掴んで耳元で囁いた。


「──くれぐれも母上を泣かせるようなことはしないように」


 その言葉に信勝は心臓を掴まれた気がして、そのまま末森城へと帰っていった。


 信勝が去ったあと、信長は疲れた表情で再び布団に入り、静かに目を閉じた。


(信勝……。兄の邪魔だけはするなよ)

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