第8話 信用ならない
ステラン・ヴァルストロム侯爵は二十六歳、本来なら五歳年上の兄が侯爵家を継ぐ予定だったんだけど、ストレスを溜めやすい人だったとかで、心身共に疲弊した末に、流行病に罹ってお亡くなりになったのが五年ほど前のこと。
ストレスを溜めがちなお兄さんよりも、弟のステランの方が侯爵を引き継ぐのに相応しいのではないのか?みたいな親族の意見を退けるために、十五歳の時から軍に入っていたそうなのだけれど、結局、兄亡き後に家に戻ることになったってわけ。
お兄さんが亡くなったのは前侯爵にとっても到底耐えられないような大事件となったようで、そんな心が弱くなった前侯爵を支えたのが、後妻となったレベッカ。連れ子となるヘレナと共に、侯爵家に入ったのは四年ほど前のことになるらしい。
そこでステランは義妹となるヘレナと出会って、運命的な恋に落ちたのか?知らんけど。
時期的に見ても、軍から侯爵家に戻って早々、イレネウ島を購入したのがステランなのだろう。そこで紅茶を栽培して一発当てようとしたんだろうけど、失敗(実は失敗などしていない、やり方を間違えているだけなのだ!)して、事業が傾いた。そうこうしている間に前侯爵が昨年、心臓発作で亡くなったものだから、ヘレナと結婚どころの騒ぎじゃなくなったという事になるのだろう。
そこで、最近事業にも成功して豊富な資金を貯えているストーメア子爵家に目をつけて、子爵家から金を引っ張り出すために子爵家の嫁き遅れの令嬢(わたし)と結婚。
正式な妻は完全にお飾りにするつもりで、その裏で真実愛する女(ヘレナ)と、愛に満ち溢れた生活を送っていこうと考えているわけだ。
とんだクソ野郎だぜ。
「と、いうわけで」
「何が、と、いうわけでだ?さっき言った、とんだクソ野郎とは誰のことを言っている?」
「ゔ・・ヴウウンッ!喉の調子が変でして、私はそんなことは言っていません!」
嘘をつくな、確かに言っただろう、という眼差しには無視を決め込んで、書類ケースを手に取った私は、話を進めることにしたのだ。
「先ほど、茶畑と紅茶の生成工場の方を拝見しました。廃棄するかどうかで悩んでいたロークオリティーの紅茶についても、状態は上々でしたので、こちらで購入する形で全く問題がありません」
問答無用で書類をテーブルの上に広げながら、新たに細かい金額の方を書き入れたものを侯爵へと渡す。ある程度の金額については次兄にも父にも相談をしているので、これで問題はないだろう。
「これは土地の所有権を侯爵からお借りした状態での金額となり、イルヴォ山全ての権利をこちらで買い取るということも可能です。ただ、そうすると高額な金額になりますし、登記をどのような形にするのがベストか調べないといけないので、少しお時間を頂いて、改めて金額や契約の提示をさせていただくことになると思うのですが?」
まるで鷹のような鋭い目で書類一式に目を通した侯爵は、パサリッと音を立てるようにしてテーブルの上に書類を放り投げた。
「信用が出来ない」
「はい?」
「君が渡してきた名刺を見る限り、大きな権限を与えられているということは理解しているが・・」
侯爵が、船の中で渡した名刺を指先で弄びながら見つめてきた。
「私だと信用がならないというのなら、後日、父であるストーメア子爵同行の元、改めて御説明を・・」
「そういうことじゃないんだよ」
侯爵は長い足を組み直しながら言い出した。
「この島はね、私の全てと言ってもおかしくないような場所なのだよ」
そりゃそうだろうね、無理に金を出して王家から購入した高い買い物だもの。
「私の手を離れた途端に、滅茶苦茶にされてしまったら堪ったものじゃない」
私の人差し指が、テーブルの上で高速連打を開始する。
「私自身が信用ならないと?」
「君がロムーナを任せるに値する人物かを知りたいだけだよ」
膝の上に両手を組んだ侯爵はにこりと笑った。このクソやろう、本当にマジでムカつく。だがしかし、一企業を買収するわけだから簡単にお金を払ってはい終わり、なんてことになるわけがない。競合他社がいるわけじゃないんだ、落ち着け、落ち着け。
「奥様の荷物は当屋敷に移動させておりますので、まずは入浴をして頂いて、その後、お二人でじっくりとお話をされては如何ですか?」
「はあ?」
「仮にも侯爵夫人がイレネウの屋敷に泊まらず、島のホテルに宿泊したとなれば、どんな噂をされるか分かったものではないのは、君にも分かることだろう?」
「ぬぐぐぐぐ」
そういうことを心配するのなら、まずはてめえの結婚式をどうにかするべきだったんじゃないのか?披露宴パーティーで嫁じゃなく義妹を腕にぶら下げて歩けば、周りがどういう判断をするか分からないわけじゃないだろ!てめえは、今後、金の面で世話になる予定のストーメア子爵家に後ろ足で砂をかけたんだ。
それがどういうことか、侯爵の癖に分からない訳じゃあないよな?
「奥様・・奥様・・」
「はい?」
「心の中の声が口から溢れ出ております」
「はあ?」
見ると、今まで威張りくさっていた侯爵が、下を向いて項垂れている。
挙げ句の果てには、
「それについては・・本当にすまなかった。だがしかし、言い訳だけはさせて欲しい」
と、しょぼくれた大型犬みたいな感じで見上げてきたわけだ。
イケメンはずるい!色味は地味でも造形は耽美、何でも許されると思うなよ!
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