初戦闘

第1話

 そんな生活が2週間ほど続いたころ、知らない人からSNSでメッセージが届いた。


「こんにちは。あなたの投稿を見ました。私も同じ立場です。ぜひ、会って話がしたいです。ところで、私は、モミータとは関係のない、社会の一部です。」


 モミータが関係する投稿というと…。普段からモミータの悪口ばかり投稿しているからな。どれの事だろう。名誉棄損的な事か?いや、さすがにそれは。


 というか、限りなく怪しい。日本語もおかしいな。こりゃ詐欺メッセージか。


 連絡してきたアカウントを確認したが、何も投稿されていない。アカウントの作成日は…1週間前。捨てアカウントか?IDも初期のままだし、相手の手がかりはまったくない。だが、アイコンだけ設定されていて、可愛い感じの女性の横顔が写っている。逆光っぽくてよく見えないが、多分可愛い。


 普通の考えなら、返事を返すか、悩むところだろう。だが俺は、こういう連絡には返事をするようにしている。非日常の扉はどこに転がっているかわからない。「まきますか まきませんか」と聞かれて、怪しんで断る奴の気が知れない。俺なら即「まきますか」に丸を書いて、のし付けて送り返す。第一、SNSのメッセージをやりとりしただけで、すぐに金品を巻き上げられたり、命を奪われたりする事など無い。命の危険があるとすれば、そこには必ず、お互いの物理的な接触が必要になる。とりあえず、なんの事か聞くだけでもしておこう。気になるし、可愛いし。


「はじめまして、こんにちは。外国の方ですか?突然で驚きましたが、とても可愛らしい方から連絡が来て、うれしいです。それで、同じ立場とはどういうことでしょうか?」


 イヤらしさを抑えつつ、今の気持ちを素直に表現する。女性にはそれが一番いいと聞いたことがある。我ながら完璧だ。メッセージに返答すると、すぐに既読マークが付き、返信が来た。


「話すのに、翻訳サイトを使っています。アメリカ人です。白い可愛い動物の事です。今は無いですが。いいですか?」


 何言ってんだ、可愛い動物?ペットの投稿なんてした覚えはない。えーと、アメリカ人か。アメリカ人の女性といえば、金髪ブロンド。そしてグラマラスでセクシー。よし、もう一度、金髪ブロントのセクシーな女性が話しているように、脳内変換して読み直す。


 すると、「白い可愛い動物」という単語に、記憶のピースがぱちりとはまった。


 数週間前の、35人しか閲覧しなかった、毛玉の投稿。あれを見ていた人がいたのか。すぐに消したけど、見てるものなんだな。しかも外国人が見るなんて。でも、なんで今更?


 毛玉の事を指しているとすれば…。彼女の元にもキャラクターが具現化して、困っているという事だろうか。返答は、わかる者にだけわかるように、さりげなくキーワードをちりばめる。これで彼女に知的さをアピールだ。


「なるほど、白い可愛い動物ですか。たしかに、僕にも白い毛玉を愛でていた時期がありましたね。でも、貴方の方がとっても可愛いですよ。ああ、貴方が今すぐ、スマホから飛び出してきてくれたらいいのに。」


 これで、スマホからキャラクターが具現化するという事象が伝わるはずだ。俺と彼女だけの秘密の会話。スパイみたいでテンション上がるぜ。


「はい、そうですね。それで、会えますか?いつどこで会えますか?」


 おいおい、最初からぐいぐい来てると思ったが、もう俺に夢中かよ。やっぱ俺の魅力がわかるのは日本人じゃない、アメリカ人なんだ。ビッグドリームアメリカ、万歳!


 …なんてな。俺もバカじゃあない。こんなクソ怪しい奴にホイホイ会うわけがない。冷静になって状況を整理しよう。


 こいつの目的はなんだ?もうすでに削除している投稿を掘り出して、会いたいとのたまう。俺に興味があるのではなく、毛玉に興味がありそうだ。新種の動物を研究したい研究員?だが、モミータの名前を出している。俺がモミータの悪行を多く投稿しているから、モミータの名前を出したのか?だからってモミワーの知識がなければ白い動物=ピコリン=モミワー=モミータとはならないんじゃあないか?それに”同じ立場”ってどこの話だ。同じくモミータに不満を持つ者ですって事か?それなら、白い可愛い動物の話なんてしないだろう。もしモミータ関係者なら正直に名乗って対処をした方が、企業イメージとか法律とか、はよくわからないが後腐れはないだろう。わざわざ騙して呼び出す方がリスキーだ。やはり、俺と同じ、モミワーからキャラクターが具現化したプレイヤーだと思うのが自然じゃあないか?


 自分は特別で、選ばれし存在だからこそ、毛玉が現れたと考えていた節もあった。だが、客観的に見て、俺なんかその辺の一般人以下だ。そういう俺にこんな不思議な事が起きたなら、実はもっと大勢に同様の事が起きているべきなんじゃあないか。


 だめだ、考えに希望的観測が含まれている。冷静に考えようなんて思ったが、どうしても金髪ブロンドセクシー美女が頭をチラつく。だって、自分と同じ立場で、困ってて、その子が俺を頼って、勇気を出して、翻訳してまで連絡してきてくれて。それを無下にするって、それもう漢じゃあないじゃん。同じ境遇の俺たちは、苦悩を共にしているうちに心が通い合って、お互い気づかない内に好きになって結ばれるってやつじゃん。そうじゃん。


「わかりました。次の休みなら会えますよ。場所は貴方が提案してくれてかまいません。男性の僕より、女性の貴方が指定した方が安心でしょう。」


 あくまで紳士的に、彼女の気持ちが一番だとアピールする。


「ありがとう。ここでよろしく。」


 という淡白な文章と共に、住所の情報が送られてきた。地図アプリの見たことのない地域にピンが立つ。どういうお店だろう。隠れ家的なオシャレ喫茶かな?付近の写真を確認する。


 ……オイオイオイオイ、廃ビルじゃあねえか。人目のつかない場所で会いたいなんて、大胆なのかはにかみ屋さんなのか。積極的だぜぇ、ってバカタレ。


 …マジかよ。嫌な予感にゾワリとする。やはり罠か。呼び出して怖いお兄さんが出てきてボコボコにされてお金盗られて預金通帳も奪われて山に埋められるやつか…。


 だが、これは………ギリセーフ!恥ずかしがり屋の彼女なら、廃ビルをチョイスすることもおかしい事じゃあない。後々、「僕たちの出会いは廃ビルです(笑)」なんて、笑い話になるだろう。金髪ブロンドセクシー美女のためなら、行く以外の選択肢はない。


 それに、何かの罠だとしても、俺と同じ立場であることは、ほぼ間違いないだろう。逆に利用して色々聞きだしてやる。毛玉がどれほどの戦闘力かわからないが、女相手なら組み伏せられる。




 ブロンド美女の誘いが罠だった場合を想定して、準備を整えよう。まずは毛玉のレベルアップだな。モミワーでは、レアリティアップを行うと、レベルが1に戻る。だが、ステータスへの補正や、レベルアップ報酬の選択肢が増えるなどの影響で、レアリティが上の方がキャラクターの使い勝手はよくなる。まあ、レベルの上げ直しは結構面倒だが。


 今の毛玉は、レベル2。レベルを上げた覚えはないんだけど、1から2に上がっている。なんでだ?


 モミワーの画面を操作して、レベルアップアイテムを毛玉に使用してみる。しかし、経験値バーがいっぱいになっても、レベルはあがらない。そういえば、AI様が正規の手段では成長しない、みたいな事言ってたような。この2週間で勝手にレベルが1上がってた理由はなんだ?つうか、レアリティアップだけじゃなくて、レベルアップもできねえのかよ…。これ結構やばいのでは?とはいえ、2に上がった条件がわかれば問題はないな。毛玉に聞いてみるか。


「なあ、勝手にお前のレベルが上がってんだけど。お前さ、レベルアップとかレアリティアップとかの条件って知ってるか?」


「ええ?モンスターと戦って経験値を貯めれば上がるんじゃないんすか?」


「まあ、ゲームじゃあそうだけど。はぁ…。それで上がってたらお前にゃあ聞いてねえよ。」


 毛玉もゲーム知識しか持っていないようだ。AI様の言葉を思い出してみる。人間性を示せばいいとか言ってたな。日常生活を送っているだけでも、ジワジワあがるんだろうか。クソむかつくAI様の記憶を呼び起こしたが、手がかりはほぼ無い。モンスターを倒して上がるって可能性もあるが、その辺にモンスターがいるわけじゃあないしなあ。


 モミワーのレベル上げ用のクエストで上げようにも、手持ちには毛玉しかいないし、ガチャでキャラを増やそうにもなぜか増やせない。というか、ガチャ画面が表示されない。ガチャだけでなく、お知らせ画面とか操作できない事は多い。まあ、毛玉だけでクエストに挑めたとしても、こんな雑魚じゃ絶対クリアできないし。ふつうは4人パーティで挑むモノだしなあ。うーん、ゲームの手段でレベルが上がらないって、中々に詰んでいるな…。


 しかたない、AI様のいうとおりに、こいつに俺様の素晴らしい人間性でも示すとするか。


「おい毛玉。お前に人間らしい事、というのを教えてやる。」


 ちくわの空き袋をぺろぺろしていた毛玉を呼び寄せる。


「な、なんすか?急に。別に知りたくないっすけど…。あ!もしかして師匠流の修行ですか?」


「まあ、そんなもんだ。つうかそうしないとお前のレベルが上がらんらしい。」


 毛玉は気乗りしない感じで、ふーんと返事をする。お楽しみの時間を邪魔されたのが、気に食わないようで、しぶしぶ身を起こし、ちくわの袋を寝床の裏に隠す。いつもあそこに置くから、うるさいし汚い。あとで捨てておかねばな。


「それで、なんなんすか?その人間らしさって。」


 毛玉は文句を言いたげだが、素直に俺の前へおすわりする。なんかそれっぽい事をいえば、感動してレベル上がるだろ。


「人間らしさとはな。愛だ。」


「愛?」


「そう。しかし愛と一言で言っても、多くの意味合いを持つ。他者へ向けた愛だけじゃなく、自己愛としての愛も愛だよな。人間という生き物は、何らかのコミュニティに属していなければ生きていけない。群れを形成するのが俺たち人間の性質だ。群れの中で、自己中心的な思考が行き過ぎると、コミュニティ全体のバランスを崩すことになり、それはコミュニティの危機に繋がる。そして、コミュニティの危機は自身へのリスクとなって返ってくる。つまり、人間は自己愛と他社愛によって行動を選択していると言える。愛は打算でもあるが、真心からの愛は癒しでもあり、また人を狂わせる凶器にもなりうるんだ。」


 あえて毛玉の目を見ずに、遠くを見つめる。遠い目ってやつだ。なんか深そうな事を言う時は、これに限る。


「……なるほど?それで?」


「ん?それでも何もない。おわり。」


「ええ…?うーん。そうですね、としか言えないんですけど。」


 ちらりと毛玉のステータスを確認するが、変化はない。クソが。


「愛だよ!愛!俺がお前にちくわあげるのも愛!わかるか!?お前が飢えたら可哀想だなあっていう愛だよ!わかるだろ!」


「いや、わかんないっす…。」


「じゃあえっと…むかしむかしあるところに、心優しいお爺さんとお婆さんが住んでいました。隣の家には、意地悪なジジイとババアが住んでいました。…いや、お婆さんがいじわるなんだっけ?あー、隣のジジイが懲らしめられるのは、花さか爺さんだっけ。えっと、優しいお爺さんと意地悪な婆さんが住んでいる家に、ケガをしたスズメがやってきました。」


 舌切り雀の話で人間性を説こうと思ったが、かなりうろ覚えだ。とはいえ、話を続けるしかない。


「…そして、大きいつづらから出てきた化け物に、お婆さんは食べられてしまいましたとさ。めでたしめでたし。」


「はい。」


「この話からの教訓は、情けは人のためならず。自己中心的な行動は危険であり、無償の愛や善行は報われるということだ。」


「なるほど。」


 またステータスを確認する。案の定レベルは上がらない。


「あーもー!なんだよ!どうやったらレベル上がんだよ!」


「ええ~?わたしに聞かれてもわかんないですよ…。」


「つうか舌切り雀って婆さん食われたっけ。全然めでたくねえんだけど。」


「…最近のやつは食われないっすよ。」


「え?お前、この話知ってんの?」


「まあ…。」


「はあ!?知ってたのかよ!長々話して損したじゃねえか!ったくよぉ…。」


 とぼやいたところで、ふと気づいた。


「お前、途中で”その話知ってる”とか、なんで口挟まなかったの?」


「それは、師匠が話してましたし。師匠の話を遮るのは弟子としてよくない事だなって。」


「んん?つまり、俺の話を途中で遮るのは悪いな~みたいな”気遣い”をしたわけだよな?」


「まあ~、そんな感じですかねえ?」


「オイオイオイ。それ、愛じゃん!」


 ひと昔前のドラマに出てくるディレクターのように、指をぱちーんと鳴らして、毛玉を指指す。


「え?愛っすか?」


「そうだよ!それは俺に対する愛だよ!」


「そんな大層なものじゃあ無いと思うんすけど。」


「いや!これは愛だ!お前は今俺に対する愛を理解した!人間性の成長だ!!」


「そ、そ~ぉなんすかね?」


「そうだ!絶対そうだよ!この気づきを大事にしていこう!!」


 興奮しながらステータスを確認する。が、変化はない。


「ぺぇ…。」


 力が抜けて変な声が出る。まあ、そりゃそうか。別に俺が教えたわけじゃなくて、元々こいつの判断でとった行動だし。うーん、いい線いったと思ったんだけど。あ~、マジでどうしたらいいんだよ。


「どうなんすか?わたし、成長してました!?」


「え?ああ、うん。さっきのは全部忘れていいや。気づきとか無駄だわ。」


「ええ…?」

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