第6話

 まだ眠そうにあくびをする毛玉から、AI様の気配は微塵も感じられなかった。


「お前、今成長のためにかなり深く眠ってたんだぜ。それで、お前の代わりにアルファとかいうクソAIが出てきたんだが。アルファって言われてさ、何かわかる?」


「うーん?あるふぁ?わからないですねえ。」


 本当かどうか怪しいが、知らんらしい。というか、なんだか言葉使いが変わってるような。


「ねえねえ!それより師匠、どうっすか!このかっこよくて、強そうな身体!」


 そう言って、しっぽをふりふりさせながら、あぐらを書いている俺の足元へ寝転がろうとしてくる。ふわふわな毛が、暑苦しい。


「まあ、手足のない毛玉よりマシだな。」


 乗られるより前に、すっと立ち上がって絡まれるのを防ぐ。


「ちょっとー!師匠、いいんですよ、もっと撫でたりしても~。」


 新しく生えてきた自分の前足や後ろ足が相当自慢なのか、やけに撫でさせようとしてくる。


 というか、前は頭が悪くてクソウザかったが、今はクソみたいな絡み方がウザいな。


「お前、毛とか飛ばすなよ。掃除もめんどくさい。あんまりウザいとモミワーから出さないからな。」


「え~?…はーい。」


 不満そうにしているが、いうことは聞くんだな。いい心がけだ。そういえば、普通に会話できてるな。もしかして、前に聞いたこと、今度はちゃんと答えてくれるんじゃないか?


「それでさ、モミワーの中っていうか、スマホの中ってどんな感じなんだ?」


「えっと…なんか暗くて狭いっすね。」


「暗い?この画面みたいに、森とか川とかあるんじゃあないのか?」


 そう言ってモミワーのホーム画面を毛玉に見せる。そこには、森の小道が表示されている。


 ホーム画面には、本来ならここに、毛玉たちモミワーのキャラクターが動き回っている。だが今毛玉は目の前にいるので、背景しか表示されていない。今表示されているのは、毛玉の設定と関係のある、森みたいなところだ。各キャラクターで町だったり戦場だったり色々だ。毛玉の場合は、主人公と出会ったという森の小道、なのかな?


「いや~…こんな感じではないっすねえ。」


「ふーん。じゃあ、そっちからこっちの世界は見えるのか?つまり、モミワーに入ってる状態で、俺の声とか姿とかどう見えるんだ?」


「師匠とか、外の声は聞こえますね。姿は…えーっと、遠くに窓があって、そこに見える?みたいな感じっす。でも、本当はよく見えないんすよ。それで、その窓までは近づけなくて…。うーん、伝えるのが難しいですね。」


 こいつの説明はわかりづらいが、俺の頭が想像したのは、牢獄だった。もっと快適な感じかと思ってたけど、難儀だな。


「スマホの画面をタッチすると、お前はこっちに気づいたけどさ、そういうのもわかるのか?」


「あの時は…触られたって感じじゃなくて…うーん。なんか、わかったんすよねえ~。師匠が呼んでる!みたいな。」


 なんだそりゃ。第六感的なものか?いやでも、データに第六感とかあるのか?毛玉自身も首をかしげながら、うーんうーんと考えている。こいつ自身もよくわかってないようだな。


「まあ、いいや。とりあえずタッチもなんとなくわかると…。あとは、そうだなぁ。」


 いろいろ聞きたい事はあるはずなんだが、いざ聞くとなると、出てこなくなる。


 モミワーを確認しながら、聞こうと思っていた事を思い出そうとする。その時、第2章のストーリーが目に留まった。第2章のプロローグは、簡単に言うと魔王ダークフォースが復活したので、プレイヤーであるサモナーと仲間であるルナや毛玉たちが、ダークフォースを討伐しに行くというキャンペーンシナリオだ。今回実装されたルナや毛玉がシナリオ上優遇されてはいるが、従来のキャラクターでも十分楽しめる。


「お前、ダークフォースってわかるか?」


 このシナリオと同時に実装された毛玉なら、このシナリオの事も知っているだろう。ルナや他のキャラクターも知っているのだろうか。


「ダークフォース?わかんないっすね。」


「え?そうなの?お前と一緒に実装された設定だぞ?」


「わたしが知ってるのは、師匠と会った時の事だけっすからねえ。」


「じゃ、じゃあ、ルナとかセルヴァンとかも知らないのか?」


「知らないっすけど。」


 マジかよ。さも知らなくて当然みたいな態度しやがって。


「待て待て。基本的な事を聞かせてくれ。」


 そう言って聞こうと思った言葉を一瞬飲み込む。毛玉の存在意義というか、自意識的な部分を否定してしまいそうで、本当にいいのか考えてしまう。だがいつかわかることだ。早いほうがいいだろう。それに、この気遣いは今更な気もしてきた。


「お前さ…その…モミワーのキャラクターだっていう…自覚みたいなのは、あるのか?」


 恐る恐る聞いてみる。


「ありますよ。わたし、超人気ゲームのキャラクターなんですよね!」


 だが、毛玉は明るく元気にあっさりと、衝撃的な事実を平然と言った。ほんのちょっとだけど、心配して損したな。というか、こいつ、自分で言ってる意味が理解できているのか?


「そうだけどさ。マジかぁ…。じゃああの、お前以外のキャラクターもこの世界に現れてんのかな?」


「さぁ~?知らないっすね~。」


 クソ、そりゃそうか。ルナもいるのか知りたいなあ。いたら絶対会いたいし。


「ゲーム的な感じでさ、HPとか攻撃力とか、そういうのは自分でわかるものなのか?ステータスウィンドウが見えてるとかさ。」


 そういって、モミワーに表示されているステータスを毛玉に見せる。


「うーん、こういう数値とか、HPとかは自分ではわかんないっすね。」


「この、スキルとかは?」


 毛玉のスキル欄には、「隠れる」と「奇襲」、「体当たり」がある。


「技は…何を覚えてるかとかはわかんないっすけど。多分、出せそうっす。出しましょうか?」


 一瞬、好奇心で「ぜひに」と思ったが、すぐに思いとどまる。


「いやいや、いい。危ない、怖い。」


 隠れるくらいは試したいが、これって奇襲するか攻撃されないと解除されなかった気がする。奇襲されたくないし、俺も殴りたくないし…。


 しかし驚いたな。ゲームのキャラクターと言えばそうなんだろうが、生き物のような印象も受ける。ますますこいつの存在は謎だ。


「なんでゲームから出てきたんだ?」


「師匠に会うためっす!」


 クソどうでもいい理由を、クソ元気に答えるクソ毛玉。


「いや、そういう事じゃなくてさ。お前が出てきた理由っていうか。目的だよ目的!」


「師匠に会いたかった、それだけですよ!」


 だめだこいつ…。まあ、こいつの設定にもそれしか書いてないし、ダークフォースの事も知らんなら仕方ない事なのか。


 次に聞くことを考えるため、またモミワーに目を落とす。そこで、画面の時計が目に入り、もう夕方であることに気づいた。


「もうこんな時間か。」


 時間を自覚すると、急に空腹を感じた。


「飯買ってくるけど、お前、成長して好みとか変わったのか?」


「ご飯っすか!?ちくわがいいっす!ちくわ食べたいっす!」


「…そう。」


 相変わらず、安上がりで助かる。




 それからしばらく、毛玉との生活が続いた。最初はうっとおしい事この上なかったが、四足歩行の生物に成長してからは、結構役に立っている。この姿なら、犬として連れ出しても、周りからは全く疑われない。少し変わった猫っぽい犬って感じだしな。その事実に気づいてからは、買い物の荷物持ちとして連れ出している。俺なんかより相当力があるようで、器用に背中に乗せたり口に咥えたり、大量の荷物を苦もなく運んでくれる。


 あと、こいつを連れていると、知らない女性からチヤホヤされる事が増えた。「買い物のお手伝いなんて、賢いワンちゃんですねー!」と話しかけられたのは、両手で数えたんじゃ足りない。「私のしつけがいいんですよ。」なんていうと、尊敬のまなざしで見つめられる。まあ、「しつけのコツ教えますよ。連絡先でも交換しませんか?」と続けると、大抵照れて去って行ってしまい、特に発展とかはしないのだが。こいつには、奥ゆかしい女性をひきつける魅力があるのかもしれない。もっと積極的でセクシーな女性をひきつけてほしいものだ。


 大家も、毛玉が成長した姿を見てから、事あるごとに様子を見に来るようになった。それ自体はうっとおしいが、差し入れを持ってきてくれたり、使わなくなったキャットウォークをくれたり、家賃を少し下げてくれたり、何かと面倒を見てくれるようになった。毛玉の生態は相談できないが、それ以外の事は相談に乗ってくれる。


 とにかく、こいつといるのもそれほど悪くない。うっとおしい事は多いが、ただの犬猫を飼うより、何十倍もメリットがある。餌もちくわですむし。

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