ただ それだけ

 少し落ち込んだ夜を過ぎて、今日も私は曇り空の下で片付け屋の仕事に勤しむ。空を見上げると、ガラクタ雨が降っているけど今日は紙や本といった軽い物が目立っていて、瓦礫や機械は殆ど無い。地面に転がっているものを見る限り、堕ちてきているのは私自身も読んだ事のある書物や資料ばかりでどこかの大図書館が取り壊されたのか、抹消すべき何かがあるのか。まあ、何かしら上で不都合があったんだと思う。


 紙ならこちらとしても処分が楽なので、私は拾っては雑に積み上げていく。今回は部品系も集まらさそうだし、素直に片付け屋の仕事に専念しよう。そう思っていると、周りで作業していた同業者達がヒソヒソ話しながらその場を離れていく。


「?」


 私が妙な動きに首を傾げた瞬間、ズシンズシンと地面が揺れて目が見開く。今日のガラクタにそんな重いものは無いはずなのにと混乱していると、持っていた紙の束が腕から派手に散り、慌てて腰を下ろして手を伸ばした。——その瞬間、ヌッと大きい影が私を覆い隠す。思わず顔を上げて確認してしまった。


「…………」


 そこにいたのは、鉄骨型の煙突を右肩に抱えたスパイクさんだった。ギロリと睨んで無言で見下げてきていて、私は完全に通行の邪魔をしている状態。早くどかなきゃと、必死で紙を拾い集める。


「…………」


 何も言わないの逆に怖いッ。チラッと見ただけなのにスパイクさんの身体に刻まれた無数の傷が強く印象に残る。この人は一日も欠かさず、上を目指して瓦礫を集めて運んでるんだと納得せざるを得ない。周りに何を言われようが、自分のやるべき事を貫いている凄い人だ。

 私は紙の束を抱きしめて、ペコリと頭を下げて道を譲った。スパイクさんが無言のまま大荷物を抱えて、その先にある瓦礫のタワーに向かっていくのを横目で見守りつつ、改めて空に伸びていく細い山を見た。既に高さは街にある工場を超えていて、確認しようとするだけで首が痛くなる——崩れる心配は感じさせないけど、絶対に届かないと感じさせる哀愁があって何だか切ない。


「あの……スパイクさんッ!」


 スパイクさんと目が合った瞬間に、何で呼び止めてしまったのと自分の行動に頭がパニックになる。こんな状況で、なんでもないですとか言おうものなら、その煙突でブッ飛ばされる予感しかしないよ。本ッ当に何してるの私はあぁぁああ。


「なんだよ」


 渋くて、頼り甲斐のある声でスパイクさんは尋ねてきた。顔は怖いけど、そこに恐怖は上乗せされてない、新たに追加された不思議な印象は怯える私を穏やかにさせて、引っ込んだ言葉が形になっていく。


「スパイクさんは、どうして……瓦礫を積み上げてるんですか?」

「あぁ?」

「はぁあッ、すッ、すいません! 言いたくないんだったらいいんです!」


 私は再び紙を地面に散らかして、両手を前に出して振る事しか出来ない。なんて事を直接聞いてるんだろう、失礼過ぎるってぇッ。


「——上で、嫁と生まれてくる子供が待ってるからだ」

「え?」

「オレは一刻も早く、元の世界に帰らなきゃならねえ。だから瓦礫を積んで、雲の先に行く」


 まだ父親になれてないスパイクさんは、ハッキリとした声で私にそう教えてくれた。周りで噂されている通り、ガラクタを積み上げる目的は家族の元に戻る為だった。本当に、だた、それだけ。


「ただ、それだけだ」


 私が思った事を復唱して、スパイクさんは背を向けて瓦礫運びに戻っていった。離れていく姿を見つめた後に再び紙を拾うけど、無駄なのにと思っていた自分が恥ずかしくて仕方ない。可能性を自分で作る姿に感化される。


「……」


 紙束を抱えた私は、曇り空を見上げた。誰が何の為にこんな大きい塵箱ごみばこを作ったんだろう、一度捨てたら二度と戻らないこの世界は、何の為にあるのだろう。必要な物も、中にはあるはずなのに。家で静かに待つ旦那に向かって、私は言葉を投げかける。


を、出来る限り無くしたいね。ムトー……」

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