第2話

 それからブロンド美女に会うまでの期間、色々試してはみたが、毛玉のレベルは全く上がらなかった。


 レアリティアップしたタイミング、レベルが2に上がったタイミングに、何かヒントがあるはずなんだが、いつ上がったのかわからない以上、確認しようがない。AI様いわく、ゲーム的操作で上がったわけでは無いというし。それに、何かの行動や言動がトリガーだとして、それを反芻したところで、またレベルが上がるとは思えない。人間らしさの理解、人間性の向上=レベルアップと考えると、毛玉に対して俺が情けない涙を見せたという事がレベルアップの要因だった可能性はある。その涙から毛玉が何かを学び取ったゆえに、進化に繋がった。だが、同じような涙を再び見せたところで、それが毛玉にとっての人間性の向上にはつながらないと思う。舌切り雀の話をした時と同じだ。知っている話を再び聞かされても、教訓を思い出す程度で新たな糧となる事には繋がらない。つまり、明確にレベルアップのタイミングを確認しない事には、条件は推測でしかないということだ。




 そして、無情にも美女と会う日になってしまった。ブロンド美女の誘いが罠と決まったわけではない。だが、警戒して損することはないだろう。出来る準備はしておきたかった。


 出かける前に、スマホの充電を確認する。うん、問題ない。フル充電だ。ブロンド美女に会った時、充電不足でモミワーが開けない、なんて事になったら困るからな。そう思うと、毛玉がちゃんと出し入れできるかも不安になってきた。一応確認しておくか。


「来いっ!!!」


 とかっこよく決めセリフ風な事を言いながら「出す」を押すと、プログレスバーが高速で進み、毛玉が現れる。


「うーん、やっぱ外はいいっすね~。」


 と言いながら毛玉は大きくノビをする。牢獄のようなスマホの中が不憫なので、極力外には出してやっているが、寝る時はしまっている。うるさいし。


 しかし、今まで何も考えていなかったが、「出す」のは、スマホの背面から出てくるんだな。スマホの背面を向けている方向、かつ地面というところだろうか?考えたくもないが、咄嗟に毛玉を出さざるをえない状況となった時のために、出てくる位置とか範囲とかとか確認しておいた方がいいか。


「んじゃ、わりーけどまた入ってくれ。」


「えっえっ?」


「しまう」を押して毛玉をスマホにしまう。そしてまた、「出す」。今度は背面を天井に向けて出したが、毛玉は普通に地面に立っている。うーん、テーブルの上はどうだろう。ベッドの上は?窓越しには?いろんなパターンを考えて出し入れをテストする。何度か行っていると、毛玉が話しかけてきた。


「師匠、出し入れは別にいーんすけど…。おなか減ってきたっす。」


「あ、ああ。そういや朝飯まだだったな。悪い悪い。」


 こいつが空腹を訴えるなんて珍しいな。いつもは俺が食事をとるタイミングで、一緒にちくわ(5本180円)をあげている。たしかに、いつも食べる時間より遅い。ストックしてあるちくわを毛玉に差し出すと、むちゃむちゃ食べだす。が、すぐに不満をもらす。


「うーん、おいしいんすけど。全然足りないっす…。」


「えっ?足りない?お前、いっつもそれだけで満足そうだったじゃん。まさか、遠慮してたのか?」


「いや、遠慮はしてないっす。なんか今日はすごいお腹減ってます…。」


 こんな事をこいつが言うのは珍しい、というか初めてだ。もしかして成長のヒントが隠されてるんじゃないか?


「なんで急にそうなったんだ?なんかお前に変化があったのか?」


「そんな事言われても…。お腹が減るのは普通じゃないっすか?減ったもんは減ったんすよぉ。」


「そりゃあ普通の生き物だったらそうだけど、お前は違うだろ。…違うよな?」


 わからん。とりあえずもう1パックあげてみる。


「どうだ?」


「お腹が膨れてる感じはしますけど…。まだ全然足りないっす。」


「おまえ、ただ食いたいだけじゃあないだろうな。わがままを覚えたとか。」


「そんなんじゃないっすよ!ひどいなあ。」


「まあ空腹っていうなら仕方ない。お前の飢餓感がなくなるまであげてみるのも情報のサンプルとして大事かもしれないしな。今日は大盤振る舞いだ!」


「やったー!」


 一気に5パックほどあけて、どさどさとちくわをぶちまける。毛玉はそれを美味しそうに食べる。安いからいいけど、普通のペットフードとかだったらかなり高くつくんだろうな…。


 毛玉が食べてる間、モミワーを操作して時間をつぶす。ここからも何か成長のヒントを得られないだろうか。ふとバッテリーを確認すると、38%になっている。さっきまで100%だったのに。減りすぎじゃあないか?と考えている間に、39%、40%と充電されていく。おかしい、今は充電していないぞ。そもそも今のスマホって、操作しながら充電できない。バッテリーが46%になったところで、バッテリーの推移は止まった。


「はー、おいしかったっす。まだ足りないっすけど。」


 止まったタイミングを考えると、どう考えても毛玉の食事と関連性がありそうだ。試しに、もう一袋ちくわをあげてみると、やはりバッテリーは回復した。


「喜べ毛玉。お前は今、超人気キャラクターの電気ネズミに進化した。」


「わたしはネズミじゃあないっすけど…。」


「ちなみに空腹具合はどうだ?ちょうど半分くらいなんじゃないか?」


 バッテリーは49%だ。


「いやあ、そんな具体的にはわからないですよ。まだまだ食べれますけど、さっきよりお腹は減ってないって感じっすね。」


「そうか。実はな、お前の飢餓感の原因は、どうやらスマホのバッテリーに関係してるみたいだ。」


「そうなんすか!便利ですね~。」


「うーん、便利か?」


「便利じゃないっすか!電気代の節約ですよ!」


「いや、結局ちくわ代払ってるしな。」


 それに見た感じ、一袋で3%くらいしか回復していない。


「でもお腹の減り具合が数字で見えるって便利っすよ。これじゃ嘘もつけないっすね。」


「なんで腹減ってないなんて嘘つくんだよ。」


「なんか、気分で?あれ、でも嘘つき続けてバッテリー0%になったら…。餓死?」


「う……。あまり深く考えるな。」


 実際どうなんだろう。とはいえ実験なんか可哀想で出来ない。そんなことすれば、大家に何言われるかもわからんしな。というか、そもそも死の概念がこいつにあるのか?謎生物だしなあ。まあ、気を付けるか。


 しかし、食事でバッテリーを回復するというのは、非常時の選択肢として役に立ちそうだな。まあ、普段は普通に充電するし、非常時なんて今後もないだろうから、関係ないか。ないよな。


「スマホ充電するから、いったんスマホに戻ってくれ。」


 でも一応、待ち合わせ前にもっかい充電しておこう。




 現在、世界中の人間が使用しているこのスマートフォンは”ドミナント”。DTS社が提供する、世界ナンバーワンシェアのスマホだ。現代社会で、これ以外のスマホを使用している人は見たことがない。4世代前のドミナントから、充電中はスマートフォンの操作が出来なくなったため、充電のために毛玉をしまってモミワーを終了する。昔は、充電しながらスマートフォンを操作するなんて事は当たり前で、それが影響してバッテリーの劣化を早め、スマホ爆発事故が多発した、という話を祖父母から聞いたことがある。その時代の人間からすると、充電中スマホに触れないというのは、結構苦痛らしい。だが俺たちの世代では触れないのが当たり前なので、苦でも何でもない。高速充電なら1時間以内には終わるし、バッテリー劣化を抑える充電だって、就寝中には終わっている。俺みたいなインドア派が、充電中も触れるスマホなんか持ったら、スマホに依存してずっと触っている気がする。いい時代に生まれてよかった。


 ブロンド美女と約束している時間まではまだ少しある。充電100%にはならなくても、90%以上には間違いなく充電できるだろう。充電を待ってる間に、出かける用意を済ませよう。

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