第2話 通学路にて

 目が覚めると朝だった。二日酔いの頭を冷たい水で無理やり起こして、時計を見る。すでに8時を回っていた。いつも乗っている電車の時間まであと30分ほどしかない。


「もう行かないと」


もう昨夜のように返事をくれる友達はいなかった。

 昨日のことは夢であったのではないかと思うほど、大学までの道のりは平凡な日常が広がった。僕は都内の大学の理系の大学生である。山田のような医学生ほどではないだろうが、普通の理系の大学生はほどほどにいそがしい。特に成人の日のある1月の初旬は、多くの大学が春季休業前の期末テストシーズンだ。僕もその例に漏れず、今日の2限にはテストがあり午後からは実験だった。なんとかテストを乗り切って、実験へ向かった。実験は何をしているかはさっぱりだったが、とにかく振り子の振幅を計測しているうちにその日の実験は終わった。

 振り子の実験は単調でよくない。単純作業がこうも続くとくだらないことばかり考えてしまう。理系の大学生のほどほどの忙しさはこうしたはんもんからは一時的に解放してくれる。しかし、完全には解放してくれない。昨夜からずっと、莉子のことばかり考えてしまう。

 僕は物思いにふけりながら帰路についた。その日はなんだか、母校の小学校やその通学路をなるべく通って帰ろうと思った。小学校の前には老夫婦がやっていた駄菓子屋があったが、コンビニになっていた。莉子の家はこの駄菓子屋の隣にあった。今は引っ越しているのか表札が変わっている。コンビニのイートインでは、小学生三人組が駄菓子を食べながらスマホゲームをしていた。僕たちも昔はかつてあそこにあった駄菓子屋でお菓子を食べながらゲームをして遊んだ。なるほど、建物や端末は変わってもいつの時代も小学生のやることは変わらないらしい。


「遙?遙じゃん!昨日ぶりだな」


 コンビニに入ると突然話しかけられた。昨日の同窓会で会った小学校のクラスメイトだった。


「こんなとこで何してんの?」

「大学の帰りだよ。ここでバイトしているのか?」

「そうそう。あ、莉子ちゃんもここでバイトしているよ。遙と仲良かったよな?もうすぐインだと思う。昨日はなんで来なかったんだろうな」


 一瞬、心臓がドクンと波打った。生返事だけ返して、僕は逃げるように飲み物の棚へ向かった。莉子はこの街に帰ってきている。結局僕は水だけ買って店外へ出た。あたりはもうすっかり暗くなっていて、暖色の街灯がアスファルトを照らしていた。僕は来るときは感慨深く歩いてきた母校に目もくれずに帰った。家に着くと仕事で遅くなる母がオムライスをラップにかけておいてくれていた。けれど、なんだか食欲がなかった。結局、僕はオムライスを半分ほど残した。シャワーを浴びて、すぐに自室でベッドに潜ったが眠れなかった。

 僕と莉子はきちんと別れたわけではない。僕らの中学校の卒業式、すでに卒業式を終えている莉子が僕らの中学までやってきて3人で写真を撮る約束をしていた。だが、莉子は卒業式に現れなかった。莉子からはLINEも返ってこず、心配した僕と山田は莉子の家まで行ったが誰もいなかった。お姉さんが亡くなったのはその日だった。春休みから高校1年生の夏まで、落ち込んだ莉子を励まそうと僕は莉子といろいろところへ行った。当時の僕からは少し背伸びしたような都心のおしゃれなカフェやライブハウス、莉子がいつか行ってみたいと言っていたことを必死に思い出して連れて行った。初めは楽しそうにしていた莉子だったが、僕にはすぐに嘘だとわかった。それを表すかのように徐々に彼女の表情は曇り始めた。


「僕の前では無理しなくていいんだよ」


 莉子にこう言ってしまったことがある。莉子は何も言わず、ただ泣いてしまった。泣き崩れる莉子を家まで送ってその日は帰った。その日の夜、莉子から


『ごめんね。』


とだけLINEが来ていた。


『なんのこと?』


と僕は送ったがそのLINEに既読が着くことはなかった。3日経っても返信がこないことに不安になった僕は莉子の家まで行ってみると引越し業者が荷物の運送をしていた。彼女はもうこの街にはいなかった。これが僕らの最後のデートだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る