その①『地下世界のトーチ』

ガラクタの雨が降る

 排除されるべきものは、全てこの地の果てに。たとえ塵箱ゴミばこの底であっても、こうして生きながらえる者達がいる事を上の世界の人達はまだ知らない。


 建物は全て朽ちた合金や煉瓦で作られた歯車と蒸気の街。空は常に灰色の雲が覆って、木も植物も簡単に育たない痩せた土地だけど、ここで暮らす人々はいつも活気で満ちていて。錆びた配管が入り乱れるスラムの辺境にある細長い煙突が目印の一軒家、そこに私達夫婦は暮らしてる。


「うぅ〜ん。魔力はこれっぽっちかあ……」


 可変式のゴーグル越しから、私は煤汚れた赤い魔石を拡大して見ていた。使える物はなんでも使うのが地の果てに生きる者の流儀だけど、捨てられただけあって、殆どが資源にするには物足りないものばかり。なんとかならないかなと、私は重ねたレンズをどかして裸眼で見る。


「もっと砕いたら、内側の引っ張り出せたりしないかな?」


 魔石は光らなくなれば効力を失う。そんな風に上の魔法使い達は豪語していたけれど、実は内側に力が残ってたりするんだよね〜。でも、こんな固いものを私の力ではどうこうできない。ここは旦那の出番だ。


「ムトー! ムトーいるぅ?」


 後ろを向いて、旦那の名前を呼んだ。廃棄物の寄せ集めで作った建物に、ドアとか窓ガラスとかそんな良いものは付けられないので私の声は筒抜け。しばらく待たないうちに、ガシャンガシャンと鋼が軋む足音が近付いてくる。


「どうしたんだい、ジュリ」


 甲冑の内側が反響する男前な声から出たジュリの三文字、それが私の名前。そしてムトーというのが、私が名付けた旦那の名前。貧金属を敷き詰めた短い階段を踏みしめて、機械仕掛けの旦那はやっと姿を見せてくれた。


「ちょっと力貸してくれない?」

「構わない」


 私の命令に素直に従う旦那の姿は、鉄のように固く、布のように柔らかい特殊な鉱物を混ぜた鋼で出来た蒸気機械兵マキナ。——生命論理で言えば、生き物ではない、人間の目的の為に動作する自立型装置というもの。

 上の世界では様々な形式の魔法が存在していて、自然由来の五大元素の力は『魔石』を介して使う事が出来る。その性質の中で『火』と『水』の魔石を動力にして、半永久的な活動を可能にしたのが、この蒸気機械兵マキナ。見ての通り、旦那は左腕も無ければ他の手足は壊れた機械パーツの寄せ集め、全身は穴や傷だらけの形を保つだけでやっとの状態。


「これを砕きたいんだけど、私の力で叩いても無理そうなの。こう……バキッていけない?」

「やれるだけ、やってみよう」


 こんな風に元々はお手伝いさんみたいな目的で作られ始めたのだけれど、開発されてからしばらく経たないうちに、戦争の道具へと姿を変えた。そして私は、その破壊兵器を作る手助けをしてしまった。きっとムトーも上の世界で多くの物を壊して、たくさんの人を——殺してきたんだと思う。償いきれない罪と共にこの地に捨てられた私達は、こうして身を寄せ合って暮らしている。


「どう?」


 魔石を手に取った旦那に進捗を尋ねた。そりゃあ、腐っても——いや、錆びても破壊兵器なんだもの。これくらいチョチョイのチョイと。


「できそうにない」


 機械である旦那は無論、表情一つ変えずに魔石をテーブルに戻した。そうね、そーんな貧相な腕で石ころを砕けるわけないよね。両手足が無かったあの時に比べたら、声質も良くなったし自由に動き回れるようになったけど、元の性能とまではいかないかぁ。


「申し訳ない、ジュリ」

「ううん、いいよ」


 ペタペタと旦那の顔を叩いて励ます。感情基盤が無いと言われる機械と言えど、命令を遂行できなければこうして謝るから可愛らしい。でも私は蒸気機械兵マキナであるムトーにも、感情が芽生えると信じてる——だってあの日、私の予測が及ばない言葉を形にしたのだから。


「もっと良い腕に、直してあげるからね」


 蒸気機械兵マキナの行動理解を司る回路は、人間の知識と魔導書が凝縮された『指輪』が元になっている。ムトーの中にもそれがあるのだけど、地の果てには破棄されたものしか降ってこない以上、どう足掻いてもすぐに解明する為の技術を揃えられない。だからこの世界は、歯車と蒸気で世界が成り立っていて、これ以上の文明発展はあり得ないと言われてるわけね。


「ジュリーッ! ジューリーッ!」


 外から名前が呼ばれて、窓から顔を出すと近所に住む少年のニブルスが手を振っていた。彼もまた、上の世界から堕ちてきたもの。所謂、捨て子。


「今日の空は大荒れだって、皆集まってるぞ!」

「そうなの?」


 私は再びゴーグルをかけて、拡大レンズを全て装着して空を見た。ニブルスが言ったとは、上の世界から大量に物が捨てられて降ってきているという、この地特有の言い回し。別名で『ガラクタ雨』とも呼んでる。

 目を凝らしてみると、確かにたくさん物が空中に浮遊していた。あんな風に、捨てられたものはゆっくりと落下していって、地面に触れると物体に応じた質量が発生する。原理については私の仮説になるけど、上と下の世界の境目にはどちらにも引っ張る力が存在していて、反重力状態になるんだと思う。確かめようが無いから、完全に私の妄想。


「ジュリも行くだろー?」

「もちろん。後から行くね」


 待ってるからと言い残して、ニブルスはガラクタ雨の落下地点に向かっていった。基本的に上から堕ちてくる場所は決まっていて、私達が暮らす場所に物が降ってくる事はないけど、ゴミは定期的に積み重なっていくので放置すると、生活に影響が出てくる。


「仕事だよ、行こ」

「わかった」


 故に——この世界特有の仕事がある。それは『片付け屋』というもの。瓦礫の掃除と、廃棄物を検品して使える物や資源を街に売る。私達夫婦の貴重な収入源であり、旦那の身体を直す素材を集められる貴重な機会とも言えるかな。

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