第3話

 家を出る時間になった。充電は94%まで回復している。まあこれだけあれば十分だろう。毛玉をスマホから出す。


「たしかに、お腹いっぱいになってるっす!」


 とノビをしながら嬉しそうに報告してくる。よしよし、読みはバッチリだな。だがもしもの時を考えると、とっさの充電用にちくわは数袋持ち歩いた方がいいだろうな。こいつ、排泄したとこを見たことなかったけど、バッテリーに変換してるからなのかな。


 さて、今はバッテリー94%…あれ?87%まで減ってる…。ああ、そうか。さっきめちゃくちゃバッテリーが減っていたのは”出す””しまう”を繰り返していたから。今も毛玉を出したからバッテリーが減ったのか…。


「おい毛玉!ちくわ食え!!」


「えっ!別におなか減ってないですけど…。」


「いいから食っとけ!好きだろ!」


「まあ…いいっすけどね。」


 むちゃむちゃちくわを食べると、90%に回復するが、すぐ89%に下がる。んん?いつもよりバッテリーの減りが早い…気がする。もしかして、出している最中もどんどんバッテリーを消費していくのか?仕事中に毛玉はしまってるし、夜の短い時間と散歩の時しか出してなかったから、全然気づかなかった…。どうしよう、しまって向かうべきか?それとも出しっぱなしで。いや、すぐにスマホから出せるんだ。今はバッテリーを温存しておこう。


「悪いな毛玉。お前がいるとどんどんバッテリーが減るらしい。ちょっと入っててくれ。」


「そ、そうなんですか?了解っす。」


 毛玉をしまって駅まで向かい、電車に乗る。よく考えれば電車に乗る時に毛玉をしまって、目的地についたらまた出して、としていたらバッテリーを余計に消費してたんだよな。しまっておいたのは最善手だな。とはいえ、目的地に着くまで余計なバッテリーは消費できないから、スマホで暇つぶしもできないな。目的地まで、普段は目もくれない窓の景色をぼんやりと見ながら、モバイルバッテリーの購入を検討していた。




 余計な電池を使いたくなかったが、やむなくマップアプリを使いながら目的の廃ビルに到着する。バッテリーはまだ87%もある。問題はないだろう。帰ったら何分毛玉を出しておけるか、検証しないとな。


 ブロンド美女を待たせたくなかったが、予定時間を2分ほど過ぎてしまった。だが、約束の場所には誰もいない。うーん、釣られたか?ブロンド美女と連絡をとっていたSNSのメッセージを確認するが、新たなメッセージはない。


「目的地に着きました。こんな辺鄙なところを選ぶなんて、興味深い趣味をお持ちですね。もしかして、廃墟探検とかお好きなんですか?僕も興味があるので、おすすめの所、案内してくださいよ。」


 相手の興味を聞き出しつつ、待ち合わせに廃ビルと選ぶという奇行にも、大人の余裕を持って対応する。メッセージを送信するとすぐに返信が来た。


「来てますか?白い動物いますか?」


「白い動物は別なところにいますよ。貴方なら別なところがどこか、おわかりですよね?」


「わかる。今出せますか。出してください。」


 なんで今出す必要があるんだ?出したとこで見えないだろ?まさか、どこかで見張っているのか?


「動物は直接お会いした時にお見せしますよ。」


「いいえ。今出せ。すぐ出して。」


 ハハハ、出してなんてそんな大胆な。なんて言ってる場合じゃあない。第六感なんか持ってなくても、これは警戒に値する状況だとわかる。ちょっと真面目に考えてみよう。


 相手が自分と同じ立場であるということを確認するのに、こんなに警戒する必要はあるだろうか?警戒するに越したことはないが、今もどこかで俺を見ているなら、俺しかいないのは確認できているだろう。うーん、例えば、俺が実はモミータの関係者であると疑って警戒しているという線で考えてみる。だが、SNSで話しかけてきたのは、彼女の方からだ。モミータへの高尚なご意見であふれる俺のSNSを見て、そんな勘違いをするだろうか。もし俺がモミータの社員だったら、プチ炎上ものだ。この線は多分ない。まあ、俺も出来ればモミータ関係者には会いたくない。毛玉を没収される、なんて事になれば、せっかくの非日常ライフが終わってしまう。それは面白くない。


 俺が本当に毛玉の持ち主であると確認したい理由。自分は安全な位置で、相手に姿を確認されず、確実な情報を得たいと考える理由。なんだか雲行きが怪しいな。


 相手は俺からばれない位置で俺の様子を確認している。それは俺が毛玉の持ち主じゃない可能性もあるからだ。毛玉の持ち主じゃなければ自分は姿を見せるつもりはない。つまり、そのまま帰すということもありうるだろう。では、俺が本当に毛玉の持ち主だったら?


 ①ブロンド美女は恥ずかしがり屋さんなので、俺だと確証できないと姿を出せない。毛玉を出した途端、「ごめんなさい、あたし怖くって…。」なんて言いながら涙目で俺に抱きついてくる。「ふふっバカだな。この怖がりさんめ。」俺は彼女に濃厚なキスをする。二人は人目がないのを良いことに、激しく燃え上がりめでたくゴールイン。やったぜ。


 ②ブロンド美女などおらず、現れたのは黒服の男たち。背後から迫る男に気づかなかった俺は毒薬を飲まされ身体が小学生まで縮んでしまう。これからどうなっちゃうの?


 ③俺が毛玉の所有者だとわかるやいなや、伏兵で攻撃をしかけてくる。油断して攻撃された俺はスマホと毛玉を没収され、袋叩きにあう。ジ・エンド。オーノー。


 はあ。現実逃避したところで、真実はわからんよな。罠の可能性はすでに来る前から考えていたじゃあないか。今は相手がどうするかより、俺がとるべき行動を考えよう。と、スマホにブロンド美女からメッセージが届く。


「おい。いつまでボーっとしている。さっさと出せばいいんだよ。」


 オイオイオイオイオイオイ。急に饒舌じゃねえの。


「優しく言ってる間に、早く出しやがれ。」


 ナアナアナアナアナアナア。可愛い女性の口調には見えないぞ。


「死にたいのか?」


「上等だ。」


 安全圏で俺を試すような奴だ。万が一仲間だったとしても、そんな奴は信用できない。それに殺害予告までしてきやがった。安全圏で勝ち誇りやがって。絶対に俺の目の前で土下座させてやる。


 相手がどこから俺の事を見ているかわからない。だが、ここで突っ立っているよりマシだ。進入禁止の標識を超え、近くの廃ビルに身を隠す。


「隠れても無駄だ。」


 そのメッセージとは裏腹に、相手から何か攻撃が仕掛けられる様子はない。


「おとなしく動物を見せれば、安全に帰れるんだ。無駄なことはやめろ。」


 周りを警戒しながら、メッセージを返す。


「なら、あんたの目的を教えてくれよ。見せたらどうなるんだ?」


「黙って従え。殺すぞ。」


「”見せてください、お願いします。”だろ?バーカ。」


「後悔するぞ。」


 もうとっくに後悔してるよ。とはいえ、罠の可能性を考えていなかったわけではない。覚悟はできている。命の危険という可能性を頭では考えているのだが、現実味はない。漠然と、”死ぬわけがない”と考えている。まだ相手の脅威を感じていないからだろうか。数分後には激しく後悔しながら痛みに悶え死ぬのだろうか。わからない。リアリティがない。


 今は相手への怒りと、非日常への高揚感で、動悸と呼吸が激しい。大きくゆっくり深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、うまくいかない。


 毛玉を出すべきか?しかし、レベル2の毛玉が、どの程度の戦闘力を持つのかもわからない。こいつに俺の命を預けていいのか。いや、もう預けるしかないんだ。いや、今出ていけば、まだ許してもらえるかもしれない。出ていくべきだ。いや、何をされるかわからないのに、出ていくのは危険だ。いや、何をそんなにビビっている。相手はただ毛玉を見せろと要求してきただけだぞ。いや、俺の第六感は危険信号をビンビンに出している。なら、どうしてここまで来たんだ。非日常に、気分が浮かれていたのか。寒くないのに、身体全体が激しく震える。だが気分は悪くない。大声で叫びだしたくなる。面白くないのに、顔がニヤけてくる。のどが渇く。


 まずは、柱を盾にしながら、このビルの上階へ向かおう。こちらも上から相手のいる位置を探るのだ。逃げる選択肢はない。逃げてどうなる?相手の目的を探らなければ。それに、このクソむかつく野郎がどんなツラして俺に許しを乞うのか、興味がある。

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