第6話 校外学習1

◇◇◇◇


「……えーっと……。状況がよくわからないんだけど……」


 わたしの隣に立つ悠馬君も、ぽかんとしている。


 というのも、わたしたち4班に割り当てられたカマドの前には、2班がいるからだ。


 ここのキャンプ場は、おもに学校施設を対象に利用ができるので、バーベキューコンロのようなものはない。


 コンクリートブロックを積んで仕切り、鉄網がのっているものがずらりと横一列に並んだカマドを調理に使用する。


 4班が割り当てられていたのは、5つ並んだカマドの真ん中。


 風が通らず暑い中、さっき悠馬君が火をおこし、夢見ちゃんが木をくべて火を安定させて……。わたしと光流君で切った野菜やお肉を鍋に入れて……。


 もうあとは煮るだけだし、先生が「ご飯を取りに来い」っていうから、悠馬君とお盆をもって人数分取りに行って……。


 戻ってみたら、カレーのいい匂いがしているカマドの前にいるのは、2班の最速ちゃんたちだ。


「あ。さっき代わってもらったんだ、4班のカマドはあっちね」


 最速ちゃんが指をさす。

 一番端っこの……。

 そこは2班のカマド。


「は? ちょっと意味わかんねえんだけど」


 悠馬君がにらみつけると、なにがおかしいのか、チアダンス部の子たちが手をたたいて笑った。


「だって、わたしたち上手にできないんだもん。だからあっちと代わってもらっちゃった」


 チアダンス部の子が顎で示すから、2班のカマドのほうを見る。


 その傍には夢見ちゃんがこっちに背を向けて地面に座っている。顔はわかんないけど、雰囲気はかなりイライラしていた。


 隣に並んでいる真っ黒い服装で、真っ黒いつばの帽子をかぶっているのはたぶん日焼けを気にしすぎて養蜂家みたいになっている舞姫ちゃん。


「代わるって……。だって最速ちゃんたち、火がおこせなかったの? だったら教えてあげるよ」


 わたしが言うと、最速ちゃんはあきれたように鼻を鳴らした。


「えぇ? いいわよ。そんなことして指を怪我したらどうするの? 大会近いんだけど」

「ってか、じゃあ、男どもはなにしてんだよ。こっち、野球部いただろ」


 悠馬君がもはやけんか腰になっている。


「知らない。パンクラに行ったんじゃない?」

「あいつらバカだよねー、女しか目にないの。あとで先生に叱られろ、っての」


 また、きゃっきゃと最速ちゃんたちが笑っている。


 今日は、誠志学園高等部一年生全員の行事なので、スポクラだけじゃなく、一般クラス、通称パンクラの子たちもいる。


 どうも野球部たちはそこに遊びに行ってしまっているらしい。


「だけど……」

「悠馬!」


 さらに言いつのろうとした悠馬君の口をふさいだのは、光流君だ。


「こっちこい!」

 舞姫ちゃんと夢見ちゃんの間に立ち、お玉を持って手招いていた。


「ほら、あっち行って準備したほうがいいんじゃない?」

「あ。そっちいまから、カレー作るんでしょう? じゃあご飯はわたしたちがもらってあげる。またあったかいの、先生からもらいにいっておいでよ」


 あっという間にお盆のごはんまで奪われ、逆上しそうな悠馬君の手を引っ張ってわたしは光流君のほうに引っ張っていく。


「ちょ……、智花ちゃんっ。こんなん許していいのかよっ」

「しっ」


 怒り頂点の悠馬君に、わたしは人差し指を立てて静かにするように合図を送る。

 悠馬君はしぶしぶという風に口を閉じ、素直についてきてくれた。


「なんだよ、どうなってんだ、これ」

 三人に合流したとたん、悠馬君が問いただす。


「いやそれがさ。軒先を貸して母屋をとられるって、こういうことを言うんだな、って」


 光流君がやけに小難しい言葉を使い、腕を組んでうんうんうなずいている。


「どうゆうこと」


 わたしは、座ったままお地蔵様のようになっている舞姫ちゃんと夢見ちゃんに尋ねると、ふたりは憤然と顔を上げた。


 ただ、舞姫ちゃんは紫外線を防ぐ……なんか、黒い網みたいなのを顔の前につけているから、ちょっと表情がわかりにくいんだけど。


「ふたりがご飯を取りにいったあと、すぐに『火がつかないから、どうやってやるかみせて』って来たのよ。だから、夢見ちゃんが教えて……」


「そしたらあいつら『わかんない、わかんない。教え方が悪い』ってバカみたいに騒ぎ始めて」


 夢見ちゃんが、ぎりぎりと歯ぎしりをする。


「で、おれが『いや、だからね』って教えようとしたら、『そっち男子がいるんなら、2班のカマドでもう一回やればいいじゃん。わたしたち、野球部どっか行っちゃったし』とか言い出して……」


 追い出されたらしい。


「お前、それでもCBかっ! カマドを守り切れよ!」


 悠馬君が怒鳴る。”せんたーばっく”ってなんだろう。


「言うてやるな、悠馬。あれ、おれらが見てても引いたぞ」

「加勢してやろうとおもったんだけど……。ごめんね、夢見ちゃん、舞姫ちゃん」


 向かい合わせのカマドから急に声がかかって、みんなでそっちを見る。


 1班の子たちだ。

 サッカー部と女子テニス部の子たち。申し訳なさそうに肩をしょぼんと落としていた。


「最初さぁ、火をつけるときとか、結構手伝ってやったんだぜ、俺たちだって。ほら、向かいだしさ。なあ」


「うん。だけど、『危ないからやだ』とか『これ怪我したら誰が責任取るの』とか『端っこだから紫外線気になる』とか言い出してさ。だから余計に真ん中のカマドがよかったんじゃない?」


 サッカー部と女子テニス部は顔を見合わせ、同時にため息をついた。


「あんたたちはもう日に焼けようがなにしようがどうでもいいんだろうけど、って言われたら、こっちも腹立ってきて……」


 女子テニス部、確かに外での活動だもんね……。


「紫外線気になるのなら対処して来いよっ」


 確かに、全身養蜂家の舞姫ちゃんのいう通り。


「やっぱ、俺、もう一回抗議して……」

「いいよ、放っておこう、悠馬君」


 わたしはにっこり笑って4班のみんなを見回し、断言した。


「だって、あのカレー絶対おいしくないもん」

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