第12話 三者面談
「失礼します」
三者面談のため、お母さんと一緒に教室に入る。
「ご足労様です」
すぐに立ち上がったのは学年主任でちょっとびっくりした。
その隣では、担任がノートパソコンからマイクセットを引っこ抜いて片付けている。
あ、わたしたちの前って、Zoomでの三者面談だったのかも。
スポクラの半分ぐらいは他県から来ているから、三者面談といっても「来校して」というのが難しい。親もだけど、本人も山のグラウンドとかに行っちゃってて、その時間帯に自分だけ戻ってくることができないんだ。
だから、親は他県。担任は学校。本人は山のグラウンドなんてことになっている場合もざらにある。
「お世話になります、羽生智花の母でございます」
お母さんはにこやかに笑いながら頭を下げる。
……ほんとねー……。よそいきの笑顔のときは普通に見えるんだけどなぁ……。
お母さんの会社の人も「この顔にだまされるんだよなぁ」と苦笑してわたしに言ったことがある。
「学年主任をしております海老名と申します。こちらは担任の」
「足柄です」
担任も立ち上がり、頭を下げる。
「どうぞ、おかけください」
示されたのは、教室中央。
机4つをくっつけて島にしてある。
ホワイトボードを背中に担任と学年主任が座り、わたしとお母さんはその向かいに座った。
ささっ、と出されるのは中間考査の成績一覧。
横に細長いそれには、細かい文字がびっしり印字されている。
お母さんは眉根を寄せて一瞥したものの、すぐにバッグから眼鏡を取り出した。もともと目はよかったのに40代になった途端「老眼になった」らしい。
「智花さんの場合、スポクラどころか特進にいても十分やっていける成績ですね。こちらが進研ゼミの全国模試の結果です」
担任はさらに用紙をお母さんに手渡し、わたしたちには見えないノーパソの画面をちらちら見ながら、いろいろ説明をしてくれる。
その間、学年主任はちょっとつまらなそうだった。
腕時計をちらりと見たり、窓の外を眺めたり。時折、野球部のバッティングの音が聞こえてきて、ぴくりと眉が動いたり。
一瞬、「あれ、学年主任って野球部顧問だっけ」と思ったけど。
ちがうちがう。このひと、サッカー部だ。
「さて、学業に関してはここまでで……。ここからは、学年主任から剣道部についての進捗状況とご提案をさせていただきます」
担任はぱたりとノーパソを閉じ、隣に座る学年主任に軽く頭を下げる。
「このたびは、わが校のスポーツ特待生として入校していただいたにも関わらず、顧問の不祥事等で休部状態となっておりますこと、まず校長ならびに理事長に代わり、お詫び申し上げます」
学年主任は低い声で詫びると、頭を下げた。担任もそれにならうから、お母さんはにこやかに笑って手を振った。
「いえいえ。そんな……。仕方ありませんわ、まだ裁判が終わってないようですし」
ほっとしたように学年主任と担任が顔を上げる。お母さんは相変わらず笑顔のまま続けた。
「未成年の女子生徒に暴力をふるうようなクズだと知っていたら私も娘を入校させませんでしたが……。見抜けなかった私ども親が悪いのです」
……何気に、ぐっさり刺しに行った……。
学年主任も担任も固まっちゃったよ。
「大変その……ご迷惑を。裁判内容については追ってご連絡させていただきますとともに、智花さんの部活動についてお話をさせていただきます」
学年主任が唇の端を震わせている。
……うちのお母さん、黙ってたら本当にのほほほんとした人に見えるのになぁ。
「まず、新しい顧問ですが、2学期より赴任することが決まりました。それに合わせて、一般クラスを対象に剣道部入部を促し、来年度も強化部として適性のある生徒を剣道部に入部させようと思っています」
お母さんは穏やかにうなずきながら聞いているけど……。
無理だろうなぁ、とわたしは内心ため息をついている。
いまどきスポーツクラスとかスポーツ特待生なんてやまとある。なにもこんな傷のついた部に入部する生徒はいないんじゃないかな。
「顧問が決まるまでは公式試合に参加することは難しいですが……。ぜひ地元の道場……というのでしょうか、智花さんが在籍している剣道教室のようなところがあれば、そちらでの大会に出席していただき、戦績を残していただければ、と思います」
「それは公式試合の成績として残してくださる、ということですね?」
お母さんが念を押す。
剣道に限らず、柔道とか少林寺とか。もちろんサッカーや野球だって「出身」がある。
うちの場合は、地元のスポーツ少年団。
高校に入学した途端、こんなことになったもんだから……。先生たちも心配してくれて、スポ少の稽古に参加させてもらっている。
「もちろんです。で、体力づくりというか……まあ、剣道を指導することはできませんが、筋トレや持久走等は他の部と一緒に行ってはどうか、と校長が直々に申しておりまして」
「他部と?」
お母さんが眼鏡を押し上げて学年主任を見る。なんか、顔が課長さんの顔だ。
「わたしはサッカー部の顧問をしておりまして。普段、サッカー部は活動グランドまでバスで移動しておるんですが……。土日の午前中は学校敷地内で筋トレや持久走を行い、午後に活動グラウンドに移動します。なので、土日の午前中にサッカー部に交じって活動をしてはどうでしょう」
「サッカー部……ですか」
一瞬、お母さんは顔を曇らせた。
……言いたいことはわかるよ、お母さん。
お母さん……。
サッカー、嫌いだもんね……。
すぐに「きったな。なにあの草まみれ、汗まみれ」とか言って、テレビで試合やっててもすぐチャンネル変えちゃうもんね。
だけど。
学年主任は別の意味にとったみたい。
「やはりあれですよね! 男子と一緒は不安でしょう、体力的に! いや、校長にもわたしは無理だと申し上げたんですが……っ。そのあたりをもう一度校長にわたしから説明しておきましょう」
なんか嬉々としてそんなことを言い出した。
思うに、学年主任、校長に提案されたものの断りたかったのかな……? だからお母さんの反応を見てこれ幸いに……。
「は? いま、なんとおっしゃいました?」
お母さんが冷ややかな声で、学年主任の声を一刀両断する。
「うちの娘が、屋外競技の同級生や上級生に体力で負けるはずがありませんでしょう」
見るものを凍らせるような視線を放ってるよ……。お母さん。
「は……?」
戸惑っているのは学年主任だけじゃなく、担任もだ。
「確かにサッカーをしろ、と言われればうちの娘は太刀打ちできないでしょう。ですが、体力錬成でしょう?」
ほほ、とお母さんが笑った。
「区切られたコート内を、ボール追いかけて走っているだけの生徒に……。申し訳ないですが、うちの娘が負けるとでも?」
学年主任のこめかみに青筋が立つのが見えた。あわわわわ。
「ほほう。ボールを追いかけているだけ、ですか」
「誰か武器を持って襲い掛かってきますの? おまけに、半そで半パンでしょう?」
お母さん。眼鏡の奥の目がギラギラして怖いよ……。
「うちの娘のように、通気性ゼロの道着を着て、重量化こそ正義の防具をつけ、左手だけで竹刀をふっているわけでもあるまいし。半そで半パンのやつに負けるはずがありません」
「ずいぶんと自信がおありのようですな、娘さんに」
「うちの娘、最強ですけど」
バチバチと学年主任とお母さんの間で火花が散り、わたしと担任はひたすら震え上がる。
「智花。さっそく、今週の土曜日から稽古に参加なさい」
お母さんが配布用紙を右手に、がたりとイスの足をこすって立ち上がる。
「智花さん。待っているよ。だがくれぐれも無理はするな。疲れたらいつでもやめていいからな」
学年主任が口の端をひくつかせながら笑う。
「し……失礼します」
わたしは「黙れ。うちの娘にひれ伏せ」とわけのわからないことを言っているお母さんを引っ張って教室を出ていく。
ああ、お父さん。
なんで北海道出張になんか行っちゃったのよ……。
スポクラの悠馬くんは、モテない 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095
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