君とやり直そうと、そう思っていた
野上けい
第1話 駅前にて
「あいつら二人で抜けていったらしいぜ」
同窓会の帰り、僕は山田と二人で駅前の居酒屋で飲んでいた。
山田は幼少期から隣のマンションに住んでいる幼馴染で、今は地方の医学部に進学したため一人暮らしをしている。同じ私立の中学、高校に進み6年間同じクラスという腐れ縁だ。山田は悔しそうにしているが、同窓会の二次会から二人で消えていった男女がその後どうなったとか僕にとってはどうでもいいことだった。
「俺の話聞いているか?
「俺たちも二人で消えているんだから、噂されているかもな」
「アホか。でも、私立の中高行くと地元の同窓会は肩身狭いよな」
「そうでもないさ、お前は特に。モテモテだっただろ?」
山田は明るく非のうちどころのない性格に加えて医学生という、いわゆるハイスペック男子で同窓会ではかなりちやほやされていた。抜けようと思えば誰とでも抜けることができただろうに、なんで僕と一緒にこんなところで飲んでいるんだろうか。
「あんなのお世辞だよ。お前の方こそ、莉子とは話したのか?」
「話してないよ、見かけてもいない」
莉子というのは、僕らの幼馴染だ。僕にとっては彼女でもある。元彼女という表現が正しいのかもしれない。小学生時代は、山田と僕と莉子の三人でよく遊んでいた。莉子も僕らと同じ中学を受験したのだが、受験当日インフルエンザにかかってしまい合格は叶わなかった。結局、莉子は滑り止めで受けていた中高一貫の女子中学校に合格しそこに進学した。
「本当ならあいつもきっとここにいたのにな」
「多分来てないよ、お前も知っているだろ?」
莉子は中学3年生で卒業してから、附属の高校に進学しなかった。学校が嫌になったわけではない。彼女の姉が電車に飛び込んだのだ。彼女の実家はそのための多額の賠償が発生し私立高校に進学することが困難になってしまった。我が子を亡くしたショックから莉子の両親は塞ぎ込み、莉子は家庭内で孤立した。それでも中学3年生の彼女は明るく振る舞っていた。今思えば無理をしていたのだろう。高校1年生にあがる前の春、莉子はこの街からいなくなった。
「今日は帰るよ。楽しかった、ありがとう。帰ってくるときはまた連絡してくれ」
「もう帰るのかよ。俺は今晩朝まで飲むつもりで遙を誘ったんだぞ。」
「それはすまない。だけど、今日は一人暮らしを始めてほぼ2年経つのに、お盆どころか正月すら遊び歩いて帰らないバカをご両親にお返しするべきだと思うんだ。もう終電の時間だしね」
「俺ってそんなに帰ってなかった?」
「お前のお母さんに頼まれているんだ。送ってやるから帰るぞ」
「送るって言っても隣じゃねーか。まぁ確かに今日くらいは帰るか」
山田はまだ納得してなさそうだったが、僕が会計のために店員さんを呼ぶと渋々と身支度を始めた。駅まで歩く途中、居酒屋のキャッチに絡もうとする山田を制しながら駅まで歩いた。成人の日の夜の終電前、駅前の空気は冬にもかかわらずどこか熱気を含んでいた。休日出勤で疲れ果てたサラリーマンや、よほど飲んだのか足元がおぼつかない大学生まで様々な境遇の人が改札前にごった返している。この駅前の街にさっきまであった喧騒が吸い込まれているかのようだった。中には同窓会帰りと思われるドレスやスーツに身を包む男女もいた。
(少し飲みすぎたかな)
駅のホームで突然湧き上がってきた吐き気を噛み殺す。最終電車がくるとホームに冷たい風が吹き抜けた。さっきまでフラフラとしていた意識が少し醒め、電車に乗り込む。車窓に映る僕の頬にはなぜか涙が流れていた。
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