第8話 連休明け

 5月の連休明け。


 久しぶりに教室に入って異変に気付いた。

 なんだかとっても静かなの。


「おはよう、智花ちゃん」

 自分の席に向かうと、後ろの席の悠馬君が片手を上げてくれる。


「おはよう。わ、日に焼けたね」


 連休中もきっと部活だったんだろう。悠馬君の肌は、褐色でつるんとしている。髪の毛もこころなしか茶色くてぱさぱさしていた。


「ずーっと練習と走り込み」


 うんざりしたような顔を作るけど、ちょっとだけ嬉しそう。


「どうしたの?」


 イスに座り、鞄を下して机横のフックにかけて尋ねると、頬をかきながら悠馬君は言う。


「連休中、一軍に混ぜてもらったんだ」

「すごいじゃない!」


 つい声を上げるけど、悠馬君は慌てて手を振る。


「混ぜてもらっただけ。ポジをもらったわけじゃないから」

「悠馬君ってどこのポジションなの?」


 うちのお母さん、サッカーが嫌いで……。だからルールとか疎いんだけど、それぞれコートの中に担当があるんだよね。


「俺? ボランチ」


「ブランチ?」

「それ、朝昼兼用の飯じゃん」


 途端に噴き出して笑われた。


「え、ごめん。なんてなんて? もう一回言って」


 スマホで検索しようと思って、ジャケットのポケットに手を入れた時、がたんっ、と近くでイスの足が床を擦る音がした。


 ビクッってなって顔を向けると、野球部だ。


 しかも、ひとりじゃない。

 数人がいっせいに立ち上がり、ゆらゆら揺れながらゾンビみたいにこっちに近づいて来る……っ!


「楽しそうだな……悠馬」

「おれらへのあてつけか……。おい、あてつけか……」

「智花ちゃん……。あのね、いまおれたち最悪な精神状態なの。人の幸せが非常に不快なの……」

「くやしい……ねたましい……のろいたい……」


 ひいいいいいいいっ。

 口から怨嗟の言葉を漏らしながら囲まれた……っ!


「んだよ、女にフラれたぐらいで、うじうじしやがって」

 悠馬君が机に頬杖ついて野球部たちを見上げる。


「え? フラれ……?」


 オウム返しに口にすると、野球部たちが一斉に顔を覆って泣き出した。


「うるせえええええええ!!!!!! お前に俺の気持ちがわかるかっ!」

「初めてのカノジョだったのに……っ! 大事にしてたのに!!!!」

「携帯……っ! 全部携帯がないのが悪いんだ――――――っ!」


 なんかプチパニック状態であるのと同時に、教室に入った時の違和感がようやくわかった。


 野球部たちがはしゃいでなかったんだ。


 すごく静かだったから、何だろうと思ったら……。彼らがおとなしかったんだ。


「野球部って全員寮生だろ? この連休、2日だけ休みがもらえて実家に戻ったんだって」


 悠馬君が、おいおいと男泣きする野球部たちを一瞥した。


「で、それぞれ地元に残してきたカノジョに急いで会いにいったんだけど、みんな、別れを切り出されたらしくて……」


「あー……。遠距離な上に、携帯没収されてるから連絡取り合えないもんね……」


 野球部の一年生は、一年間携帯が使えない。


 入学式が終わった後、野球部とその保護者だけ集められて、「ご両親に言いたいことは、今、言いなさい!」「保護者のみなさんも、伝えたいことがあるなら、いましかありません!」って監督とコーチが言ってて……。うちの親が、「なにあれ。出征するの?」と目を丸くしてたっけ。


 そうか。

 親よりも何よりも、地元に残してきたカノジョさんたちに連絡がとれないんだ……。


「そりゃあ、あんた、あれよ。遠くのカレシより、近くの男よ」


 舞姫ちゃんがロリポップを口にくわえたまま通り過ぎ「おはよー」と手を振ってくれる。


 なるほど、そういうものかー……。


「この学校でまた新しいカノジョみつければいいじゃん」

 悠馬君がイスにもたれ、ギシギシさせながら言う。


「ばかやろう!!!! スポクラの女子なんて、猛者ばっかりじゃねえか!!!」

「おれより強い女をどうやってものにするんだ!!」

「下手したら、首絞められて落とされるんだぞ!」

「おれはもっとかわいく、可憐なカノジョが欲しいんだ!」


 野球部たちがひどいことを大声で言うから、ひやひやしたけど。


「黙れ、こっちだって願い下げだ」

「みみっちい男どもだな」

「おい、お前の発言権は甲子園出場後からだからな?」


 女子も容赦ない……。


 すぐに野球部たちは振り返り、涙を拭いながら反論し始めた。

 おかげで、教室はやっぱりいつもの雰囲気に戻る。


 あー……。日常に戻ってきたなぁ。

 そんな風に苦笑いして、身体をホワイトボードの方に向ける。


 さて、一時間目の準備をしようとおもったら、背後からぽそりと悠馬君の声が聞こえて来た。


「このクラスにも可愛い子、いるんだけどな」

「ん? なんか言った?」


 振り返ると、悠馬君は相変わらず頬杖をついたまま、窓の外を見ている。


「なんでもない」

「あ、そう……」


 どうしたんだろ。日に焼けた顔が、ちょっとだけ赤い。熱射病とかじゃないといいけど、悠馬君。


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