第9話 入学前、オープンハイ
悠馬君は知らないだろうけど、実は彼と出会ったのは誠志学園高等学校のオープンハイスクールでのこと。
わたしは、当時まだ活動を続けていた剣道部の稽古に参加させてもらって、先輩たちからちょっとだけ校舎を案内してもらったあとだった。
防具バッグを担いで、竹刀袋を持って……。なんとなく不安になりながら学園の門を出たのを覚えている。
というのも、ちょっと……部の雰囲気が悪かったから。
強豪ではあるから、部員同士がライバル心を燃やしててもそれは覚悟の上だったんだけど、どちらかというと「監督対部員」って感じで……。
他にも中学生がオープンハイの稽古に参加していたけど、わたしと同じ感想を持ったみたい。学校の敷地内まで迎えに来ていた保護者に、ボソボソと暗い顔でなにか言っているのも見た。
どうしようかなぁ、うちの親……結構乗り気なんだけど、ここのスポクラ。
そんなことを思いながら、母親との待ち合わせ場所である最寄り駅まで歩いていた。
防具みたいな大荷物を持って歩いているのはわたしぐらいなもので、それもちょっと恥ずかしい。
おまけに、道場を出る時に手を洗わなかったから、臭いも気になる。なんとなく「手が洗いたいです」って先輩に言える雰囲気じゃなかったし、体験生も誰もそんなこと言わないし……、って思ったら、みんな学校の敷地内まで親が送迎していた。
ファストフードのお店があれば、トイレを使わせてもらって、ドリンクを買おうかな。
道すがら、きょろきょろしていたら、駅前近くでちょうどマックを見つけた。
よし、そこに……、と思っていたら。
中学校っぽい制服の男の子たちが、だーっと集団で出てきて怯む。
どうもわたしと同じ、誠志学園のオープンハイに参加した子たちみたいなんだけど……。
制服が統一されていない。いろんな中学校が集まっているみたいだ。
やりすごすため、わたしは「ここで人を待っていますよ」という感じでマックの駐輪場に立ち、スマホを取りだして様子を窺う。
だけど、男子たちもすぐ近くでたむろして会話しはじめて焦る。
どうしよう……、だったらわたしがすぐに店に入る方がいいかな。
そわそわとそんなことを思っていたら……。
「おい!」
大きな声が聞こえてきて、ビクッとなる。
スマホを持ったまま顔を向けると、やけに大柄な男子が、小柄な男子にドリンクのカップを押し付けていた。
「え……? なに」
小柄な男子が訝しそうな顔をしながらも、大柄な男子からドリンクカップを受け取った。
ちなみに小柄な彼だって、自分が買ったと思しきドリンクカップを持っていた。あげるってかんじじゃない。
ふたりとも違う制服を着ているから、きっと同級生だけど、同中じゃないんだろう。
集団の中の数人がネットに入ったサッカーボールを持っていたから、わたしみたいに、サッカー部の体験で来ていたのかも。
「おれ専用のドリンクホルダーみっけ! おまえみたいなちびはレギュラー無理だろうから、三年間、おれのドリンクを持たせてやるよ」
大柄な男子が笑い、同じ制服を着た集団から、どっと笑い声があがる。
なにそれ、ひどい。
入学前からマウントとってんの?
えー……。この高校に来る子たちって、こんな感じなんだ……。これって、いじめとかそんなんじゃないの……? 入学したら、ずっとこんな雰囲気なのかな……。
嫌な気分になって、やっぱり場所を移ろうと思った時だ。
ぐしゃ、って。
なにかがつぶれる音と、水が滴る音がした。
目を向ける。
小柄な男の子が、ドリンクカップを無言で握りつぶし、内容物をぼたぼたとアスファルトの上にこぼしていたのだ。
「お前……っ! なにすんだよっ! 代わりを買って来いよ!」
大柄な男子が怒鳴る。だけど、小柄な男子は怯まない。
「はあ? 飲めよ、これをよ」
言うなり、握りつぶしたドリンクカップを大柄な男子に投げつけた。
「それにな、お前、俺に勝ってんの身長だけだろ」
顎を上げ、傲岸不遜な顔で小柄な男子が嗤った。
「あの程度のレベルで来れると思ってんのか? おめでたいやつ」
言うなり、汚れた手を振りながらさっさと駅に向かって歩いていく。
「悠馬、どこ行くんだよっ」
小柄男子と同じ制服を着ている子が追いかけていく。
「駅のトイレで手を洗って、帰る。ばからしい」
小柄な男子は吐き捨てるように言い、真っ直ぐに駅まで歩いて行った。
そうか、駅のトイレで手を洗えばいいんだ。
わたしは妙な感心を覚えたのと同時に。
きっと彼もスポクラに来るに違いないと思った。
だったら。
この高校生活も悪くない。雰囲気は絶対いい。というか、変わるはず。
ちょっとだけ、そんなことも考えた。
その後、入学式でぶかぶかな制服を着た悠馬君を見つけ、「あ。やっぱりここに来たんだ」とちょっとだけうれしくなった。
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