第17話 桶狭間で・・・

 永禄3年(1560年)5月19日。


 桶狭間に到着した今川義元は、本陣の設営が完了するまでの間、降りつける雨風を避けるため、巨木の裏へと回り込み、思いを巡らせていた……。周囲を常に一望できる、この小高い山の上に陣を確保しておけば、敵の動きに対応でき何ら心配はない。そして、周りには部隊1000が控えている万全の態勢だ。


 勿論、本陣も300程の精鋭で完全に固めて備えを怠っていない。死角は──ないのだと義元は自負する。しかも、ここまでは一本道で奇襲を仕掛けづらい。だだ……、雨風を避けるため兵たちが予定よりも散らばっていたことが、気になっていた。


 そんなことを考えていると、側に控える家臣・三浦義就みうらよしなりが視界に入ってきた。


「殿、準備が整いましたので、どうぞこちらへ……」


「うむ……。しかし、これほどの雨になるとは……」


 義元は独り言のように呟きながら、本陣へと足早に向かった。


「それにしても……もやで、まったく周囲が見えぬ。油断せぬよう、皆の者に伝えよ」


 本陣に着いた義元は、辺りを見渡しながら隣にいる義就にそう命じた。だが、あまりの雨音の強さで彼の声はうまく届いていず、しばらくはこのにわか豪雨に耐えながら、どうにかやり過ごし続けていた……。


 一方、ノブナガは高台から双眼鏡で今川軍の動きをじっと観察していた。


「やはり来たな……。もうじきサルキートンから合図があるので、いつでもいけるよう準備してくれ」


 双眼鏡を覗いたままノブナガは、弥助ヤシュケスと毛利新介に、そう告げた。

 

地形の関係で電波が届きにくいことを見越し、ノブナガと藤吉郎キートンが懐中電灯のライトで手旗信号のように合図を送ることにしていたのだった。


 やがて、手筈通り藤吉郎からの合図が届き、ノブナガは心の中でそれを読み取った。


(ゴ・フン・ゴ・バク・ハツ──ゴ・フン・ゴ・バク・ハツ)


「……5分後にサルが援護する。オレの合図で出てくれ!」


 そう言い、ノブナガは所持していた時計を見ながらカウントダウンの態勢に入り、その言葉を受けて弥助はバイクをふかし、位置に着いた。


「──5、4、3、2、1、GO!」


 ノブナガの声と同時に、バイクは爆音を轟かせて一気に加速し、今川本陣へと突進していく。


「信定!勝家へ突撃の合図を!」


 ふたりを見送ったノブナガは、背後の太田信定に待機している柴田勝家率いる部隊へ合図を送るよう命じた。しかし、信定はバイクの爆音を雷と勘違いし、怯えて頭を抱え、その場にうずくまってしまった……、どうやら雷が苦手らしい。


(ちっ、何してんだ……)


 返事がないので、ノブナガは振り返って様子を見ると瞬時にそれを察し、心の中で嘆いた。そして信定から弓を奪って、自ら照明弾付きの矢を空に向かって放った──桶狭間での作戦が開始された。


◆◇◆◇◆


 今川軍は雨を凌いで、冷えた体を酒で温め休んでいると、何処からか雨音とは違う地響きのような激しい音が、過ぎ去ってゆくのを感じた。兵たちは、それを雷と思い一瞬、動きが止まる。その時、足軽として潜入している藤吉郎と慶次アレクの放った手榴弾が周囲に炸裂し、突然の大爆発に包まれ手痛い被害を受けて大混乱となる──今川軍は、その隙をつかれた格好であった。


 今川本陣でも異変に気づき、今川義元が本陣から飛び出して、山上から辺りを見渡した。すると、いきなり深い靄の中から爆音を響かせた物体が現れ、義元は一瞬、目を疑った。


(なんだ……あれは?)


 ──ふたりを乗せたバイクは、今川本陣のある小高い山上へ一気に駆け上がると、都合よく義元本人が見えた。弥助は急ブレーキをかけ、その勢いでターンをして、義元が後部座席の新介の目の前になるようにバイクを横付けに止めた。


 絶好のポジションを得た新介だったが、弥助の、あまりの早業に焦ってしまい、ピストルから放たれた弾は義元の肩に当たり、致命傷にはならなかった。その隙をついて義元は刀を振り下ろし、新介は咄嗟に左腕で防ごうとするが間に合わず、片腕を切り落とされてしまった。それでも新介は、痛みをこらえて2発目を発射した。


「うッ」


 2発目の銃弾が義元の前頭部に命中し、そのまま仰向けに倒れたところを新介が、意識もうろうとする中で近寄り、彼の握っている刀を奪って首をき切った。


(取った! 義元の首を取った!)


 その瞬間、新介は時間が止まった静寂の中にいるような感覚でいた。


「新介! 早く乗れ!」


 弥助の掛け声で我に返った新介は、その刀に首級しるしをさすとバイクに飛び乗って、再び爆音を響かせたバイクは、今川本陣から消えていった──あっという間の出来事であった。


「総大将今川義元、毛利新介が討ち取ったり!」


 新介はバイクの後部座席で力を振り絞って叫び、義元の首を掲げて疾走してゆく。その後方で藤吉郎と慶次が、同じ言葉大声でを発しながら、周囲にわざと聞こえるように追走していた。


「ああっ……」


「よ、義元様!」


 今川の将兵たちが敬愛する主君の首を見て落胆しているところを、柴田勝家が率いる軍勢の足音が桶狭間に響き渡り、風に乗ってそれらの音は今川軍の戦意を喪失させていった。


「に、逃げろ!」


 今川軍の敗走が始まった──兵の多くは元々農民あり、戦があるときに徴兵される一般の雑兵たちにとっては、そもそも今川家に対する忠誠心は薄く、所詮は逃げることしか考えていなかった。将兵たちにしても、グズグズしていると敗軍の武具や首級を狙う、落ち武者狩りに遭うため自らの命が危うくなると考えていた。そんな状況下で、それまで信じていた土台が足元から崩れていく恐怖を、今川軍は味わっていた。


 ◆◇◆◇◆


 いつの間にか雨が上がり、今川軍の泥にまみれながらの敗走が始まる中、その光景をノブナガは冷静に見つめていたが、ふと天を仰いで無意識に微笑んでいた。


「よし、帰るぞ!」 


 目的を遂げた以上、余計な手出しをせず去ることを選んだ。そしてクリムゾン隊もそれにつづく。


 雨上がりの空は雲間から光が射し、ノブナガは新たな時代への第一歩を踏み出すように、桶狭間の地を去って行った。


 ──こうして、毛利新介とバイクの活躍によりノブナガ側の勝利となったが……、片腕を失った新介はその後、武士としての道を諦めノブナガのもとを去り、バイクも泥道での過酷な走行が原因で廃棄される運命となった。ノブナガは少なからず勝利の代償を支払うこととなり、桶狭間の戦いは幕を閉じた。


 今川治部大輔義元いまがわじぶたいふよしもと


 自身でも何が起きたかわからぬまま桶狭間にて、散る。


 享年42歳。


 決して義元は、油断や散漫で負けたのではない──ノブナガが、この時代にはないバイクや銃を使い、未来の知識を用いて勝利しただけのことであった。


 しかし、今川義元の衝撃的な死は、やがて一時代の終わりと新たな始まりを告げるものとなる……。


 ◆◇◆◇◆


 その後のノブナガは──、


 永禄5年(1562年)。幼少の頃、ノブナガに懐いていた竹千代が駿河国・今川家に仕えた後、独立を遂げ、名を徳川家康に改め、ノブナガと同盟を結ぶ。


 永禄10年(1567年)。若き美濃の国主・斎藤龍興を破り美濃を手中に収める。居城の稲葉山城は、軍師・沢彦宗恩たくげんそうおんの進言で岐阜城と改名し、本拠地をそこに移す。この時期から、織田信長の形見として所持していたを用い始める。


 永禄11年(1568年)。京へ上洛し、室町幕府15代将軍の足利義昭を擁立して、将軍職就任を支援する。この頃、亡き斎藤道三に仕えていた明智光秀と再会する。


 永禄12年(1569年)。鉄砲の生産地であり、南蛮貿易の拠点でもある大阪・堺を制圧。直轄地とし、鉄砲の改良に着手する。


 元亀げんき元年(1570年)。織田信長の妹、お市の方おいちのかたが輿入れした近江国・浅井長政と越前国・朝倉家との連合軍を、姉川の戦いで撃破。


 こうして、天下統一を目指して進むノブナガであったが、これまでの出来事は偶然なのか、それとも何か目に見えない力の導きなのか、あるいはただの幻想に過ぎないのか……。歴史は大きく変わることなく、その流れを刻んでいるのであった。


 ──そして時が流れ、桶狭間の戦いから11年後の元亀2年(1571年)。ノブナガの鋭い眼差しは、比叡山延暦寺に向けられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノブ ~戦国時代で「ノブナガ」になった男~ 花藤 剣 @katoken423

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ