終章『ここは塵箱の底』
五大元素が元となっている魔石を、ありのままの自然界エネルギーとして操る事を『魔導』という。魔法は古来より何千万年もの間、人から人へと受け継がれてきた守らねばならぬ伝統である。美しき力の調和を堕落せし文明によって汚す事などあってはならない、絶対にあってはならないのだ。
——上から落ちてきた誰かの回顧録と思われる書き出しを流し読みした私は、その本をポイとガラクタの山に捨てた。相変わらず上の世界ではこれが固定概念なのかな、どうでもいいけど。
今日の天気はいつも通りの曇り空。ガラクタ雨の規模は瓦礫少なめ、衣類多し——ゆっくり落下する
「ムトー、一回休むよー?」
「問題ない、まだ動ける」
ムトーは右手だけで
それよりも気になるのは、今日は普段見かけない武装した男の人がこの落下地点にいることなんだよね——他の区域の片付け屋かもしれないけど、だとしても残骸や塵に目もくれないなんておかしい。
「こんなにも、
さっきから監視するように周辺を歩き回ってるから、今の鋭い声が耳に入ってしまった。するとその男の人が、ボロボロな見た目のムトーに近づいていく。なんだろう、すごく胸騒ぎが。
「こわ、……さない、よね?」
塵を踏む音が凄い勢いで恐怖心に擦り寄ってくる。何かされるなんて、まだ何も分からない、確証なんてない。でも明らかに弱そうなムトーを狙ってる雰囲気と、嫌な予感が心臓を焦らせてきて——壊される、壊されちゃうかもしれない、ムトーが、ムトーが————。
「ムトぉおぉおォォ——ッッ!」
気付けば、空まで届くほどの大声を上げていた。でも、名前を呼んだ先の言葉が出てこない。逃げてとか離れてとか、言いたいのに————腰が抜けて力が入らなぃ。
「邪魔なんだが」
気怠そうな声が間に入る。男の人とムトーを阻んでくれたのは、大きな本棚を抱えたスパイクさんだった。怪しい男の人は相手が巨体で力持ちである事が分かると、今は分が悪いのか何も言わずにそのまま離れていった。大声を出してヘナヘナする私に、緊急動作の勢いでムトーが駆け寄ってくる。
「大丈夫かい、ジュリ」
「へ、平気……なんでもないの」
ムトーに抱えられながら、前を向くとスパイクさんが無言で見下げている。やっぱり迫力ある人だなあと思うけど、とにかく今はお礼を言わなきゃ。
「スパイクさッ、ありがとうございま……」
「あぁ? なんで感謝されなきゃいけねえ?」
「ヒッ、確かに……いや、でも!」
いきなり感謝示すのもおかしい話だよねってアタフタしていると、ムトーが私を守るように前に出た。スパイクさんは、鋭い目付きで私達を睨んでいる。
「ジュリを、怖がらせるな」
「言ってる意味が分かんねえな、ポンコツ野郎」
「なんでもないから、いいのムトー! ごめんなさいスパイクさん、作業の邪魔するつもりはなくて……」
「……ったく、なんなんだこいつらは」
呆れたスパイクさんは、本棚を担ぎ直すとそのまま運び作業に戻っていく。話して印象が変わったと言っても、やっぱりああいうタイプは苦手だよぉ。
「いい家庭を持ってるな」
ハッと息を呑んだ。背中越しに言った今の一言——私とムトーに対して、なのかな。機械と人を見て、そんな言葉が出るなんて意外過ぎてびっくりするけど、ここまで厚意を重ねられたら言わなくちゃいけない事があるでしょ。
「スパイクさん!」
「あ?」
「私……上の世界にいた時、機械の設計を担当していたんです! 今はその経験を活かして、発明をやっていまして」
「だからなんだよ」
「上に人を運ぶ機械は作れませんが……雲の先に何があるか調べる探索機なら、この世界でも作れる可能性があります!」
「……」
背を向けていたスパイクさんはそこで振り返った。今のは全部勢い任せに言っちゃって自分でも訳わからないけど、何一つ間違いは言ってない。私達を見たスパイクさんは、ふんと前を向いた。
「旦那は大事にしろよ」
その言葉を贈られて、私はムトーの右手をギュッと握った。そう言った根拠とか理由とかどうでもいい、心の奥底にある本音を贈り返すだけ。
「また家族に会えます。絶対に!」
スパイクさんはそれ以上何も言わずに、家族の元へ帰る為に積み上げた残骸タワーに向かっていく。そうだよね、この世界の希望はいつも上から降ってくるんだから。
「ムトー」
「なんだい」
「私、この世界で人の役立てる
「ジュリなら、できるよ」
「その為にも……一生、そばにいて」
「もちろんだ。貴女を一生守ると、約束したからね」
排除されるべきものは、全てこの地の果てに堕ちてくる。ここは
蒸気機械兵の嫁〜夫の修理費はハンドメイドで稼ぎます〜 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR
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