たとえ断截しても

 地下世界の深夜帯。街で稼働している粉砕機と溶鉱炉の慣れた騒音に耳を傾けながら、私は机に置いた魔石の僅かな明かりを頼りに設計図を書き進めていた。目の前に積まれているのは上の世界から捨てられた魔導書や、工学部品の説明書。その資料で知識を整頓して、手提げ式照明器具の基盤回路と魔術方程式を組み立てていく。


「はぁ……やっぱりどぉ〜ッしても、火の魔石が必要になってくるよねえ」


 予想通りの展開に鼻でため息をつく。魔石の悪用が深刻化している背景を考えると、やっぱりエネルギーに火の魔石を使うべきじゃない。でも、この廃棄物転がる世界じゃ技術に限界があるわけで、発明するには課題だらけだけどこの考える時間が私はたまらなく好き。


「んッ、くぅうぅ……肩がこる……」


 昼間は片付け屋として肉体労働、夜はこうして紙や本と睨めっこしているせいで、休めてない身体が悲鳴を上げている。一回ほぐしたい、こういう時こそ嫁に寄り添ってくれる旦那の出番だよね。


「ムトー! ちょっと来て〜」


 寝る事が必要な相手だと遠慮するけど、半永久的に動ける疲れ知らずの蒸気機械兵マキナなら、気遣い不要で昼夜問わずき使って問題ない。身体を伸ばしながら、来るのを待ってるけどなかなか二階に上がってこない。


「あれ。ムトー? ムトーってばー!」


 口に手を添えて声量を上げてみた。また暫く待ってみたけど、ガシャンガシャンの足音すら聞こえてこない。返事すらしないのは妙だよ、流石に私も動き出した。


「ちょっとムトー?」


 お皿に乗っけた火の魔石で照らしながら、旦那の名前を何度も呼んで一階に降りる。そこまで広い家ではないので、すぐ見つけられた。ムトーは部屋の隅にある椅子に項垂れて座っている。


「あのさあ、さっきから呼んでるだけどぉ?」


 不満げな声で歩み寄るけど、全然返事してくれない。機械は指輪に組み込まれた知識を元に合理的な動きをする仕組みになるはずだから、そういう悪ふざけをするわけが無い。やっぱり、これは——。


「そういう、タイミング……?」


 私はだらんとした右手を持ち上げて握ってあげるけど、反応を示してくれない。目に光もないし、ピクリとも動かない、つまり動力になる魔石のエネルギーが尽きちゃったんだ。魔力が元だから残量管理が難しいんだけど、パートナーになってから定期的に起こる事ではあるし、もう一度魔石を入れたら動くし、この状況に関しては心配しなくていい。


「しばらくは、私一人になっちゃうか」


 よくある事とはいえ、丁度書き入れ時だから蒸気機械兵マキナの力を借りられないのは結構痛い。片付け屋は範囲を指定して多くの瓦礫を早く処分出来るだけ稼ぎが増える訳だけど、女手一つで出来る事なんて高が知れてる。

 私は近くの椅子を持ってきて、前に向けた背もたれに上体を預けて座った。ゆらゆらしながら、動かなくなったムトーを眺めて考える。これからどうしよう。


「グレッグの依頼を手伝った方が、多分稼ぎはいいよね。でも、今考えられる図面だとダメだし……明日は一回ゴミ漁りしてみようかな」


 捨てられたもの。と言っても、工学方面へ発展していく地下世界にとっては役立つ物が多かったりする。上の世界は歴史ある魔法を守りたくて、機械文明を排除したがってるっぽいし。古い考えを持った権力がある人って本当に新しい事に対して嫌悪するよね。


「……。何度でも、私が直すから」


 椅子の背もたれに体重を預けながら、動かないムトーの顔に手を伸ばして優しく撫でる。私が設計して、全てを壊してしまった、魔法と工学を組み合わせた人助けの機械。そしてこの世界でたったの手足が歪な傷だらけの旦那さん。

 今、思い返してもあれは素敵な告白だと思う。蒸気機械兵マキナの全てを知ってる私を驚かせた『貴女を守る』という一言。理論で考えたら、初対面の人間に対して命令も無しに防衛行動を起こした事実は、画期的で心が揺さぶられる。


「機械に感情があるなんて……面白すぎるでしょ」


 反応は得られないけど、一家団欒の感覚で話しかけていく。ムトーの謎も解明したいし、上にいた頃よりいい身体にしてあげたい。そして——一生、私を幸せにして欲しい。その願いを込めて、コンコンと左胸部を叩いた。


「少し待っててね、ムトー」

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