名前は、ライカ

 ガラクタ雨の落下地点には、既に多くの人が集まっていた。空を見上げると、瓦礫や様々なものが紙切れのようにゆっくり落下していく。軽そうな印象を抱くけど、あれが着地すると急に質量が発生して重たくなるので、立ち位置には気を付けないといけない。


「ムトー。私は周りを探すから、上見てて」

「分かった」


 私は旦那に指示をして、意識を地面に集中させる。上の世界から捨てられるものは傷んだ食べ物や衣類や書物、崩れた建物の残骸まで色々ある。ここに堕ちてきた人はこれを頼りに生活していて、尚且つ早い者勝ちなので、品定めの目は真剣そのもの。

 降り始めてから少し間をあけたのもあって、既に使えそうな物は根こそぎ他の人に取られてしまっている。塵箱の底に堕ちても必要とされない、本当のゴミを処理するのが私達『片付け屋』の仕事。


「うーん……これ、はダメそう」


 拾っては確認してるけど、どれもやっぱり再利用できそうにない。競争に出遅れて唇を尖らせていると、後ろからおーいと話しかけられた。この声はこの区域で一番最高齢のおじいちゃん、ガストンさんだ。


「やあやあ。ジュリちゃんも来てたんだね〜」

「こんにちは、私達は今来た所で」

「見ての通り、残っているのは本当のガラクタだけさ」


 ガストンさんの後ろには、瓦礫を運ぶ修理された蒸気機械兵マキナが何体もいる。ここには絶え間なくゴミが落ちてくるので、魔石によってパワーが出せる自立型機械は片付け屋にとっては貴重な労働力。一方私の旦那は、ボロボロだから出来る仕事は限られている。重たい物をどかしていく蒸気機械兵マキナに指示を出すガストンさんは、腰を叩きながら気楽そうな顔をした。


「いやー、上の奴らは蒸気機械兵マキナを雑に寄越してくれるから助かるよ」

「壊れたものしか、落ちてきませんしね」


 いらない物もそうだけど、堕ちてくる『人』の大半は世間から排除された悪党や罪人というのも、地下世界のもう一つの姿でもある。でも、根っからがそういう人は稀少価値ゴールドラッシュのガラクタ雨が降る地点に集結して争ってくれるから、辺境の地のここは貧しいけど平和で安全だ。

 この場所は地の底こちらがわにとっても扱いづらい物ばかりなので、片付け屋の需要が一番高い。瓦礫は細かく粉砕したり溶かして、細粒状にして埋め立てるのが主な処理方法になる。そのせいで空気が悪いし、空はいつも曇り空だけど、生きていけるだけで十分だよね。


「ガストンじいさーん! こっちに廃棄された蒸気機械兵マキナがあるぞぉーッ!」


 男の人の大きな声が響いて、ガストンさんを含めて周辺にいる人達はワッと集まっていく。何故なら捨てられた蒸気機械兵マキナは直せば便利な人手になるし、素材は有効活用できるから。私にとってもムトーの身体を直せる材料を手に入れられるかもしれないし、それに——。早歩きで人集りに歩み寄った。


「どうだ、まだ使えそうか?」

「う〜む、かなり損傷が激しいようだが……」


 観察するガストンさんの複雑そうな声を聞いて、私は背伸びした。周りにいる人が二十人弱でちょっと何があるのか見えない。頑張ってつま先立ちしてると、何も指示していないのに、ムトーが右手で人々を押し退けていく。誰もが一瞬不満顔を向けるけど、相手は上の世界で恐れられた破壊兵器と知ると何も言わずに道を譲る。


「通るかい、ジュリ」

「あ、ありがと……」


 旦那として頼もしいけど、今のはムトーが独自に出した行動だから設計者としては、想定してない反応で少々不安になる。御言葉に甘えて、人集りの前に出ると瓦礫の中に壊れた蒸気機械兵マキナのシルエットが見えた。


「ライカ……だ」


 製造番号、38774——頭から腕、足を見た瞬間、それが誰か理解して名前を呼んでいた。あれは私が組み立てたお手製の蒸気機械兵マキナ、願いを込めてライカと名付けたのも、私。


「こりゃあダメだ、内側の回路がいかれちまってる。ここのお古部品じゃ、まず直せない」

「じゃあ、バラすしかねえか」


 ライカを囲んで、もう使い物にならない事を判断した人達に口を挟みそうになったけど声が出なかった。あれは火と水の魔石を動力にした破壊兵器。工学と魔術が融合した、恐るべき近代技術。


「おい、ハンマーよこしてくれ!」

「いいか、まずここの接続部を壊すんだ。そうすれば、全体の装甲が外れる」

「丁寧にやれよ〜! 中身の魔石に傷が付かないようにな!」


 分かってる。もう動かない、もう直せない。私達は捨てられた物を有効活用して生きているんだから、分解するのは当然の事。それに上の世界で多くの街を破壊して、罪の無い人を襲ったはず。だから、壊されても、仕方ない。


「せぇ〜……のッ!」


 ——ライカ、あなたは足が不自由な子供の助けになるんだよ——


 バキィンと記憶を砕く音が頭に響いた。見たくないと心が叫んだのに、バラバラに粉砕したライカが視界にしがみ付く。思わず後退りすると、落ち着く冷たさが背中を支えてくれた。


「ジュリ」


 後ろを振り向くと、寄り添うムトーが人によって破壊されていくライカを見つめている。蒸気機械兵マキナの目は周辺の明暗に応じて光の加減が変わるけど、今はほのかな感じ——。


「大丈夫かい」

「うん、平気」


 私の僅かな動揺、或いは壊れていく機械に中枢回路が反応したのか、行動を起こしたムトー。片腕の無い歪な身体をした無機質の旦那は、静かに鋼が裂けていく音を聞き、バラバラに崩れていく姿を、一緒に目の当たりにしてくれる。

 かつて私の手によって形になった蒸気機械兵マキナは、今や瓦礫の一部。役に立つ事を願って付けた名前も粉々になってしまった。


「ムトー」

「なんだい、ジュリ」

「片付けよう、お仕事しなきゃ」

「探し物、しなくていいのかい」

「うん、また次の機会にする」


 ムトーを連れて、私は別の瓦礫の山に向かった。自分が組み立てた機械を壊される事なんて、これが初めてじゃない。地下に堕とされる前なんて、逆に全部壊してやりたいくらいだったのに。ライカを見て久々に思い出しちゃった、丹精込めて作ったものだと————こたえるなぁ。

 

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