第9話 討つ者と討たれる者
年が明けて新たな年号、弘治元年(1555年)が始まった。そして3月になっても、状況が何も変わらない日々に、ノブは苛立っていた──。
昨年、
「まずは、本家の清洲織田家に降伏を促すのが、分家としての筋です。城の明け渡しを求めましょう」
信長はそう言って、織田信友へ書状を送った。それから数ヶ月、清洲から何の返事もなく、動く気配もなかった。その上、毎日のように義銀が催促しにやって来る。
「いつになったら、父の仇を討てるのじゃ! 早うせんか!」
初めは同情と利用価値から保護したが、あまりにもしつこいので最近では、邪魔者と思うようになっていた。
「いましばらく、お待ちください。時が来れば……」
「その時とは、いつじゃ!」
毎回、同じ会話の繰り返しになるが、信長はいつも冷静に対応してくれていた。
そんな信長を横目にノブは、内密で清洲城へ潜入しているキートン(藤吉郎)のことを考えていた。内情を探るよう送り出したが、いまだに戻って来ない。
ノブは空を見上げ、自分の苛立ちに、溜息をついた。
◆◇◆◇◆
4月に入ってすぐ、素知らぬ顔でキートンが戻ってきた。
「おお、
見ると、顔に痣ができていた。
「それがさぁ、僧侶に呼びかけられて、振り向いたらボコボコにされて……気がつくと、牢に入れられてたんだ」
「おい!
僧侶と聞いて、ノブはチョウジ(斎藤道三)から聞いたことを思い出した。
「うん、袈裟を着てたからね。本当に僧侶かどうか……それに僕のこと知ってるようだったなぁ」
「……とりあえず、今日は帰って休め──明日の夜、また来てくれ」
ノブは疲れた表情のキートンを帰らせることにした。キートンも余程、疲れていたのか詳しい事情も話さず、言われた通り黙って帰っていった。
(また、謎の僧侶か……しかも
美濃国に続き、尾張国にも現れた謎の僧侶──いったい何者なのか、目的は何なのか、今のノブに知る由もなかった。
◆◇◆◇◆
次の日の夜、ノブは『織田信友暗殺計画』を実行するため、ヤシュケス(弥助)とアレク(慶次)、そしてキートンを自室に集めていた。信長とラン(蘭丸)には、この計画がノブの個人的な恨みからきているので、反対されると思い声を掛けていない。
しばらくして遅れてきた帰蝶が合流し、4人が揃ったところで、ノブは計画の内容を説明した。
「まずは、
ここまで話して異論が出なかったので、説明を続けた。
「城の奴らが混乱してる隙に、ふたりが信友を見つけ、始末する。もし、謎の僧侶が現れたら、お前が
ノブはキートンとアレクを交互に見て説明し終わると、誰も反対する者はいなかった。
「リーダーに、これ渡しておくよ。信友を片付けたら連絡するから」
キートンから小型無線機とマイク付きイヤホンを渡された。城の周りには高い建物もないので、半径1km以内なら通信可能らしい。
「あとは、オレが家臣達を説得して出陣の準備ができたら、計画実行だ」
そして最後にノブは、計画が成功した場合、表向きは信友が観念して自害したことにする一方で、裏では暗殺されたという噂を流すよう4人に指示した。これにより反ノブナガ派を牽制し、謀反を防ぐのが狙いだった。しかし、ノブにとって、後々この噂を流すことが裏目に出てしまう──。
◆◇◆◇◆
翌朝、ノブは重臣を集めて清州城攻略の軍議を開いた。この時にはタク(信長)も、清洲側が行動を起こさないことに不信感を抱いたのか、反対はしなかった。
また、末森城の織田信勝に援軍要請を出したところ、参戦する旨の返事が返ってきた。信勝側も、尾張守護を殺害した逆賊の信友討伐に協力するのが、当然と考えたのだろう。
こうして出陣の準備が整い、斯波義銀を総大将に迎え、総勢2千の軍で清州城に向かった。
清州城が近くに見えてくると、ノブは攻撃の準備を始めた。門前に素早く陣を構え、鉄砲隊や弓隊を配置し、クリムゾン隊は3百の兵を率いて東西に分かれた。
「撃てーーーっ!!」
ノブの合図と同時に、鉄砲や弓矢が空に飛び交った。火花や煙が舞い上がり、城を揺るがすような音が轟いた。これに呼応してクリムゾン隊も威嚇し始めた。
清洲織田側も必死に応戦したが、信勝の軍が合流して攻撃が激しさを増すと、守護を殺害するという不忠が祟り、信友の求心力が低下したためか、次第に劣勢になっていった。
すると、ノブの持っている無線機から声が聞こえて──その声はキートンからだった。兜で隠していたイヤホンのマイク部を口元へ持っていき、頷きながら応答する。
「任務完了」
「そうか、よくやった。それで、例の僧侶は?」
「現れなかったよ。城に居なかったのかなぁ」
この時、僧侶の格好をした者が城の裏口から逃げていった目撃情報があったが、『あれは、重臣の
「……わかった。すぐに信友が死んだことを、周りに触れ回って、引き上げろ」
「了解!」
周囲は、ノブが何やら独り言を呟いているような、そのやり取りを不思議そうに見ていると──
「撃ち方、止めぇーーーっ!!」
突然ノブが叫び、その声と共に砲撃が止んだ。すると、城門が開かれて、清洲の兵が白旗を掲げ、一斉に出てくるのを確認した。それを見ていたノブナガ軍は歓喜し、総大将の義銀は
こうして、ノブは清州織田家を滅ぼし、清州城を手に入れた。そしてそれは、単に城を手に入れたことだけでなく、上に斯波義銀という新たな守護を置く守護代として、尾張国を統治する立場をも手に入れたのであった。
◆◇◆◇◆
弘治2年(1556年)尾張国・清洲城。
ノブが那古野城から清洲城に居城を移して、1年近くが経とうとしていたある日、帰蝶が自室を訪れていた。
「本日は、父上から書状が届きましたので、お持ちしました」
彼女は赤を基調とした打掛を身にまとい、金色の糸で施した刺繍が美しく輝いていた。
「ボス(斎藤道三)から? それならオレにも届いていたが……確か、美濃国を譲ると書いてあったな」
「はい。わたくしの書状にも、同じように書かれておりました。ただ……」
そう言って、胸の襟に挟んでいた書状を取り出し、ノブに手渡した。そこには息子である
(しまった! 迂闊だった……)
ふたりの親子関係は最悪で、いつ争いが起きてもおかしくない状況を知っていて、義龍の動きに気付かなかった自分の無能さを後悔していると──
「ノブナガ様に、お願いがあります……父上に援軍を──どうか、父をお助け下さい」
帰蝶は膝をノブの方へ滑らせると両手を床につけた。ノブは顎の髭を撫でながら
「すぐに、クリムゾン隊を先行させ、美濃へ潜入させる」
「では、わたくしも準備を」
「……オマエは、ここに残れ」
「でも、わたくしは蝮と呼ばれている道三の娘で──」
「いいから、ここに残っていろ。これは命令だ」
「……!」
ノブは帰蝶の言葉を遮り、静かに言った。その口調から、いま援軍を送っても間に合わないことを察した帰蝶は、涙を堪え、唇を噛み締めながら黙って頷くしかできなかった。
ノブも黙って目を閉じ、天井を見上げていた。
◆◇◆◇◆
それから2日後、ノブが美濃国へ出陣の準備をしていると──その悲しい知らせが、先行させたクリムゾン隊の前田利家からもたらされた。
バタバタと廊下を慌てて走り、挨拶もせず、利家が部屋の障子を開けて入って来た。
「ノ、ノブナガ様、も、も、申し上げます」
「慌てるな。落ち着け」
「斎藤道三殿、義龍の手により討ち死にされました」
(やはり……間に合わなかったか)
「それで、義龍はどう動いた?」
「その後、兵を率いて稲葉山城を占拠した模様でございます」
「……明智光秀はどうした?」
「それが──その場にはおらず、行方がわかりません」
「……わかった。利家はクリムゾン隊と合流し、すぐに隊を引き上げさせろ!」
──美濃の蝮こと斎藤道三……いや、西暦2150年、反政府組織『イレイジャー』のボスで、斎藤道三と名乗っていたミネ・チョウジは──西暦1556年の時代で死んだ……。
その衝撃はノブだけでなく、同盟を結んでいる尾張国をも揺れ動かす──ノブは、まだ尾張国を統一できていない。
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