第10話 球技大会

 その日、日直でもあるわたしたちは、球技大会の終わった体育館にいた。


「わたし、このテープ剥がしって結構好きなんだー」


 床に貼られたテープの端っこをめくって、ぴーっ、とある程度持ち上げる。


 そこからは、歩きながらくるくると巻き取っていく。あっという間に、テープのボールが出来上がる。毛糸まきみたい。


 今日、体育館1階で行われたのは、ドッヂボール。


 必要な線以外は、床と同じ色のテープを上から貼って消していたので、今度は球技大会終了と同時に、剥がさなくっちゃいけない。


「え? 中学校でもこんなめんどくせーことしてたの?」


 テープをめくるのに苦戦していた悠馬君がようやくわたしに追いつきながら尋ねる。彼の手にも、巻き取ったテープがソフトボールの大きさになっていた。


「ううん。剣道の試合でね。体育館によっては、こうやって線を消してコートを引きなおすことあるから」


 試合が終われば、会場担当の教室や道場だけじゃなく、参加者全員でテープを剥がしていく。


 それが結構好き。


 ただ、体育館にいる学校中の日直たちは面白くないらしく、わたしたちみたいに真面目に剥がしている人は少ない。


 実際、カートの中にしまっていたはずのドッヂボールを使って、上級生たちは勝手にバスケットボールをし始めている。


「ちょっと、佐野くんっ。早く片付けようぜっ」


 ぐるぐるぐるぐる、とテープを巻き取りながら歩いていた悠馬君が上級生のひとりにむかって怒鳴った。


 剣道部では、上級生のことを「○○先輩」って呼ぶけど、サッカー部って「○○くん」なんだって。


 某芸能事務所みたい。

 でも、人気はおなじぐらいすごくて、さっきの球技大会では、サッカー部と野球部のスタメンはパンクラの女子たちにきゃあきゃあ騒がれていて驚いた。


 普段は、スポクラ、パンクラ、特別進学クラスの通称特進とは、棟自体が違うからこうやって交流事業みたいなものがないと顔も会わせない。問題が起こることを避けて、先生たちも会わせないようにしてるし。


 だからスポクラの上級生……というか、レギュラーメンバーたちがこんなに人気があるとは知らなかった。


 ……そりゃ、スタメンから外れている悠馬君や、そもそも部の存続が危ういわたしなんてミジンコみたいなもんだよ……。


「真面目か、SS!」


 言い返して来たあの佐野ってひとも、人気者のひとり。ちなみに、わが一年スポーツクラスのサッカーも準決勝まで上がったけど……悠馬君の名前を呼んで「がんばれー!」って言ってるのはわたしだけだったかな……。


「SSって呼ぶなっ。ってか早く、バスケをやめろ! さっさと片づけろって!」

 悠馬君が顔を赤くして怒っている。


「つまんねー」


 佐野くんはちょうど仲間がゴールポストにボールを沈めたのをきっかけに、ドッヂボールを手に取った。


「SS! これ片づけて!」


 そのまま勢いよくこっちに投げて来るんだけど……。

 そのボールは悠馬君じゃなくって、まっすぐわたしにむかっていた。


「うひゃっ!」「ちょ……っ!」


 おもわず肩を竦めてしゃがみ込んだのだけど。

 咄嗟に、悠馬君が手を広げて防いでくれて、わたしはドキドキしながら彼を見上げる。


「佐野くんっ!」

「ナイス、セーブ!」


 悠馬君は怒っているけど、佐野くんはゴールキーパーを褒めるみたいに笑い、上級生たちとテープ剥がしをし始めた。


 てん、てん、てん、と。


 ドッヂボールが床を跳ねながら転がる音がする。

 わたしはまだ怒りまくっている悠馬君の背中を見ながら、相変わらずドキドキが止まらない。


 ひょっとして……。

 ひょっとして、だけど。

 このドキドキの原因は……。


「ゆ……悠馬君」

「ん? あ、ごめんな、うちの先輩が。大丈夫か?」


 振り返る悠馬君に、わたしは赤くなった顔で勢い込む。


「悠馬君っ! 身長伸びたんじゃない⁉」


 わたしは詰め寄った。持ったままのテープボールを床にポイし、悠馬君に背中を向ける。


「ほらっ! ほら、悠馬君も後ろ向いて!」


 さっきの視線の高さ……っ。

 わたしがしゃがんでいたとはいえ、それでも悠馬君とわたしの視線の位置がいつもと少しだけ違った。


 これは……っ。

 これは、日々の苦しい補食ほしょく生活のお陰で、悠馬君の背が伸びているのでは⁉


「は……っ? え?」


 戸惑う悠馬君がもどかしく、わたしが移動して悠馬君と背中合わせになる。


 ぴと、っと背中同士を合わせると「うひゃ」と悠馬君が変な声をだしたけど、無視。


 入学当時、わたしと悠馬君の身長は同じだった。だから頭の位置は同じのはずだけど……。


「ほらっ! 悠馬君のここがわたしの頭頂部っ」


 掌を水平にして、悠馬君の後頭部に押し付けると「わかったわかった!」と叫んで飛びのかれてしまった。


「と……とにかく、日直の仕事を先に終わらせようっ。それで、保健室寄って、身長測って……」


 悠馬君が顔を真っ赤にしながら、急いでテープを剥がし始めた。


 あんなに焦ってテープを剥がすなんて……っ。

 いくら身長が伸びたか、すごく知りたいに違いないっ!


「うん、そうしよう!」


 わたしも、悠馬君の足手まといにならぬよう、必死にテープを剥がし続けた。



 その後、教室に戻る前に保健室前に置かれた身長計を使った結果。

 悠馬君は、入学時よりめでたく5㎝伸びていたのでした。


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