第6話 再会(2)
莉子と再会した10分後、僕は例の公園のベンチに座り込んでいた。
「2時にバイトが終わるからまた来て」
あのあと、莉子は淡々とそう言ってすぐにバックヤードへ入って行ってしまった。その時はあまりに肩透かしで驚いたが、冷静になって考えると自分の行動が完全にストーカーのそれであることに気がついた。5年あっていなかった男が、急に自分の職場で待ち伏せしていたらどう思うだろうか。しかもあの時の僕は泣いてなかっただろうか。考えれば考えるほど、自分がいたたまれなくなってきて今すぐ公園から立ち去りたくなった。居ても立っても居られなくなった僕は山田に電話をかけた。山田はワンコールもしないうちに電話に出た。
『どうした遙?そっちがかけてくるなんて珍しいな』
『今、大丈夫か?』
『大学の授業中だけど大丈夫!どうした?』
何が大丈夫なのかはあまりわからないが、僕は話を続けた。
『実は莉子に会いに行ったんだ』
『えっ、マジか』
山田の声のトーンが変わった。いつもはヘラヘラしている声が、心なしかずっしりと低くなったような気がした。
『それで、何話したんだ?』
『いや、まだ話したわけじゃないんだ。ただ、バイト先まで会いに行ったんだ。そしたらバイトが2時までだから待ってろって言われてさ』
僕はありのままを告げた。
『ん?待ったそれで?』
『つまり今待機中』
『なんだ、暇でかけてきたのかよ』
拍子抜けしたような声で山田は言った。それもそうか、僕が同じ立場でもそのリアクションになる。
『いや、違うんだよ。僕の行動完璧にストーカーじゃないかと思って。大丈夫かな?』
『知らねーよ。てか大丈夫だろ、お前らの仲だろ?』
山田は僕らの関係が変わっていないことを全く疑っていないかのようにそう言った。けれど、僕もそう信じて見たくなった。
『そうだよな。ありがとう』
『はいよ。てかまだ9時だぞずっとコンビニの近くで待つのか?』
『いや、一旦家に帰るよ』
『はいよ、じゃあ授業戻るわ。また何を話したか電話してこいよ。というかかけるわ』
了解とだけ言って僕は電話を切った。こういう時ほど、なんでも話せる親友の存在をありがたいと思うことはない。僕はベンチを立ち上がって帰路についた。ただ、家に帰っても何も手につかず、何をするわけでもなく莉子のバイトが終わる時間になった。僕は店の前で莉子を待った。ただ、なかなか莉子は出てこなかった。結局莉子が出てきたのは2時30分になった頃だった。
「ごめん、お待たせ。片付けが長引いちゃって」
「大丈夫、一旦家に帰って今来たところだよ。はいこれ、お疲れさま。」
僕は二つ買っておいたカフェオレの一つを莉子に渡した。僕たちはカフェオレを飲みながら例の公園に向かった。土曜日の昼だというのに、公園には誰もいなかった。まだ2月の公園は肌寒くカフェオレの暖かさが手に染みた。
「元気だった?」
「うん、それなりに」
莉子は気まずそうに言った。また二人の間に沈黙が流れた。昔はあんなに話がつきなかったのに、今となっては何を話していいのか全くわからなかった。これ以上後悔しないために僕は言葉を振り絞った。
「ごめん」
「なんの話?」
「5年前の色々。君がいなくなるなんて僕は思ってもいなかった」
莉子の顔が一瞬曇った。けれど、莉子はすぐに笑って話し始めた。
「それなら謝るのは私の方だよ。でも引越ししてから公立の高校に行ってさ、大学進学はだめだったんけど。でも、あれから私もそれなりに頑張ったんだよ」
「そっか」
そう言われるとこれ以上僕は何も言えなかった。
「今は何しているの?」
「とりあえずフリーターかな。歌で生きていくのが夢なんだ」
莉子は昔から歌がうまかった。ライブハウスでライブをしたり、月に2度都心の方の駅前で路上ライブをしているらしい。動画やSNSのアカウントを見せてもらったが、フォロワーはそこそこだったが頑張っていることが一眼でわかった。銀髪のショートカットも印象作りのためだそうだ。
「似合ってるよ、その髪色」
「ありがとう、意外と評判いいんだ」
昔の莉子の髪は少し茶色がかっていてとても綺麗だった。ただ、銀髪の彼女もなんだか儚い感じがしてなんだか今の彼女の雰囲気にあっていた。気がつくと日が傾いてきていてランドセルを背負った小学生が公園にちらほら増えてきていた。どうやら登校日だったようで、通学路には帰宅中の小学生がたくさんいた。傾いてきた夕日が彼女の銀髪を明るく照らす。そのオレンジは僕にかつての彼女を彷彿とさせた。
「明日、空いてる?」
突然莉子が切り出した。明日は日曜日で、締め切りの近いレポートに目を瞑れば何も予定はなかった。
「水族館行きたいんだけど、一緒に行かない?」
僕の明日の予定が決まった。
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