第21話  断罪

 アンネに無理やり厚化粧をされた私こと、そろそろ侯爵夫人の座から追い出されそうな状態のグレタは、侍従に案内されて見上げる高さの鷹とライオンの風船オブジェが飾られた舞台の袖の方へと移動。


 こちらに気がついた様子のヴィキャンデル公爵様がこちらに来るようにと手招きをしているので、そちらの方へ向かおうとしていると、

「グレタ、ようやっと見つけた」

 と、耳元で囁かれながら後ろから誰かに抱きつかれたわけです。そいつはストーカーとか、痴漢とか、そういう関係の人ではなく、私の名ばかりの夫、ステラン・ヴァルストロム侯爵で、

「ずいぶん久しぶりだな」

 と、侯爵は後ろから囁いてくるんですけど、なんなんだこいつって思いましたとも。


 てめえは!真実の愛の相手ヘレナと結婚するために、わざわざ籍を抜いて、本邸から別邸に移して囲っておいて、正式な妻(わたし)と離婚した後には即座に再婚するつもりなんだろ!


 だったらお飾り妻が何をしようがこっちの勝手ではないか!確かに!船で言っていたサヴァランの店も開いてなければ、パン屋にサヴァランも置いていないし、喫茶店も開いていなければ、紅茶専門店も開いていないかもしれないけれど!忙しかったんだから仕方がないだろう!公爵様案件だぞ!ヴィキャンデル公爵とハラルド・ファーゲルラン様に反抗出来る人間はこの世にヴィクトリア様ただ一人!私には無理だ!


「グレタ、お前の大好きな『断罪』を用意しておいた」

 はぁあああ?

「さあ!舞台へと上がろうではないか!」

 はあぁあああい?


 嘘だろ、まじかよ、誰か嘘だって言ってくれ!

 今まで(前世では)数々のそういった断罪物語を読んできた私だけれども、何故だ!何故、大物が集まっているような大きなパーティーでわざわざ『断罪』をやるんだ!断罪する相手を吊し上げにしたいのは分かるけども、やった以上の効果は、大概見込めないんだぞ!


 気持ちが悪いことに『ニコリ』と笑った侯爵様は、私が逃げ出さないようにするために、手をぎっちりと握りしめながらエスコートをして舞台(巨大ケーキが置かれていた長卓の前)へと移動をした。すると、私たちに気が付いたオスカル殿下が爽やかな笑顔で言い出したのだった。


「今日はハラルド・ファーゲルラン氏とヴィクトリア・ヴィキャンデル嬢の結婚という素晴らしい祝いの場ではあるのだが、両名の了承を得た上で、ここで一つの重要な『断罪』を第一王子の権限を使って行いたいと思っている」


 もう、何を言われているのかよく分からんけれども、オスカル殿下のこの発言に、ヴィキャンデル侯爵も、ヴィクトリア様も、ハラルド様も、笑顔で頷いているので、それが『断罪続行してください』の合図なのだろう。


「それでは例の物を持ってきてくれ!」

 急に『断罪』などと殿下が言い出した為、招待客は少なからず動揺をしたようだったけれど、これも何かの余興なのかと思ったのか、全員静かに舞台の方を眺めている。その舞台の左端に私と侯爵が立っているんだけど、私の心臓はあと数センチで口から飛び出すかもしれない。断罪って何なんだ、断罪って!胃の痛みが秒で激しさを増しているうちに、一枚のドレスを着せられたトルソーが舞台中央へと運ばれて来たのだった。


 そのドレスは純白の花嫁衣装であり、皺だらけだし、草の滲みとか土とかがこびり付いているし、それは酷い有様となっていたわけだけれど、

「この花嫁のドレスはここにいる、ヴァルストロム侯爵夫人が結婚披露宴の時に着用していた物である」

 と、殿下が言い出したのだった。



      ◇◇◇



 公爵令嬢であるヴィクトリア・ヴィキャンデルの結婚式に招待されたヘレナは、自分がまだヴィクトリアの友人のままでいられたのだと思い込んでいた。披露宴会場で同じテーブルとなったのは自分の取り巻きとなっている三人の令嬢であるし、その三人の令嬢たちも、ヘレナのお陰で公爵家の披露宴に招待されたのだと思い込んでいる。そのため、興奮を隠しきれない様子でいたのだった。


 ヘレナは公爵家と契約を交わしてまでバルーンアートで装飾した披露宴会場を用意すると豪語したと言うのに、結局は、王妃様の権威を利用してその話をなし崩し的に放棄した。それだけの不義理を行なっていたというのに、

「私はヴィクトリア様のお気に入りだから!」

 と、パーティー会場で宣言してしまうのは、彼女の頭の中にお花畑が広がっているからに違いないし、

「ええ、そうなの。今回の披露宴についても私が助言させて頂きました。だって、私はヴィクトリア様のお気に入りですからね!」

 そんなことまで言ってしまう始末。周りから尊敬の眼差しを向けられることで高揚感を感じていたのだった。


 時折、母のレベッカが苦々しげな眼差しをヘレナに送って来たけれど、母は違うテーブルに座っているのでヘレナを実力行使で止めることは出来ない。


「こんな画期的なパーティーを企画されるなんて!天才じゃないかしら!」

「あの令嬢が企画したんだって」

「凄いな」

「後で個人的にお話をさせて頂きたいよ」


 ヘレナが褒められれば褒められるほど、取り巻きの三人も自分が褒められたかのように喜んでくれる。ああ、楽しい。本当に楽しい。最近、こんなに愉快だったことはあったかしら、と、そんなことをヘレナが考えていると、

「ヘレナ嬢と、その隣に座るドロテア嬢、エミリア嬢、カルロッタ嬢、今、その場で立ってくれるかな?」

 と、オスカル殿下自らがヘレナたちの名前を呼んだのだった。


 四人が思わず顔を見合わせていると、

「ヘレナ嬢と、その隣に座るドロテア嬢、エミリア嬢、カルロッタ嬢、今すぐお立ちください」

 近くまで来ていた侍従が四人に向かって、その場で立つように促してきた。


 何が何やら分からないまま四人が立つと、急に視界が開けて、舞台に置かれた土と草で汚れた花嫁衣装が目に入ってくる。


「君たちはバルーンアートの開発者であるヴァルストロム侯爵夫人の偉業を自分たちがアイデアを出したもの、自分たちが用意をしたものと嘘の喧伝を行った。その上、夫人の結婚披露宴の場では、わざわざ屋敷の裏手へと夫人を呼び出し、悪口雑言を叩きつけた上に、最後は暴力でもって突き飛ばした。突き飛ばされた夫人は庭園に転がる岩に頭を打ち付け、意識を一時、昏倒するような怪我をされた。このドレスの汚れはその時に出来たものであり、君たちの暴力の証としてここに用意させて頂いた!」


 オスカル殿下の発言によって、招待客全員の視線が一気に四人の令嬢に向けられる。


「確かに・・今さっきだって、自分がこの披露宴を助言したとか用意したとか言っていなかったか?」

 近くのテーブルに座る男性の小声が、会場に木霊するように響いていた。


「ああ・・」

 一番、気の弱いカルロッタはその場で気を失ったが、そんなに都合よく気を失うことが出来なかった三人は真っ青な顔となって震え出す。


 ヘレナが助けを求めるように母のレベッカの方へ視線を移動させると、母は視線をこちらには向けず、ハンカチを握りしめたまま悲壮な表情を浮かべて涙まで流している。それは、娘のやったことは何も自分は知らなかったのだと主張するようなパフォーマンスのようでもあり・・

「お母様・・嘘でしょう?」

 今まで絶対にヘレナを見捨てることがなかった母が、ここではあっさりと見捨てたことに気が付いて、ヘレナは力が抜けたように膝から崩れ落ちてしまったのだった。

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