第2話 お弁当
「おい、そっちにあったか」
「ねぇな。ちっ、あいつどこに隠しやがった」
「バッグ持って行ったんじゃね?」
「いや、手ぶらだった。それはおれが確認済みだ」
男子たちがごそごそと悠馬君の机や教室後ろのロッカー付近を探っている。
わたしはドキドキを押し隠し、何食わぬ顔で日誌を書いた。
二時間目の欄に「現国」と書き込み、習った単元は「未来をつくる想像力」。
シャーペンで文字を書きながら、ぎゅっとお腹を机に押し付ける。
ばれないように、できるだけ身体を丸めて机に密着させた。
気分は抱卵する鳥。
「……ねえ、ちょっと
「ひぇぇっ!」
不意に男子に名前を呼ばれたから、変な声が出た。
ビクってなって顔を上げると、いつの間にか男子たちに席を囲まれている。
「な……なに?」
できるだけにっこり笑って見せる。
剣道って、試合では「男女」で別れるけど、わたしがお世話になっている教室では、稽古や練習試合は割と男女一緒になる。
だから相手がパパさん剣士だったり、大学生の男の人だったりもするから、「体格の大きな男の人」に免疫はあるんだけど……。
スポーツクラス。
通称スポクラの男子って、化け物かっていうぐらい、でかい。
高校一年生にして170㎝越えなんて当たり前。なんなら体重が一か月でいくら増えたかを競い合うぐらい。
そんな男子六人に机を取り囲まれているわたし。
これ、普通の高校一年生女子なら泣いているよ?
だって、男子たちの高身長のせいで、窓からの日光が遮られ、わたし、薄闇の中にいるもん、いま。
「ちょっとさ、立ってみてよ」
「なんなら、ジャンプして」
「なんで机に密着してんの?」
「ほら、ばんざい。ばんざいをまずしてみて。んで、椅子を後ろに移動させて」
ぐいぐいと男子たちが輪を詰めて来る。
ひいいいいいいい。
こいつら、絶対嗅ぎつけている! わたしが悠馬君のスポーツバッグを持っていることを臭いで知っている!
悠馬く――――ん!! 早く戻って来て!
「うらああああ! なにやってんだよ、お前ら!」
だああああん、と教室の横扉が開く音がした。
この声は悠馬君!
わたしを取り囲む男子たちも振り返り、怒鳴り返した。
「悠馬あああああ!」
「お前、卑怯だぞ、智花ちゃん使って鞄隠すなんて!」
「何て野郎だ!」
口々に男子たちが罵声を発するけど、悠馬君は怯まずに走ってきた。
男子たちの囲みを突破して華麗に登場したのは、随分と小柄な悠馬君。
身長もそうだけど、体重もあんまりないから、制服がぶっかぶか。
女子たちから「ちっせ」と言われているけど、いまのわたしには勇者に見える!
「ごめんな、智花ちゃん! お待たせ!」
「ううん! 守り切ったよ!」
わたしは椅子をずらし、膝に置いていた悠馬君のスポーツバッグを彼に差し出した。
「あ! やっぱり智花ちゃんが持ってた!」
「ずっりぃな!」
怒鳴る男子たちを見上げつつ睨み、悠馬君が言い返す。
「他人の弁当を毎回盗み食いする奴らに言われたかねえわ!」
……そうなのよね、とわたしはうんざりする。
男子たちが狙っているのは、悠馬君のお弁当及び
日直のわたしたちは休み時間に机を離れることが多い。
タブレット授業の準備とか、授業で使う備品の運び込みとか。
もちろんホワイトボード消しとかもそう。
で、自分の席に戻って来て。
さて、補食をしようと思ってスポーツバッグを開けたら……。
誰かに食べられてない、とか。
そんなのが入学直後から続いていた。
だから、今日こそは役割分担。
悠馬君が職員室までノート運びをやってくれている間、わたしは彼のバッグを守っていたのだ。
「昨日だって、誰か俺の弁当食っただろ!」
悠馬君が怒鳴ると、男子たちが言い返す。
「昨日は見ただけだろ!」
「ひでえな、泥棒扱いか!」
堂々と言っているけど、いっつも食べてるからね、この男子たち……。
「だいたいお前、通学生なんだからいいじゃねえか、ちょっとぐらいくれても!」
「そうだぞ! 俺たちはみんな寮生なんだ!」
とうとう開き直りはじめたよ……。
わたしは頭を抱えたくなる。
……まあ、確かにここにいるのは……というか、クラスの半分は寮生。
ほとんどが他県から来ているから、寮で生活をしている。
もちろん、外出は出来るし、買い物だって自由にできる。
……建前上はね?
強化部に限らず、入寮している一年はだいたい一学期の間は、ほぼほぼ決められた日以外、外出できない。特に男子は。
入出金も日が決められていて、買い物日も決まっている。しかも個人行動はできない。集団移動。
ちなみに野球部については携帯が取り上げられていて、親への連絡は寮に設置された公衆電話のみ。
だから……。
「もうお菓子もパンもプロテインも食い尽くしたんだよ!」
「おかぁに電話したけど、物資が届くのは明後日なんだ!」
「お前、家から通ってんだから、食料余りまくりだろう!」
腹をすかせた男子たちは、通学生のバッグを漁る……。とんでもない話だ……。
「だからって人の飯を食うなっ」
悠馬君が当然のことを言うが、男子たちはそれを上回る勢いで怒鳴り返してくる。
「ちっ。仕方ねぇな」
最終的に悠馬君はスポーツバッグに手を突っ込み、なにかを掴みだした。
「くらえ、うりゃああ!」
言うなり教室中にそれを放る。
「わー! ミニえいようかんだ!」
「シリアルバーもある!」
「キャラメル、キャラメル!」
バラバラバラッと硬い音を立てて教室の床に散ったのは、ミニえいようかんや個包装のシリアルバー(プロテイン入り)。他にもキャラメルやチョコもあったらしい。
きゃっきゃいいながら男子たちは拾いに行き、それをクラスに残っていた女子たちが冷ややかに見つめながら、パウチのゼリー飲料を飲んでいる。
女子の足元に落ちたものも迷いなく拾う男子もいるけど……。
いや、女子スカートなのに……。それより、ミニえいようかんを見つけて喜ぶって……。
女子も冷たい……。視線が冷たい……。
ちがうちがう。そんなことよりも。
「……いいの? あれ」
わたしの後ろの席に座った悠馬君に尋ねる。
結構な量だし、金額的にも……ねぇ?
「親から『寮生にあげなさい』ってもらったやつ」
悠馬君はスポーツバッグを机の上に置き、中からアルミホイルに包まれたでっかいおにぎりを取り出した。今日の補食らしい。
「親からの差し入れ、って渡しゃあいいんだけど……。しゃくにさわるだろ?」
言いながら、もう一回左手をバッグにつっこみ、握りこんだものを教室に放る。
喜んでいるのは男子ばっかりで、女子はとうとうきつい声を飛ばしてきた。
「やめなよ、悠馬君! 当たんだろ、こっちによ!」
「悪ぃ、悪ぃ」
悠馬君はなんでもないことのように言い、おにぎりのアルミホイルをぱりぱりとめくって……。
「………ふう」
がぶり、といくのかと思いきや、とりあえず一息。
わかるなぁと、わたしは少しだけ気の毒に思う。
身体を大きくするためには、とにかく食べなくちゃいけない。
朝・昼・晩は当然のこと、学校の休み時間、部活前、部活後(20分以内)、夜寝る前と、とにかく小柄な生徒ほど食事の量をうるさく言われる。
悠馬君だって、きっと朝ご飯、めちゃくちゃ食べてきてお腹すいてないだろうに……。
この爆弾みたないおにぎり……。
「一軍昇格……っ」
呪文を唱えるみたいに悠馬君は言うと、おにぎりにかみついた。
次の授業で。
「おい、悠馬。寝るな、顔を起こせ」
「……うっす」
数Ⅰの先生に教卓からそう注意された。がたっと音が背後でして、悠馬君が姿勢を正したらしい。
眠くて机につっぷしているわけじゃないだろうなぁ。
ちらりと背後を見る。
だって。
悠馬君は真っ白な顔で口を押え、必死に吐き気と戦っていたから……。
そんな悠馬君を見て男子は笑い、女子は「だっさ」と冷たく言い放っていた。
が……がんばろうね、悠馬君! 一軍昇格のためだよ!
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