第7話 校外学習2
「……は?」
目を真ん丸にして尋ねてきたのは夢見ちゃん。まだ地面にお尻をつけてあぐらをかいたままだ。
「どう考えてもまだルー入れるの早いよ。野菜、きっと中まで火が通ってない。1班だってルーいれてないよね?」
わたしが小首をかしげてみせると、1班の女子テニス部が首を縦に振る。
1班どころか、他の班もまだ、鍋をお玉でぐるぐる回しながら、じゃがいもやニンジンに火がとおっているかどうかを確認している最中。
それなのに、かぐわしいカレーのにおいがしているのは、元4班のカマドだけ。
たぶん、よくわからなくてすぐにカレールーをいれちゃったに違いない。
「木を足してないから、すぐに火も消えるし……、お鍋をかき混ぜてないから、底のほう軽く焦げちゃうんじゃないかな。そんなカレー、いまから取り戻しても食べたくないでしょう?」
わたしがそういうと、班のみんなは顔を見合わせ、にやりと笑った。ついでに言うなら、話が聞こえていた1班たちもクスクス笑っている。
「それもそうね」
「あー、あたし急におなかすいてきた。早くこっちの作っちゃおう」
舞姫ちゃんと夢見ちゃんが立ち上がる。
「すぐに火が通るように野菜を細かく切りなおそう。ってか、あいつら野菜ぐらいは切ってるんだよな。……わーお」
ぱかり、とふたを開け、光流君が目も口もまんまるにする。
なんとなく全員で網の上に乗った鍋を見る。
そこには、材料そのままの野菜が入っていた。
「俺、炊事場の場所取りしてくる!」
光流君が走り出す。鍋を持ち上げ、そのあとに続こうとした悠馬君だったけど、
「あ……っ。火! もう着火剤とかないんだ」
「大丈夫。わたし、実は火おこし得意なの。任せて」
小さいころから家族でキャンプしてたから、こんなの全然平気。
「なんなら、こっちの火、持って行けよ」
1班が火箸で自分のところのカマドから火のついた木を取り上げてくれようとしていた。
「ありがとう! めちゃくちゃ心強いよ!」
わたしはお礼を言い、体操服のポケットから軍手を出す。
「あたしたちも、も一回やるか」
「うい」
夢見ちゃんと舞姫ちゃんもやる気になってくれたみたい。
さあ、こっから追い上げるぞ!
一時間後。わたしたちは、屋根のあるテーブル席を確保。
本当は、班ごとに分かれて食べることになっていたんだけど、1班には火をわけてもらったりしたので、一緒に食べることになった。
「あそこからよく巻き返したよな。そっちの女子たち、炎の魔術師じゃね?」
「ってか、男子たちの野菜切る手際、やばくない?」
1班たちに褒められてわたしたちは笑いながら、カレーをほおばる。
おいしい。
とくに、1班も言っていたけど、悠馬君たちが細かく切った野菜がよかった。そりゃ、ゴロゴロ野菜ってのもいいけど、このとろけたジャガイモとかあまあまのたまねぎとか。ほんと絶品。
「至高……。至高の一品」
舞姫ちゃんが目を閉じてつぶやく。
いまは紫外線カットのあみあみがないから、きれいな顔がちゃんと見える。
「ねーねー、舞姫ちゃんってどんな日焼け止めつかってるの?」
女子テニス部も興味津々。
「ふっふっふ。これだよ、これー」
舞姫ちゃんがテーブルにポーチの中身を広げ、女子テニス部に説明している。
その隣では夢見ちゃんが別の女子テニス部と推しキャラの話で盛り上がり、ついでに「カレーを半分こして味見」していた。
「火おこし、お疲れ。暑かっただろ?」
そんな風に声をかけられて顔を向けると、おかわりをよそってきた悠馬君がわたしの隣に座った。
「ううん。悠馬君こそ、お疲れ。……というか、大丈夫? 今日、バスで帰るんだよ?」
身体づくりのためにたくさん食べなきゃいけないのはわかるけど。
今日はこのあとまた、バスに乗って学校まで帰るのだ。酔わないかなぁ。
「だってうまいし。これって、智花ちゃんがあそこで『あのカマドは捨てる』って決断してくれたおかげだしな」
悠馬君が言ってくれて、握りこぶしをわたしにむかって差し出す。
ん、これ……なに。
「え? わかんね? ほら、グーにして」
戸惑っていたら、悠馬君が言う。
素直にぐーにして、悠馬君に向けると、悠馬君は自分の握ったこぶしをわたしのそれにこつん、とあてた。
「ナイスジャッジ」
にかっとおおきな笑顔を向けてくれて、わたしの心臓はぱくりと跳ねた。
「なーなー、あっち見た?」
どきどきして、慌てて顔を背けたら、光流君がおかわりの皿を持ったまま走って戻ってくる。あぶないよっ。ころぶよっ。
「2班がさ、カレーを配りまくってんの。まずくて自分たちだけじゃ食べられねぇみたいで。野球部とか涙目になって頼んでるぜ、『これ食ってくれ。それで、お前たちのをくれ』って」
どっと笑い声が上がる。
「こっちに来るまでに早く食って、川に移動しよう!」
「沢カニ! 私、沢カニ探す!」
「それ面白そう!」
わたしたちはいっせいにスプーンを動かす。
「ね、智花ちゃん」
夢見ちゃんが声をかけてきた。
「なに?」
きょとんと尋ねると、夢見ちゃんと舞姫ちゃんは、一緒ににっこり笑った。
「楽しいね」
「誘ってくれて、ありがとう」
わたしはなんだかうれしくなって首を横に振る。
「ううん。みんなのおかげだよ」
今日、校外学習があってよかった。
だって、浮いていたわたしたちだったけど。
こうやって新しいお友達ができたんだから。
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