第5話 再会(1)

 達規さんはまるで懺悔のように桜さんとの思い出を僕に語った。桜さんが重い病にかかっていたこと。達規さんの桜さんへの思い。そして、達規さんと桜さんのご両親の確執。きっと達規さんは、今日まで誰にも話せなかったのだろう。話さないまま今日まで耐えてきたのだろう。


「達規さんのせいじゃないですよ」


率直な思いだった。達規さんは自分と付き合っていたことが桜さんの最大の不幸だと話したが、僕はそんなことは認めない。きっとこの人は桜さんの不幸を全部自分の責任だと思っている。けれど、僕はただ達規さんに自分を許して欲しかった。許させてあげたくて、必死に話を続けた。


「達規さんと付き合っていたことが不幸だったなんて思わないでください。達規さんが精一杯桜さんを大切にしていたこと、僕は知っていますから。そうじゃないと、幸せだった達規さんの記憶まで嘘になっちゃうじゃないですか。」


達規さんは目を見開いた。そして、何か言いかけたような気がしたが、結局ただ一言「ありがとう」としか言わなかった。

 大きな不幸には必ず大きな引き金があるわけじゃないと僕は思う。一つ一つが小さな傷でも、それが合わさって桜さんを傷つけた。きっとそういうことだ。たとえ達規さんが桜さんを傷つけるようなことがあったとしても、達規さんはその何倍も桜さんの傷を癒していただろう。達規さんと桜さんがお互いを大切にしていたことは、二人が積み重ねた8年という年月が証明していると僕は思う。

 夜も更けてきて、終電の時間が近くなった人たちが次々に店からいなくなっていく。僕も最終電車の時間が迫っていた。駅までの道中、達規さんは何も言わなかった。この時間の駅はいつも通り、終電で帰るサラリーマンや酔っ払った大学生で溢れていた。街の喧騒を吸い込む終電間際の駅に、僕はこの日初めて親近感を覚えた。僕もこの喧騒の一部になれた。そんな感覚だった。


「ご馳走様でした」


別れ際、電車に乗り込む達規さんに言った。


「こちらこそ、聞いてくれてありがとう」


達規さんはそう言って去っていった。達規さんはこれからのことについて何も言わなかったが、達規さんがどうするのか僕にはなんとなくわかった。

 その翌日は土曜日だった。目が覚めると、母はすでに出かけていて家には一人きりだった。冷蔵庫を漁って牛乳を取り出し、パックに口をつけて飲んだ。牛乳の独特なあまみは僕に朝を感じさせてくれる。母が作り置きしておいてくれた朝食を手早く食べて、外へ出た。今日はまっすぐあのコンビニへ向かう。今まで僕は散歩と称してこの辺りにきていたが、今日ははっきりと莉子に会いにきたのだと言える。通い慣れた小学校までの通学路が今日は別のどこかへ繋がっているような感覚で、学校までがやけに短く感じた。小学校の近くにある公園のベンチには今日は誰も座っていない。僕は公園を素通りして、コンビニへ向かった。覚悟を決める時間はもう必要なかった。無限のように感じられたコンビニの扉までの距離をあっさりと通過してコンビニに入る。中に入ると前来た時と同じ店であるはずなのに、店が数倍の広さになったように感じた。僕はゆっくりと店内を一周した。レジには莉子はいない。品出しの店員さんも男性だった。覚悟をもって来たものの、よく考えるとアルバイトなのだからいつでもそこに莉子がいるとは限らないことに今更気がついた。一瞬、出直そうかと思った。だが、今を逃すともう2度とここへは戻って来ることができないような気がして僕は店を出ることができなかった。その時、店内へ銀髪のショートカットの女性が入店してきた。女性はコンビニの中で立ちすくむ僕の前で立ち止まった。


「遙?」


怪訝そうに女性は尋ねた。たとえ、5年ぶりで髪色と髪型が変わっていても僕には莉子だとわかった。


「久しぶり、莉子」


僕は声にならないような声で言った。色々な気持ちが溢れてきて、なぜか涙が出そうになった。


「何してるの?」


「君に会いに来たんだ」


僕は必死に涙を堪えて笑って言った。5年ぶりに再会した彼女に格好つける余裕は僕にはなかった。動悸がするが不思議とそれが心地よかった。ただ5年前、莉子がいなくなったあの時止まってしまった時間が動き出した。そんな感覚だった。







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