名前は、ライカ
ガラクタ雨の落下地点には、既に多くの人が集まっていた。空を見上げると、瓦礫や様々なものが紙切れのようにゆっくり落下していく。軽そうな印象を抱くけど、あれが着地すると急に質量が発生して重たくなるので、立ち位置には気を付けないといけない。
「ムトー。私は周りを探すから、上見てて」
「分かった」
私は旦那に指示をして、意識を地面に集中させる。上の世界から捨てられるものは傷んだ食べ物や衣類や書物、崩れた建物の残骸まで色々ある。ここに堕ちてきた人はこれを頼りに生活していて、尚且つ早い者勝ちなので、品定めの目は真剣そのもの。
降り始めてから少し間をあけたのもあって、既に使えそうな物は根こそぎ他の人に取られてしまっている。塵箱の底に堕ちても必要とされない、本当の
「うーん……これ、はダメそう」
拾っては確認してるけど、どれもやっぱり再利用できそうにない。競争に出遅れて唇を尖らせていると、後ろからおーいと話しかけられた。この声はこの区域で一番最高齢のおじいちゃん、ガストンさんだ。
「やあやあ。ジュリちゃんも来てたんだね〜」
「こんにちは、私達は今来た所で」
「見ての通り、残っているのは本当のガラクタだけさ」
ガストンさんの後ろには、瓦礫を運ぶ修理された
「いやー、上の奴らは
「壊れたものしか、落ちてきませんしね」
いらない物もそうだけど、堕ちてくる『人』の大半は世間から排除された悪党や罪人というのも、地下世界のもう一つの姿でもある。でも、根っからがそういう人は
この場所は
「ガストンじいさーん! こっちに廃棄された
男の人の大きな声が響いて、ガストンさんを含めて周辺にいる人達はワッと集まっていく。何故なら捨てられた
「どうだ、まだ使えそうか?」
「う〜む、かなり損傷が激しいようだが……」
観察するガストンさんの複雑そうな声を聞いて、私は背伸びした。周りにいる人が二十人弱でちょっと何があるのか見えない。頑張ってつま先立ちしてると、何も指示していないのに、ムトーが右手で人々を押し退けていく。誰もが一瞬不満顔を向けるけど、相手は上の世界で恐れられた元破壊兵器と知ると何も言わずに道を譲る。
「通るかい、ジュリ」
「あ、ありがと……」
旦那として頼もしいけど、今のはムトーが独自に出した行動だから
「ライカ……だ」
製造番号、38774——頭から腕、足を見た瞬間、それが誰か理解して名前を呼んでいた。あれは私が組み立てたお手製の
「こりゃあダメだ、内側の回路がいかれちまってる。ここのお古部品じゃ、まず直せない」
「じゃあ、バラすしかねえか」
ライカを囲んで、もう使い物にならない事を判断した人達に口を挟みそうになったけど声が出なかった。あれは火と水の魔石を動力にした破壊兵器。工学と魔術が融合した、恐るべき近代技術。
「おい、ハンマーよこしてくれ!」
「いいか、まずここの接続部を壊すんだ。そうすれば、全体の装甲が外れる」
「丁寧にやれよ〜! 中身の魔石に傷が付かないようにな!」
分かってる。もう動かない、もう直せない。私達は捨てられた物を有効活用して生きているんだから、分解するのは当然の事。それに上の世界で多くの街を破壊して、罪の無い人を襲ったはず。だから、壊されても、仕方ない。
「せぇ〜……のッ!」
——ライカ、あなたは足が不自由な子供の助けになるんだよ——
バキィンと記憶を砕く音が頭に響いた。見たくないと心が叫んだのに、バラバラに粉砕したライカが視界にしがみ付く。思わず後退りすると、落ち着く冷たさが背中を支えてくれた。
「ジュリ」
後ろを振り向くと、寄り添うムトーが人によって破壊されていくライカを見つめている。
「大丈夫かい」
「うん、平気」
私の僅かな動揺、或いは壊れていく機械に中枢回路が反応したのか、行動を起こしたムトー。片腕の無い歪な身体をした無機質の旦那は、静かに鋼が裂けていく音を聞き、バラバラに崩れていく姿を、一緒に目の当たりにしてくれる。
かつて私の手によって形になった
「ムトー」
「なんだい、ジュリ」
「片付けよう、お仕事しなきゃ」
「探し物、しなくていいのかい」
「うん、また次の機会にする」
ムトーを連れて、私は別の瓦礫の山に向かった。自分が組み立てた機械を壊される事なんて、これが初めてじゃない。地下に堕とされる前なんて、逆に全部壊してやりたいくらいだったのに。ライカを見て久々に思い出しちゃった、丹精込めて作ったものだと————こたえるなぁ。
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