第5話 校外学習前

「え、嘘でしょ! あのチビ、気を遣えるチビなの⁉」


 驚いた声を上げたのは、舞姫ひめちゃん。

 いまは、来週に実施される校外学習の班で「役割」を決めていたところだ。


「うちの今までのペアなんて最悪だったわよ、日誌全部私に書かせてさ」

 舞姫ちゃんが眉根を寄せて言い、足を組みかえる。


 芸能事務所に所属していて、現役のモデルさんでもある舞姫ちゃんは、わたしとは違うほれぼれするようなきれいな脚。


「舞姫ちゃんだけじゃないって。あたしも、あたしも」


 弓道部の夢見ろまんちゃんがわたしの向いで手をひらひらさせ、話題の中心である日誌を書いている。


「ってか、男女関係ないって。強化部がペアになった段階で終わってる。だってあいつら午後は練習でいないし、遠征だなんだで平日だってすぐいなくなるし。結局残務処理はあたしたちなんだって」


 カリカリとシャーペンを走らせて、夢見ちゃんは日誌の空欄を埋めていく。


 いま優先すべきは、わたしが机に広げている校外学習役割表の内容の書き込みなんだけど。


『ごめん、ちょっと書かせてね』

 と、夢見ちゃんが書き始めたのだ。


 それを見て、わたしが『え、なんで夢見ちゃんだけしか書いてないの? 今日のペアは?』って尋ねたのが事の発端。


『はあ? 智花ちゃんはいっつもどうしてんの? ペアはあのチビでしょ? 強化部でしょ?』


 夢見ちゃんが言うから、


『悠馬君、午後から教室にいないから、いつもは午前中の日誌で書けるところは書いてくれる。午後はわたしに任せるしかないから、って』


 そう答えたら、冒頭の舞姫ちゃんの台詞に戻る、というわけだ。


「強化部なんて、自分のことしか考えない嫌な奴だとおもってたわ。気が遣えるようなやつもいるのねぇ」


 舞姫ちゃんが優雅に肩を竦め、ポニテにしたつやつやの毛先を指で巻き取った。


「っていうか、字が書けるのね。あたし、強化部のやつらが日誌を書かないのは字が書けないからだとおもってた」


 夢見ちゃんの声が聞こえたらどうしよう、とひやりとしたのだけど。


 偶然、教室の中心から爆笑が巻き起こる。

 視線を向けると、女子柔道部とチアダンス部。


 女子柔道部は強化部だけど、学園内におおきな柔道場を持っているから移動の必要がなく、普通に午後も授業を受けている。


 チアダンス部となにか笑いながらかけあいをしているから……。聞こえなかったみたい。


 あそこはいわゆる勝ち組。


 女子柔道部の最速せなちゃんは、1年生ながら関東大会まで進出しそうだし、チアダンス部は強化部の応援に花を添えている美人ばっかり。


「……まあ、みんな忙しいもんね……」


 つい口をついて出ちゃうのは、わが身を振り返るから。


 強化部だった剣道部に入るため、この高校に来たのに、その剣道部が訴えられて、現在活動休止中……。


 ついでにいえば、夢見ちゃんも戦績はすごいけれど、強化部じゃない。

 舞姫ちゃんだって、テレビやCMにも出演する芸能人だけど、やっぱりスポクラの中では異質。


 公式試合の結果がそのままクラス順位みたいなところのあるこのクラスにおいて、わたしたちは、なんだかんだで、ちょっと浮いていて……。


 午前中みたいに巨大勢力の野球部やサッカー部がいるときは、なんとなくうまくやっていけるんだけど。


 こうやって午後みたいに女子が多いと、なかなかクラスに紛れ込めない。


「あーあ。私、行きたくないなぁ、校外学習」

 ぷう、と、うるうるの唇を尖らせて舞姫ちゃんが言う。


「どうせあいつらが幅利かせるの、目に見えてるじゃん。そんななかでさ、ちまちまちまちまカレーなんて作ってられないわよ。あーあ、なんでこの高校きちゃったかなぁ、私」


 一週間後に開催される校外学習。

 みんなでバスに乗り、近くのキャンプ場に行くのだ。


 そこで半日、カレーを作ったり食べたり……。川遊びするみたい。


 わたしは、さっき担任から配られたプリントに視線を落とす。


 校外学習について、という表題の書かれたその下には、「クラス目標」とあり、さっき女子柔道部たちが決めた「みんなで力を合わせて至高のカレー作り」とわたし自身の字で書きこまれている。


 班員のところには、舞姫ちゃん、夢見ちゃん、わたし、悠馬君、光流君の名前。

 班は4班。


「みんななかよく、なんて幻想、幻想」


 まだ今日一日が終わっていないけど、夢見ちゃんは「今日の感想」のところにサラサラと文字を書き込みながらいう。


「出席数を確保するためだと割り切りましょ。舞姫ちゃんだって高校卒業は必須でしょ」

 夢見ちゃんは言う。


「そんなのもう、いま通信でもとれるじゃん。やっぱ休もうかなぁ。日焼けもやだし」

 なげやりな舞姫ちゃんにわたしは慌てて声をかけた。


「一緒に行こうよ、ね? きっと楽しくなるよ、うん」


 わたしは笑顔を向ける。

 夢見ちゃんはわたしを一瞥してため息をついただけだったけど。


「……ま。気の遣えるちびもいるしね」


 ネイルをきれいに施した指で舞姫ちゃんがプリントを指さす。

 そこにあるのは、悠馬君の名前だった。

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