最弱レアキャラ、現実を揺るがす[スマホゲーム戦争]

@MoMuZo

出会い

第1話

 けたたましいアラーム音が頭を突き刺すように鳴り響き、それに導かれるように目を開ける。何か楽し気な夢を見ていた気がするが、アラーム音にびっくりしたせいで忘れてしまった。こういう時、何も失っていないというのに、なんだか損した気分になる。


 携帯を探すが、枕元にはない。ふと、先日遅刻した対策に、スマホを枕元から遠くのベッド脇にあるテーブルへ置いたことを思い出す。ぼんやりとした頭で、横になったままスマホを探そうと手を伸ばす。テーブルの上に乱雑に放置されたペットボトルや、弁当のガラをガラガラボンボンと音を立てて押しのける。そうしながら、彼女でもいれば、優しく肩を揺すって起こしてくれるし、このゴミも片づけてくれているのだろうかと、夢想する。


 しかし、先ほどから手を伸ばしてスマホを探しているが、一向にスマホを掴むことができない。そんな遠くに置いてないはずないのだが。


 しかし、何度手を伸ばしても、一向にスマホを掴むことができない。ほんの僅かな距離だと自分では思っていたが、いくら伸ばしても届かない。


 そこでふと思い出す。これは「BPP」現象に違いない。ブラインドプラグパニック現象というやつだ。コンセントやスマホの充電ケーブルを刺す時に、見ないと全く刺せない、あの現象だ。この現象の主な原因は、見ていないのをいいことに、クソ妖精が差し込み口を身体で邪魔していることが原因とされる(参考文献:俺)。


 今回の状況も、間違いなくクソ妖精の仕業だ。テーブルの端まで手は伸ばせているのに、まるでスマホが避けているかのように手から遠ざかっていく。見てないと思い、好き放題やってくれるじゃあないか。時間はないが、架空の妖精相手に意固地になり、意地でもこのまま見つけてやろうという想いが湧き上がる。


 だがスマホのアラーム音がますます頭を突き刺し、起き上がらざるを得ない現実に、無情にも引きずり込まれていく。




 布団の隙間からテーブルを確認する。そこにはスマホがある。クソ妖精め。見せびらかすように、頭の上に乗せていやがる。誰が見てもすぐに分かるように置いてある。なんて性格の悪い妖精だ。あんな位置にあれば、手を伸ばした時に触れていたはずだろう。やはり見ていないと思って、邪魔をしていたな。白い大きな毛玉妖精の上で、スマホがアラーム音を発している。まるで毛玉の鳴き声が、アラーム音かのようだ。その毛玉の上に置かれたスマホに手を伸ばし、アラームを止めようとする。しかし、その瞬間、毛玉が動く。クソ妖精、見つけたからいたずらはやめろ。お前の出番は終わりだ、と思った瞬間、一瞬で寝ぼけた頭が覚醒する。


 驚きと共に出た声は、悲鳴にも似たようなものだったが、寝起きの声帯ではうまく出なかった。テーブルの上には、クソ妖精が、今もなおアラームがけたたましく鳴るスマホをのせたまま、そこにいた。


 その姿は一言で言えば「毛玉」だ。一見すると、ただの白い毛玉で、大きさもハンドボールほど。表面は繊細に絡み合った白い毛がふんだんに生えている。その一部が時折揺れる様子から、何か生命活動をしているのだろうと察することができる。それは、テーブルの上で完全に我が物顔で存在感を放っている。




 昨夜、あるいは早朝の2時過ぎまで、人気スマホゲーム「モミモミワールド」に熱中していた。そのせいで、満足な睡眠時間が確保できていない。アラームが鳴っているという事は、現在時刻はおそらく7時。少なくとも4時間くらいは寝れているはずだ。だが体感として睡眠不足であることは否めない。目がしばしばするし、頭も重い。子供のころ、寝不足で幻覚を見た事を思い出す。味噌汁を飲もうと口に運んだら、視界の隅にうつる箸に、白いクモが大量にくっついているように見え、大騒ぎしたことがあった。今回も幻覚なのだろうか。


 そのとき、毛玉と目が合った。ゆっくりと目が開かれ、こちらを見ている。その衝撃に、またしても声を上げてしまった。今度の声は先ほどよりも大きかったので、自分でもこんな大きな声が出せるのかと更に驚いた。


 じっと自分を見つめる目は大きく、青と緑の中間色のような瞳。もしこれが猫だったら、かなり美しい色合いの瞳だと評価されているだろう。しかし、手足が見えないこの毛玉生物についている目は、ただただ不気味でしかなかった。




「な、なんだこれ…?猫…いやデカいムシ…?」


 自分でも苦笑いしそうなほど、薄弱な声でつぶやいた。今なお毛玉の上で鳴り続けるスマホのアラーム。なんでこの毛玉はこんなに大きな音にも関わらず平気なんだ?そして一体、この毛玉生物は何者なんだ?急に噛みついたり、触ると爆発する系の宇宙生物だったりしないだろうな?


 とにかく、このままではスマホを持って仕事に行けない。スマホを取り戻さなければ、会社に遅刻してしまう。そう考えた矢先、この窮地においても、ほとんどの思考が仕事に向かっているという現実に、一抹の自虐的な感情が浮かんだ。


 とりあえず、スマホをどうにか取り戻そうと、手元にあったビームセーバー(おもちゃ)を手に取った。直接触りたくなかったし、近づいてみて急に襲われる可能性を考えた。


 布団を盾にして、ビームセーバーをゆっくりと毛玉に近づける。毛玉はじっとビームセーバーを見つめている。動くな動くなと祈りながら、少しずつビームセーバーの先端を近づける。スマホに触れる寸前、毛玉が鳴き声を上げた。


「おえあい?」


 ビックリしてとびのき、頭を壁にぶつけ、思わずビームセーバーのスイッチを押してしまった。特徴的な「ビュワァー」という音とともに、ビームセーバーが光を放つ。アラーム音がうるさいからか、毛玉が発した鳴き声ははっきり聞き取れなかった。少なくともにゃーでもわんでもぴーでもぷるぷるでもなかった。


「ねえねえ、おえなあい?」


 光輝くビームセーバーを見ながら再び毛玉が鳴いた、いや、話したのか?それは何となく日本語っぽい音に聞こえた。




「今…しゃべった?」


 それとも、自分の耳がおかしくなったのか?そんな疑問を口にした瞬間、ずっと鳴り続けていたスマホのアラームがようやく止まった。長時間鳴り続けていたからか、自動的に止まったようだ。スヌーズ機能が設定されているから、すぐにまた鳴り始めるだろうけど。


「ししょう?」


 毛玉から透き通った声が再び響いた。それは、虫の鳴き声にしてはあまりにも可愛らしい、少女のような声だった。


 一瞬、頭の中に藤子F先生のキャラクターが思い浮かぶ。語尾に「モア」とつけて話していたあいつだ。画面上では可愛らしかったが、目の前に存在していると、なんとも不気味だ。


「お前、話せるのか?」


 問いかけてみるが、毛玉の興味はどうやらビームセーバーの方に向いているらしい。


「ひかっててかっこいい!それ、なあに?」


 と毛玉は聞き返してくる。会話が噛み合っていない事態に、苛立ちが湧いてきた。だがここでイラついても事態は解決しない。イライラした時は、何故自分はイライラしているという事を考える。そうすれば多少は気がまぎれるからだ。クソみたいな社会人生活で学んだ処世術だ。


 イライラの原因は…寝不足、空腹、そしてこいつ。イライラの原因は多い。


 未知は恐怖であるが、毛玉が人語を解す存在だとわかった途端、恐怖は薄れた。代わりに、朝の目覚めを邪魔されたという不快感が、湧き上がってきた。




「おい、俺が聞いてるんだ。お前話せるのか?」


 苛立ち交じりに再び問いかけた。先ほどまで恐怖の対象でなかった存在は、今は不思議な猫くらいに思えた。


「ししょうの言葉、わかるよ!」


 元気よく答えてくれたが、意味の分からない単語に気づく。


「そのししょうって何だよ?」


「ししょうはししょうだよ!」


 “ししょう”とは?普通に考えれば”師匠”か?俺は今、お前に支障をきたしているが。毛玉の師匠であれば、自分も毛玉であるべきだが、あいにく毛深い方ではない。


「毛玉の師匠になった記憶はない。」


 そう答えて、毛玉の様子を伺いながら、スマホを取り返そうとそーっと動く。毛玉も俺の動きにじっと注視しているようだ。


「…噛むなよ。」


 手がスマホに触れる寸前、懇願するように、願うように言って、一気にスマホを取り上げた。幸いにして噛まれる事はなかった。


「かまないよ!」


 そう言った毛玉を尻目に、スマホのスヌーズ機能を止める。時間を確認すると、出勤準備の開始時間を10分も過ぎている。


「やばい!!!」


 急いで準備をし始める。毛玉がぴょんぴょん(というか意外に重量があるのか、ドスドスと音を立てている。)と自分の後をついてきながら、俺の一挙手一投足に「それなに?これなに?」と聞いてくる。


 うっとおしい事この上ない。


 出勤の準備を済ませながら、この毛玉をどうするか考えていた。ひとまずこのままにしておいて、帰ってきたら対応しようか。いやいや、こんな得体の知れない生物が家にいるのは気持ち悪い。帰ってきて3匹くらいに増えていたら怖すぎる。やはりさっさと追い出すのが無難だろう。


「どうやって来たのか知らないが、家に帰れ。うっとおしい。俺は会社に行くんだから。ほらほら。」


 毛玉への未知の恐怖というものは大分薄れたが、こんどは生物的な不安を感じる。毒虫や野生生物のように、触れたら病原菌やかぶれで手をやられるかもしれない。なるべく毛玉に触れないように、手でシッシッと玄関へ追いやる。しかし毛玉は、「おうち、ここだよ!」といって出ていこうとしない。時間がないのに手間取らせるな。余計にイライラしてくる。落ち着け。イライラした時は、原因を考えろ。原因は毛玉。つまりこいつを追い出せば解決する。




 用意を済ませ、玄関を出る。玄関のドアを支えながら、毛玉を手招いて呼ぶ。


「ほら、早くこい。」


 しかし、出てくるつもりがないようで、靴の上でぴょんぴょんと跳ねている。靴が痛むだろうが。イライラが止まらない。


 深い溜息を吐きながら、玄関に戻り、毛玉の後ろに立つ。一瞬抱き上げようかと思ったが、思い直す。スーツに毛がつくし、触れば病原菌やかぶれのリスクがある。なるべく毛玉に触れないように、手でシッシッと玄関の外へ追いやろうとする。だが毛玉はぴょんと後ろに跳ねて、「ここにいるよ、だいじょぶ!」と答えた。


 何が大丈夫なんだと、心の中で呟きながらも、時間と忍耐力が限界に近づいている。このまま蹴飛ばして外に追い出そうかと思った瞬間、胸ポケットに入れていたスマホが震える。しまった、スヌーズを停止できていなかったか。以前、電車の中で、アラーム音が豪快に鳴り響いて恥ずかしい目にあったことを思い出す。慌ててスマホを取り出すと、スマホの画面には「モミモミワールド」のアプリが起動していた。画面には「しまう Y/N」というメッセージが表示されている。


 こんな機能があったか疑問に思いながらも、今はゲームを遊んでいる時間ではない。スマホを胸ポケットに戻そうとした時、指が画面に触れた。すると、毛玉が一瞬だけ光り輝いて、次の瞬間には跡形もなく消えてしまった。


 家の奥に逃げ込んだのかと、室内を確認するが、毛玉の姿はどこにも見当たらない。しまう?まさかな。疑問は残るが、今は会社に遅れないようにすることが最優先。そう思いながら、モミモミワールドを終了させ、駅に向かって駆け出すのだった。

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