第12話 祭りのあとで

 稲生原いのうはらの戦いから帰還したノブは、すぐに首謀者とされる織田信勝、その家臣である柴田勝家、そして家老の林秀貞に翌朝、清洲城へ登城するよう使者を遣わした。

 

 それと並行して末森城に、ある仕掛けをするよう精鋭部隊(クリムゾン隊)へ指示を出した。


信長もラン(蘭丸)から報告を聞き、信勝と共に末森城に住んでいる母の土田御前どたごぜんへ急ぎ、書状を送った。


 ◆◇◆◇◆


 弘治2年(1556年)、尾張国・清洲城の大広間。

 

 大広間にノブと信長が現れてから林秀貞と柴田勝家は、ずっとかしこまって頭を床に擦りつけたままでいた。


「ふたりとも、この場で何かいうことはあるか?」

 

ノブの言葉に、ふたりはようやく頭を上げた。


「──このたびは舎弟が、兄の心も知らず軽率つかまつり、何とも申し訳ない儀にござりまする」


「つまり、弟が勝手に仕掛けたということか?」


「ははーーっ」


 秀貞は必死に平謝りしたが、この言い訳じみた言葉にノブは大きく溜息をついてから、勝家の方へ視線を向け、弁解を促した。


「この度の不始末、すべてこの勝家の不徳といたすところにござりまする」


 そう言って勝家は、猛省から丸めた頭を再び床に擦りつけた。


 しばらくして──


「林秀貞には隠居してもらう。柴田勝家はオレの家臣へと配置換えとする」


 この処分に、ふたりは驚きと安堵の表情でお互いを見合った。切腹に至らなかったのは、秀貞を生かすことで繋がりがあるとされる駿河・今川の動向を探りたいこと、勝家については戦上手で戦力になることから信長の意見が反映された結果であり、このことは昨夜の打ち合わせによりノブも同意済である。


 しかし、問題は信勝であった。翌朝までの猶予を与え、登城しない場合は切腹させることになっていたからだ。そして昼を過ぎてもまだ姿を現わさないでいる──。


 ◆◇◆◇◆


 いつ来るかもわからない信勝を待っていてもしょうがないので、ノブは城下にあるキートン(木下藤吉郎)の修理小屋を訪ねていた。何やら見せたいものがあると聞かされていたからだ。中に入ると、が散乱している。


「ねえ、これ見てよ! 火縄銃を改造して散弾銃にしたんだ。『散式火縄銃』って名付けて、いま試作で5丁作ったんだ」


 手渡された火縄銃は砲身が短く切り詰められており、馬上からでも撃てるようになっていた。また、弾は花火の原理を利用した炸裂弾で、弓矢の射程外から敵を撃ち抜くことができるという。


「ほぉう、これは使えそうだな」


「でも、問題は──命中率は高いけど、連射ができないし、貫通力も矢と変わらないんだよねぇ……」


 その時、小屋の中でひと際目立っている──通信機のランプが赤く点滅し始めた。


「……ザー、ザー……ЭЮЖДЦЯЧЪЦ……」


 やがて、小型ディスプレイに見たことのない文字が表示され、しばらくして消えた。


「何だ! いまのは?」


「時々、通信機が突然作動して、何処かの言語で暗号通信を拾うんだよ」


「……暗号通信? この時代で──誰が通信なんかしてんだよ?」


「……わからないけど──リーダーは『ATLASアトラス』って覚えてる?」


「……!」


 『ATLASアトラス(Anti-Terrorism League of Allied States)』とは西暦2150年でノブたちのレジスタンス組織『イレイジャー』と対立していた政府のテロ対策組織である。


「奴らも、あの時空の歪みに巻き込まれて僕らと同じく、タイムスリップしてきていたとしたら……奴らなら──この時代でも電波を飛ばせる技術を持ってるんじゃないかなぁ」


 ノブはキートン(木下藤吉郎)に言われるまで、その名を忘れていた。そして驚愕と同時に、ある事を思い出した。


「まさか! あの、黒装束の僧侶たちが……」


 ──その僧侶たちは、比叡山・延暦寺敷地内の仮設小屋に集まっていた。


僧侶E「その後、回収したレブルNo.008ミネ・チョウジの状況は?」  


僧侶C「まだ、報告はきていません」


僧侶B「記録解析はどうなってる?」


僧侶C「現状、8パーセントだそうです」


僧侶A「まだ、それだけか! 話にならんな。この先の行動計画が立てられんぞ」


僧侶B「だが、レブルNo.011アキバ・ノブを戦場に引っ張り出せば、何とかなるんじゃないのか……」


僧侶A「……そういえば、クラウドはどうしているんだ?」


僧侶C「彼は『津々木蔵人つづきくらんど』という家臣となって、いま末森城に潜入中です」


僧侶E「そろそろ、あいつに動いてもらうか……」


 津々木蔵人は織田信勝の側近でありながら柴田勝家の存在により、目立った行動はしていなかった。しかし、その勝家がノブ側の家臣になったことで暗躍し始め、信勝の右腕として重用されることになる──。


 ◆◇◆◇◆


 再び、清洲城の大広間。


 ノブは重い足取りで、城下から戻ってくると不機嫌そうにしていた。そして日が暮れようとした頃、信勝が母の土田御前に連れられて、登城してきた。


「信勝よ……」


「…………」


 信長の声にふてくされ、顔をそむけた信勝を見て、ふたりの母──土田御前は慌てた。


「これ!信勝!」


「母上。俺は謝るつもりはないといったが──母上が兄上のもとへ行くというので、ついてきただけだ。それに……」


「信勝!!」


「っ……」


 母親に文句を並べようとした信勝だったが、信長の一喝で黙り込んだ。


「私が無理をいったのです。母上を責めるのは、よしなさい」


「…………」


 その時、いままで不機嫌そうに黙って信勝を睨んでいたノブが口を開いた。


「昨夜、末森城に時限爆弾──オマエには焙烙玉ほうろくだまといえばわかるな、それを仕掛けておいた。時が来れば爆発するが……それでもまだ反抗する気か?」


「くっ……脅しているのか?」


「いや。オレは本気だ」


 信勝は俯き、拳を握り締めていた。


(何て卑劣な──だが、父上に睨まれているようなこの感覚は何なんだ……)


 土田御前が心配して見守る中、信勝が顔を上げた。


「……わかった。降伏する」


「二度はないぞ!」


 そう言うとノブは自室へ戻ってしまい、親子3人だけが大広間に取り残された。そして信勝も気まずそうに、信長に頭を下げて出て行ってしまった。


「ご協力、感謝します。母上がいなかったら、どうなっていたか」


「いいのです。それに本来なら、すぐにでも出向かねばならぬところ──信勝に代わり、お詫び申し上げます」


 信長が頭を下げる。それを見た土田御前は、手を横に振って同じく丁寧に頭を下げた。


「信勝に伝えてください。もし今後、余計な事をしたら、その時は容赦しないと」


「……!?」


 一瞬だけ見せた鋭い目に怯える母を残して、信長もまた大広間を後にした──。


 こうして首謀者とされる3人が謝罪したことで、謀反の罪はゆるされ、翌年弘治3年(1557年)の夏までは何事もなく平穏な日々が続き、信勝も何か吹っ切れたようにおとなしくしていた。


 しかし、津々木蔵人の企みによって、彼の命運は大きく変わってしまうのだが……この時はまだ知るよしもなかった──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る