第3話 遠回り

 3週間がたった。あの日以来、帰路での遠回りが日課になっている。ただ、あのコンビニにはあれ以来一度も立ち寄っていない。何度も莉子に会いに行こうと思った。だが、あのコンビニを前にすると足がすくんだ。コンビニがある通りの対岸の歩道からコンビニの入り口までのたった数メートルが、途方もない距離のように感じる。結局、今日も僕はコンビニを通り過ぎた。

 大学が3限で終わった日のこのあたりは帰宅途中の小学生で溢れている。小学校近くの公園では制服のままサッカーをする男の子たちとそれを見守る母親がいた。僕たちも小学生だった頃よく遊んだ公園だ。サッカーをする少年たちのその奥にはベンチがあり、そこには男性が座っていた。手元には文庫本をもち、いわゆるオフィスカジュアルという綺麗な格好をしている。児童公園にはおおよそ似つかわしくない格好だった。注意深くみてみると見知った顔だった。莉子の姉、さくらさんの生前の彼氏だった達規さんだ。桜さんと莉子は10歳差の兄弟で、達規さんは桜さんの同級生だった。僕と莉子は小さい頃からよく遊んでもらっていた。10年前は活気のあるスポーツマンという印象だったが、昔よりも痩せ細っていて長くなった前髪をセンター分けにしている姿はいかにもサラリーマンといった印象になっている。ただ、10年前はかけていなかった丸メガネだけは似合っていなかった。


達規たつきさん、何をしているのですか?」


思わず声をかけてしまった。声をかけられ驚いたのか、こちらをみて目を細めた。


「遙くんか、大きくなったね」


「お久しぶりです」


「今何歳だ?最後に会ったのが小学校の時であれが10年前だからもう二十歳?」


「そうですね、お酒が飲める歳になっちゃいました」


「そっか。あれ、家はもっとあっちのマンションだったよね?こんなところで何をしてるの」


「それは僕が最初にした質問ですね、達規さんこそ何をしているんですか」


達規さんの表情が一瞬曇った。手に持っていた文庫本を閉じてゆっくりと立ち上がった。


「お酒飲めるんだったよね?」


「はい、ほどほどに」


「飲みに行こうか、僕が出すよ」


なんだか神妙な面持ちだった。車を家に置いてくるからと達規さんは一度帰っていき、飲み屋街のある街の駅前で待ち合わせすることになった。おすすめのお店があるからと達規さんが先導して向かった先には成人の日に山田と飲んだあの飲み屋があった。達規さんが言うには、このお店はこの辺りの飲み屋で一番安くて美味しいそうだ。山田もそんなことを言っていた。あの時は聞き流していたが、この時僕は改めて山田のすごさに感服していた。山田は地方の医学部へ進学したため卒業後すぐに引越ししたはずで、しかも山田のお母さんの話ではろくにこっちには帰ってきていないはずだった。それでも山田はこの辺りの、良い飲み屋まで知っていた。山田は昔から友達が多く、時には過干渉だと思うほど他人に興味がある奴だった。しかし、だからこそ色々なことを知っているのかもしれない。

 飲み屋での達規さんは饒舌だった。お互いの現状や、昔の僕の話などで一通り盛り上がった。僕らが話すかつての情景には、常に莉子と桜さんがいたはずなのに、お互い二人の名前は出さなかった。


「それで、今日は何をしていたんですか?」


僕から口火を切った。今日、この人が僕を連れてきたのは決して昔話で盛り上がるためではないことを僕は薄々感じていた。


「そうだね、少し長くなるけど聞いてくれる?」


達規さんの顔からさっきまでの笑顔が消えた。眼鏡を外してゆっくりと箸を置いて残っていたビールを飲み干した。


「はい」


僕は箸を置いて、残っていたサワーを少し口に含み達規さんに言った。レモンサワー特有の酸味と苦味が合わさった、なんとも言えない風味が口いっぱいに広がる。不思議と酔いが覚めていくようだった。達規さんはゆっくりと言葉を選ぶかのように話し始めた。

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