第9話 幼馴染として(1)

 あれから2週間が経った。僕の大学はテストシーズンに入ろうとしている。あの後、僕たちはこれからのことについてLINEで話し合った。もう恋人には戻れないことやこれからどんな関係になるのかについて、日付を越えるまで話し合って僕たちは元の普通の幼馴染に戻ることで合意した。けれど、あの日以来莉子とのLINEは途絶えたままだった。テスト2週間前の土日を私事に費やしたツケは大きく、その後の2週間は目まぐるしく過ぎ去った。普段はテストなど煩わしいだけの僕だが、今回ばかりはその存在に救われた。忙しさは僕から考えごとをする余裕を奪っていった。気がつけばテストは終わり春休みに入った。その頃にはあの日感じた胸の痛みはどこかへいっていた。

 迎えた春休み初日、僕は突然の呼び鈴で目覚めた。僕はパジャマのまま玄関へ向かった。玄関の扉を開けた先には進学先で一人暮らしをしているはずの山田がいた。


「おはよう、朝からどうした?」


「どうした?じゃねえLINE見ろ!」


寝ぼけたままスマートフォンを見ると山田からの不在着信やおびただしい数のスタンプ連打が来ていた。そういえば、莉子と再開した日に電話をかけると言っていたことを思い出した。僕は電話をかけることをすっかり忘れていたし、あの日以降、テスト勉強の隙間にLINEの通知を確認してしまう自分に嫌気がさして通知が来ないように設定していたことが原因だった。


「いや、うん。ごめん」


「ごめんじゃねーわ。心配しただろうが」


通知が200件もある山田からのLINEは最初こそ怒りのスタンプ連打だったが、徐々に心配のLINEへと変わっている。山田は本当に僕のことを心配して朝から来てくれたのだろう。本当に悪いことをした。ただ、そう考えると一つの疑問が頭に浮かんだ。


「お前まさか僕のためにここまで帰ってきたのか?」


山田ならあり得ることだと思った。山田はやや他人に過干渉な嫌いがあるが、根はかなりのお人好しだ。そしてやることなす事突拍子のない山田なら、やりかねないことを幼い頃からの付き合いの僕は知っていた。


「いや、普通に俺も春休みだから。昨日帰ることも一応LINEしてあるから」


山田は呆れ返って肩を落としながらそう言った。


「本当にごめん」


「もういいよ、無事なら。それで、莉子とは会えたのか?」


山田の目がいつになく真剣になった。山田は二重幅が広くぱっちりとした目をしているため、普段は格好いい僕は思っていたが、こういう時は少し目力が強く感じる。


「会ったよ」


「そっか、何を話したんだ?」


何から話していいのかすぐにはわからなかった。


「長くなるし入れよ」


 僕はひとまず山田を家に招き入れた。高校生になってからも僕と山田はずっと一緒だった。ただ、高校に上がってからの僕らは外で遊ぶことが増え、僕の部屋で遊ぶことはなくなった。だからきっと山田が僕の部屋に来るのは中学の時以来だ。僕は連絡を返さなかったお詫びを兼ねて、ポテトチップスと冷蔵庫からカルピスをとって山田に渡した。


「それで、莉子とは結局どうなったんだ」


山田の眼がまた僕をみた。僕は観念して話すことを決めた。


「戻ったよ、もと通りに」


「復縁したのか!」


「そうじゃない。もとの幼馴染に戻ったんだ。僕とお前の関係と一緒だよ」


山田の顔色が変わった。いつもは明朗快活な山田だが、時々僕でも何を考えているのかわからないときがある。僕は今まさに山田の内面がわからなかった。


「でもなんでだよ?莉子はまだお前のことを好きだっただろ。遙もまだ莉子に未練があるんじゃないのかよ?」


山田が言った。声に心なしか怒気を含んでいるようで僕はますます山田の心の内がわからなくなった。けれど、山田の言うことは正しかった。ただ、僕と莉子は決定的なところですれ違ってしまっている。


「なんていうのかな、話してもわかんないと思うよ」


「なんだよそれ、俺にわかんないことってなんだよ」


「一緒にいたらお互い足を引っ張っちゃうんだよ。ただ、それだけ」


「意味わかんねーよ」


「わかんないって言っただろ?」


お互い喧嘩腰になっていくのがわかった。僕は自分の語彙力のなさを呪った。僕はうまく山田に説明できないし、山田が何に怒っているのかがわからなかった。


「俺はさお前らなら元通りになれるってそう思ってたんだ。本当にすまん」


沈黙がしばらく続いたのち、山田から切り出した。けれど、山田らしくない消え入るような声だった。


「なんでお前が謝るんだよ」


「莉子があの日いなくなったの、俺のせいなんだ」


山田はうつむいてそれ以上は何も言わなかった。僕と莉子が一緒にいられなくなったのは、僕以外の誰のせいでもない。僕は山田がなんの話をしているのかわからなかった。ただ、さっきまでの山田の表情と声色からいつもの冗談の類ではないことはわかった。

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