第5話
待ちながら情報を整理してみよう。俺たちの懸念点は3点。
1・相手が複数だった場合。これはもうお手上げだ。喧嘩を売った時点で俺の負けだった。そん時はせいぜい足掻いてやろう。
2・相手にバッテリーの制約がない場合。まあその場合は1時間後にまた上るだけだ。幸いこちらにはちくわ大明神様がついている。5袋持ってきたから、10%くらいは回復するかな。
3・敵影に写らない敵がいる場合。これは十分ありうる。俺たちが勝ち誇ってる後ろにこいつを控えさせておいて、ふいうちで一気に……怖すぎるな。上階に誘い出す理由はこれな気がしてきた。モミワーでも、隠密中は移動が制限されるから誘い出すのが定石だ。”察知ロール”とか魔法で炙り出せるけど、毛玉は能力値低そうだしなあ。まあその時はその時だ。上りながら対策を考えよう。
「お前、”察知ロール”に自身あるか?」
「自信ないっす。」
そりゃあそうだろうけど、自信満々に言うなよ。
後は相手からも実はこちらの姿が見えている、というパターンを考えたが、ふいうちが成功し続けている事を考えるとなさそうだ。いや、そう思わせる罠…?それに、相手もちくわに相当する物を用意していたら…?くぅ~、疲れた。わからん。
1時間が経った。俺のバッテリーは68%になった。出すのに6%、1時間維持に7%、かな?出すのに6.7%で、維持に6.9%かもしれんし…。まあだいたいがわかれば十分か。しかし、今はじっとしてるからこれだけの減少で、戦闘で激しく動くともっと減る、とかだったらもうわからんな。
「上の敵影は?」
「動きはないっす。」
うーん、やっぱりクソ野郎にはバッテリーの制限がないのか?それとも実は上の2匹で最後だから、それほどバッテリーの消費がないとか?考えても仕方ないか。
「進もう。」
「進むんですか?敵は減ってないっすよ、罠じゃあないんすか?」
「罠…かもなあ。正直、わからんすぎてな。」
「ちょ、ちょっと!適当じゃないっすか!頼みますよ、師匠!」
「うるせえなあ。なら、自分で考えて行動してみろよ。俺は色々考えた上で進むって言ってんだよ。」
「ええ…?じゃあ、いいっすけど。」
毛玉は不満そうだが、黙って従うようだ。正直、適当になっている。もう考えるのにも気を張るのにも疲れた。この先に何が待っていようと、アドリブでなんとかしてやる。確実なのは、相手の敵影がこちらからは見えるって事だ。
階段を上がっても、6階に敵影はなかった。さっきまで監視していた、この5階の2匹だけだ。いつもなら階段をのぼると、上の階の敵影に気づいたものだが。
「本当に見えねえの?」
「いないっす。間違いないっす。」
「敵の気配?だっけ。それはまだ感じるか?」
「敵意っすか?さっきより近くなったからですかね。方向がわかりますよ。隣のビルからっす!」
隣のビル?上の階からじゃあないのか。
「敵意を感じる大きさみたいなのは変わらないのか?」
「そうですね。なんというか、じんわりと感じていたものが、中心に近くなってよりはっきりわかるようになったというか…。」
つまり、ゴブリンたちが発しているものじゃあないのか?敵意ってのは俺やクソ野郎みたいに、ユーザーから感じるものなのかな。どちらにせよ、何かしらの位置がわかるのはありがたい。まあ、相手も敵意ってやつを感じていた場合、全くアドバンテージになってないんだが。
「とりあえず他に敵がいないなら、今まで通りの手筈で、さっさとこの階のゴブリンを倒しちまおう。」
「はい!」
だが、ゴブリンのいる方向へ、そろりと向かっている途中に、毛玉が声を上げた。
「あ。」
「どうした?」
「目の前のゴブリンがもう1体と合流してます。」
「げげ。つまり、2体揃ってるから、ふいうちは無理ってことか?」
「今は…そうっすね。1体だけならいけるかもしれないですけど。」
2匹なら1匹をふいうちで倒して、ごり押しで倒すのもありか。でも相手の手の内がわからない以上、だいぶリスクはある。
「ふいうちって、ゲーム的には1ターン余計に行動できるよな?それって今までの感覚としてどう感じた?」
「どうっていわれても、ずっとふいうちしてますから、普通の感覚と比べられないっすよ。」
たしかに。普通に戦うとしたら、これが初めての”普通の戦闘”だしな。
「ふいうちで倒して、あとは流れでいくか。いや、いったん引くべきか?でもここまで来たし、相手が何も考えていない場合も…。」
わざと毛玉にも伝わるように独り言をいう。
ここまで何不自由なく上って来れたのは、相手の罠だという可能性は十分にある。今まで「どうぞふいうちしてください」と言わんばかりに、バラバラで配置されていたゴブリンが、この階で集まっているのも妙だ。さっきまでバラバラだったのに、俺たちが上がってきたのがわかっていたように集まっている。
隣のビルをちらりと確認してみるが、人の姿もゴブリンの姿も見えない。敵意がわかっても、どの階にいるかもわからないしな。あーもう考えるの面倒になってきた。
「お前はどうしたい?」
「へ?」
毛玉は急に自分の意見を聞かれたからか、うわずったまぬけな声を出す。
「ここで戦うのは罠な気がする。だけど、モタモタしてたって仕方ねえし、隠れて奴らの横を通ることもできそうにない。正直どうすべきか、俺はかなり迷ってる。だから、相棒のお前に、どうしたいのか聞いておきたいんだ。」
毛玉の目をまっすぐ見つめて、真剣さを訴える。
「あ、相棒?」
そこを拾うなよ。
「そう、相棒のお前に。一番大事な、相棒の、お前に。」
声に抑揚をつけて、伝えたいことをしっかり強調する。
「え、えっと。わたしは…師匠に言われた通りに戦うだけっす。」
毛玉は自分の扱いに、戸惑っているように見える。
「いやいや、お前の意思で決めていいんだぞ。戦っているのはお前だ。俺の考えじゃない。お前の考えで決めるんだ。」
なるべく優しめな声を出すよう努める。
「師匠…!師匠の言うことなら、わたしは何でも従うっす!」
はぁ~、クソが。
「そうじゃねえよ!俺だけの決断で決めたくねえからお前にも聞いてんだよ。俺は、この後何かあったら、その決断をしたお前のせいにするつもりなんだよ!」
「ええ…?そんな事言われたら決めにくいんすけど。」
「いいから決めろ!さあ決めろ!すぐ決めろ!」
「な、なんすかそれ…。」
「はい!毛玉さん、どうぞ!」
回答を急かす。
「ええ…?じゃあ~…。」
「はい!早く!すぐ決めて!今決めて!」
毛玉は俺から目をそらし、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「どうしたの!?早く!バッテリーなくなっちゃうよ!?」
チラチラこちらを見ながら、鼻と眉間にシワを寄せている。
「毛玉ちゃぁん!?聞こえてますかぁ!!ほら、はよぉ!!」
「あーいいっすよ!戦いましょう!やってやりますよ!!」
毛玉はふっきれたように、大きな声で答えを出した。
「おぉー、いいね。じゃあその結果、俺が死にそうになったらお前が盾になれよ。」
「いや、師匠は最初から守る気で…。」
「守れよ!絶対俺にケガさすなよ!」
「わかってますよ!」
「はい言った!言質とったからな!いいか!絶対守れよ!」
「……うるっさいなあ。」
「うるさいとはなんだ。我、師匠ぞ?」
毛玉は犬のように、鼻で大きな溜息をついた。
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