第11話 稲生原の激突
弘治2年(1556年)、8月。
軍事訓練が行われる当日は、夏だというのに朝から肌寒く小雨が降る、あいにくの天候だった。それでもノブは鉄砲隊180人、足軽部隊に属する長槍隊500人を引き連れ、
この訓練で、鉄砲隊を3列に編成して順番に発砲する3段撃ちを教え込み、長槍隊は三間半(約6.3m)の長槍を持たせ振り下ろして叩く戦術を身につけさせ、これらの部隊が連携して戦えるのか確認しようとしていたのだ。
一方、クリムゾン隊のメンバーから太田信定は、今回の訓練に弓隊の出番がないため手薄になった清洲城の留守番と警護を任せていた。また帰蝶については、父親が亡くなってから自室で仏壇に手を合わせている日が多くなり、覇気がないため不参加とし──ラン(蘭丸)に至っては寝坊したので、やる気がないと判断して清州城に置いてきた。
◆◇◆◇◆
同時刻、末森城の大広間。
織田信勝は横たわりながら酒杯を傾け、対する柴田勝家は落ち着かずに知らせを待っていた。その間も雨は降り続き、外はぬかるんでいた。
「申し上げます。清洲城から700程の兵が稲生原へ出発したとのことでございます」
「殿! いよいよ、ご出陣の準備を」
「しかし、この寒くて雨の降る日に訓練などよくやるな。そう思わんか? 勝家よ」
「はあ……」
信勝は再び酒杯を口に運びながら、無関心な様子で言い、その態度に勝家は少々腹が立っていた。
「殿! 今日はあの男から家督を奪う大事な日です。どうか、ご出陣の準備を!」
「よし! 決めたぞ、俺が出ずとも勝てるだろ。お前が大将として行ってこい」
信勝は勝家に背を向け、酒杯を置き捨てた。それから呑気に歌を歌い始めた。
「雨降れ降れ 稲生原 今日こそ我ら 天下取り ノブナガの首 酒の肴に しようぞぉ~」
「……では、行ってまいりまする」
この時、勝家はその歌声を聞きながら信勝の器の小ささに心の中で呆れていたが、大将としての責任感から自身を奮い立たせていた。
「いざ、稲生原へ──出陣じゃあああーーー」
「「「「「おおおおおおーーーー!!!」」」」」
同じころ、林秀貞も知らせを受け、弟の
◆◇◆◇◆
稲生原の訓練場。
訓練が始まると普段は物静かで口数の少ないヤシュケス(弥助)が、自ら先頭に立って予想外に張り切っていた。
「鉄砲隊、もっと速く入れ替われ! そこの長槍隊、周りと呼吸を合わせろ!」
訓練のために組んだ
訓練は順調に進んでいたが、昼近くになると急に雨足が強くなってきたので、やむを得ず中止を決断した。そして兵の引き上げ準備をしていると、遠くから人の声と馬の蹄の音が聞こえてきた。見ると、軍勢が2方向から押し寄せてくるのがわかる──ついに、反ノブナガ派が挙兵したのだった。
「
瞬時にノブが叫ぶと、キートン(木下藤吉郎)はもう走り出しているところであった。その数分後、両者が激突する──東から柴田軍1000人と南から林軍700人に挟まれる形になり、しかも大雨のせいで火薬が全く使えず、戦力にならない鉄砲隊を庇いながら、長槍隊とクリムゾン隊だけで迎え撃たなければならない、ノブにとって苦しい戦いとなった。
戦闘が始まるとクリムゾン隊の前田利家や
「うぉらぁぁぁーーー! オマエら身内同士で争って、いい加減にしろォーーー」
メガホンを通して、ノブの怒った声が、まるで地鳴りのように辺り一面に響き渡る──すると、この時代で、そんな大きい怒鳴り声を聞いたことのない反ノブナガ軍は恐怖に震えて動きが止まり、その場から散り散りに逃げる兵も出始めて、ついには総崩れとなっていった。
それを見たノブ側の軍は勢いを取り戻して逃げ惑う兵を斬り倒し、次いで林軍の方にも攻めかかっていき、一気に形勢が逆転していった。しかし、その戦闘の隙をついて櫓から降りていた無防備のノブに向かって、敵将の林通具が一騎で槍を振るいながら突進してきた。
その時だった! パーンと銃声が聞こえると、通具が顔を歪めて脇腹を押さえ──次の瞬間、今度は矢が右肩を射抜き、通具は馬上から転げ落ちた。音がした方を振り返ると、帰蝶がライフルを太田信定が弓を構えているのが見えた。
(……! どうやら、間に合ってくれたか)
さらに起き上がろうとしていた通具にアレク(前田慶次)が襲い掛かり、彼の鋭いナイフが首筋を切り裂き、止めを刺した。──こうして稲生原での戦いは、辛うじてノブ側の勝利で幕を閉じたのだった。
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