第4話  クソ野郎、殺す

 私たちが住んでいるヴァールベリ王国はロトワ大陸から西方に位置する島国なんだけど、最近この国の貴族は、常軌を逸したほど紅茶に夢中になっている。


 元々、王国に紅茶を紹介したのが、ロトワ大陸の西端に位置するポルトゥーナ王国から輿入れした姫君だったんだけど、ヴァールベリ王家は嫁がもたらした紅茶の味に夢中になっちゃったんだよね。


 元々、植民地にもしていたロトワ大陸の中央でも紅茶の茶葉を作っていたので、そこから輸入している間はまだ良かったんだけど、

「安陽(アンヤン)国の紅茶が一番美味しいわ!」

と、王妃様が宣言しちゃったものだから、安陽国のお茶が商人によって買い占められるようになったってわけよ。


 安陽国はロトワ大陸の遥か東に位置する大国で、ヴァールベリ王国とは人種も文化も全く違うことになる。安陽国としては、紅茶をヴァールベリに売るのは別に良いんだけど、代わりにヴァールベリから買いたいなっと思うものが思い浮かばない。


 丁度、王国では銀山の鉱脈を発見したところだったので、だったら銀を買いませんか?と、安陽国に交渉したわけだけど、

「銀?金じゃないの?」

 安陽国の人々は、銀よりも金を愛する人々だったのだ。


「別に銀でも良いけども・・」

と、半ば渋々といった様子で銀の購入に踏み切った安陽国。ヴァールベリ王国としては銀は売れるし、紅茶は手に入るし、お互いにウィンウィンだよね!と、大喜びしていたところで、採掘している銀山がそれほどの埋蔵量じゃなかったみたいってことが判明したわけ。


 さあ、売りに出す銀が今後取れなくなりそうだけど、それじゃあどうする?っていうのが今、この地点。紅茶は貴族の飲み物なだけに、高いクオリティーを求められるんだけど、だったら自国で作ればいいじゃない!と言って紅茶を作り出したのがイレネウ島。


 結局、生産に失敗して哀れ茶葉会社、倒産の危機!というところに買収をかけるため、私とアンネは島に向かうことになったわけさ。


 イレネウ島はヴァールベリ王国から南西に650キロほど離れた場所にある諸島の中の一つの島で、今の季節であれば帆船に乗って四日で到着することが出来るのだ。


 半年前に船の予約をした時の、

「お嬢様!お願いですからなるべく移動期間が短くなる季節でお願いします!」

というアンネの泣きの一言により、予約日が決まった。


 アンネは父方の妹が商家に嫁いだ先で産んだ子供になるんだけど、アンネの母が流行病で死んだ後、アンネの父は後妻として外で囲っていた妾とその子供を家に招き入れたわけ。  


 自分の姪が使用人のように使われていることを知ったお父様は激怒。アンネはうちで引き取られることになったし、アンネの父が経営する商家はもちろん、お父様によって潰されている。


 この世界、貴族と平民が明確に区別されていることもあって、平民のアンネの父がアンネを使用人扱いにする。つまりは、ストーメア子爵家を使用人程度の価値しかないと周囲にアピールしているってことになるわけ。


 平民に馬鹿にされたまま放置なんてしたら、それこそ子爵家の格を落とすことになるため(子爵と言っても我が家は商売をやっているので、信用が第一のところがある)完膚なきまでにやっつける必要があったわけですね。


 そんな、今考えてみたらヒロイン属性そのもののアンネは、引き取られて以降、私の専属侍女として働いているし、お目付役として目を光らせているのだけれど、今は、船室にこもってバケツとお友達をしています。


 あったり前だけど、この世界に科学は発達していないので、島までの移動はフェリーじゃなくて帆船なんだよね。だからまあ、結構揺れたりするわけですよ。私は三半規管が強いから問題ないけど、アンネ、お気の毒様。


「君・・・きみ・・君!」


 今日も今日とて、男装姿の私は、船酔いの姉(アンネ)を船室に放置して、船の中を歩き回っている。この船は六十人までお客を乗せることが出来る、船としては小型船の部類に入るそうなんだけれども、小型なだけに船足が速い。


 連日晴天な上に良い風が吹いているため、白い帆は全てが張られている状態で、船は海の上を滑るように進んでいる。島の到着まであと二日、姉(アンネ)は果たして耐えられるのだろうか?


「君!」


 突然肩を掴まれた為、驚きながら振り返ると、背の高い男が私の肩を掴んで離そうとしない。というか、何故掴んだままなんだ?普通、軽く叩くだけで良いだろうに?


「はい?なんですか?」

 不機嫌そのものの返事をしながら、男の顔を見上げると、おそらく私は、あんぐりと口を大きく開けていたのに違いない。


 褐色の髪が風に靡いてまるで炎のような形になり、その灰青色の瞳は、太陽の光を浴びてギラギラ光っているようにも見える。形の整った鼻梁、その下の唇は男の癖に色鮮やかなのは何故?


 全体的な色味は地味そのものなのに、ベースが耽美の域に到達すると、

「そんなの関係ねえ!そんなの関係ねえ!」

 ということになるんだな。


「やはり見間違いじゃなかった!何故、君がこの船に乗っているんだ!まさか私の後を追って来た訳じゃないだろうな?」


「はあ?」


 目の前に立つステラン・ヴァルストロム侯爵を見上げた私は淑女だ、いきなりストーカー扱いを受けた屈辱に、怒りの声など上げてたまるか!


「はあ?ぁああい、オッパッピィ!」

 思わず、そんなの関係ねえ!の後のポーズを決めてしまったが、そんなの関係ねえって感じで、肩を掴む手に力が入る。


 マジで痛すぎて膝をつきそうだ!くっ・・屈辱!

「ステラン様!何をしているんですか!」

 体が斜めに傾いだ私が、思わず床に膝をつける寸前、乱暴に侯爵の手を振り解いてくれた誰かが慌てたような声を上げている。


 クソ野郎、殺す。


「誰が殺すだって!」

 どうやら思っていたことが口から出ていたらしい。怒りの形相で睨みつけてくる侯爵をこっちからだって睨みつけてやる!周りからは男同士の喧嘩にしか見えないからか、

「若い兄ちゃん!やっちまえ!フルボッコにしろ!」

と、私の声援の方が多いみたいだ。

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