第11話 中間考査
誠志学園高等部に入学し、初めての中間考査。
日程としては4日間。毎回午前中で終了。
パンクラはそのまま帰宅するけど、スポクラは午後から練習。……そうそう。わたしはずっと剣道をしていたので、この練習、という言いかたが慣れない。なんとなく稽古って言っちゃいそうになる。
それはともかく、前半の2日が終わると、間に「テスト休み」というのが挟まれる。
この日は1時間だけ授業があり、そのあと学校終了。
スポクラもテスト休みの日だけは、練習をしてはいけない。
各クラスと図書室、食堂は開放しているから、テスト勉強をしたい生徒は残って自習をする。
先生は、学生ホールに待機しているから、質問したい生徒は学生ホールに行けば勉強も見てくれる。
「ごめんな、智花ちゃん。ほんとは家に帰るんだったんだろ?」
数Ⅰの問題集を復習していたら、向かいから声がかかった。
顔を向けると、カリカリと問題集に直接解答式を書きこんでいた手を止めて、悠馬君が上目遣いにわたしを見ている。
ここは教室。
わたしと悠馬君は前後の席なんだけど、いまは机を移動させて、向かい合わせにしていた。
「ううん。どうせ家に帰っても、お兄ちゃんいたらうるさいし……」
わたしは笑って首を横に振る。
「悠馬君こそいいの? わたしは部員がいないからあれだけど……。みんな部活同士で固まって勉強してるんでしょう?」
赤点絶対阻止の野球部は学生ホールにいて先生がつきっきりらしいし、それを狙ったパンクラの女子も学生ホールに集結していると聞く。
女子柔道部は食堂。夢見ちゃんたち弓道部は図書室の一角を取った、って聞いている。
「サッカー部がいるところはまずい。あそこにいたら、勉強できない」
悠馬君はぶんぶんと首を横に振る。
「どうして? ……あ、悠馬君、そこ単純計算ミス。引き算が……」
「あ。ほんとだ」
悠馬君の計算式を指差すと、悠馬君は慌てて消しゴムで数字を消す。しばらく凝視した後、カリカリとシャーペンを走らせ始めた。
「例えばさ、山のグラウンドまでバスで移動中、小テスト用の英単語を暗記しようと思ってポケ単だすだろ?」
「うん」
悠馬君が書きながら話すので、わたしも問題集にふたたび視線を落とす。
「そしたら、先輩が『やめろっ、部の雰囲気が悪くなる』『しまえ』って怒るんだよ」
「なにそれ」
きょとんとしたら、悠馬君は解き終わったのか、ちらりとわたしのノートを見て「よし、正解」と、次にうつる。
「そりゃさ、サッカーで進学できるひとたちはいいけど……。こっちは、このまま身長が止まりでもしたら、即アウトなわけで……。そんなときのために、評定平均は上げておきたいわけ。だけど、『そんな保険をかけるな!』『スポクラなんだから、サッカーだけしろ!』って、勉強の邪魔ばっかすんだよ。集団で歌を歌いだしたり、映画を観よう、とか面白動画がある、とかいってさ。……いや、笑い事じゃなくて」
つい噴き出すと、悠馬君にじろりと睨まれた。ごめんごめん。
「俺は赤点脱出とか言ってたらやべーの。できるだけ点数を取っておかねぇと。だから、スポクラ上位の智花ちゃんに面倒見てもらってるわけで……申し訳ない」
急に謝られるから焦る。
「ううん。わたしこそ、家にいるより断然いいもん。ってか、わたしが点数いいのは、部活休止のせいだから……あんまり、威張れるもんじゃないのよね」
みんなが部活動で練習をしている間、わたしは家に帰って勉強しているわけだから……。
「でもすごいね、悠馬君。1年生の1学期なのに、もう大学のこととか考えているんだ」
この先の剣道部について考え出したらどんどん暗くなるから、わたしは敢えて話題を変える。ついでに、問題も解く。悠馬君も、第二問に取り掛かりながら、「俺、長男でさ」と返事をしてくれた。
「下にまだ弟がふたりいるんだよ。だから、できるだけ学費が安いところがいいんだけど……。いまさら国公立なんて絶対無理だし、そしたらこの高校みたいにスポーツ推薦で進学するか、あるいはこの高校が持っている指定校推薦で進学するしかなくってさ」
指定校推薦の場合は、大学によって推薦枠があるし、評定平均が高い方が優先だから……。そのために頑張っているってことかな。
「クラブチームとか、Jリーグのクラブに入ってるやつもいるけど……。そんなカネ、ねぇしなぁ。基礎的なことや身体づくりはどこでもできるし。ここの高校、長期休暇でも部費の特別料金徴収しないから私立にしては安いし……」
「ああ……。特別徴収、高いところあるよねぇ」
剣道部でも、遠征費で10万以上追加されるときがある。
「海外遠征いれるところなんて、100万ちかく請求されるらしい」
「ひゃくまん!!」
つい大声が出る。悠馬君は慌てて顔を上げた。
「ごめんごめん。テスト勉強と関係ないこと言った」
「ううん。すごいなぁって感心した。わたしなんかこう……いろいろ漠然としか考えてなかったからねぇ。悠馬君、ちゃんと選んでこの高校に来たんだ」
ため息交じりに言葉を吐きだし、そのついでに問題を解く。
「オープンハイのときに見学に来たけど……。なんか変な雰囲気だなと思いつつ、両親や先生の意見に流されてここに来ちゃったけど。結果、休部だし。高校に入ったら、剣道部で頑張ろうって気合入れてたのに、肩すかし、っていうか。でも親は落ち込んじゃって……。だから、せめて成績だけでもちゃんとした結果を残そうと思ってさ。だけど、その先のことなんて何にも考えてなくって」
進学かぁ、とわたしは次の問題をノートに書きこむ。
「悠馬君はすごいなぁ。身長も伸ばしてるし、かっこいい」
「は⁉ え! 俺が⁉ どこが‼」
急に大声を出し、ついでに立ち上がるからびっくりして顔を上げる。
目の前には、顔を真っ赤にした悠馬君が棒立ちになって、わたしを見下ろしていた。
「だって、有言実行のひとじゃない。努力家だし、家族思いだし、計画的だし。最近、身長も伸びてるからきっとレギュラーだって取れるよ。そしたらパンクラの女の子たちがきゃあきゃあ……っていうか、暑い? 窓、開ける?」
なんだろう、どんどん悠馬君が赤くなる。ついでに額から汗も噴き出していて、ポロシャツの肩口でぬぐったりしていた。
「だ、大丈夫。いや、うん。あ……そういう感じのあれな……」
なんか今度は若干がっかりした風にイスにどすん、と座る。
「あ、悠馬君。この文章問題はひっかけだよ。この公式使わない」
ついでに指摘すると、「おお、そうなんだ」と消しゴムで消し始めた。
しばらく、ふたりして無心で問題を解く。
カリカリとシャーペンの芯が紙に走る音と、教室の壁にかけられた時計の秒針の音。それから、廊下から時折ひびく誰かの足音以外、教室に音はない。
「あのさ」
不意に悠馬君の声が聞こえてきた。
「うん?」
えー……っと、この文章問題、授業でやったぞ。解き方を思い出しながら生返事をした。
「俺も……じゃない、俺は智花ちゃん、カッコいいと思う」
「ん? わたし?」
またたきして顔を上げる。
けど、悠馬君はうつむいて、ガシガシと消しゴムで計算式を消しているところだった。
「カッコいいは違うか。えっと……かわいいとおもう」
なんだろう。
さっきわたしが、悠馬君を「カッコいい」って言ったから、お返しかな?
「ありがとう」
まだ暑いのか、耳が真っ赤な悠馬君にわたしはにっこり笑ってお礼を言った。
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