第13話 ヘレナは侯爵を追ったのだが
ヴィクトリア公爵令嬢の披露宴パーティーの設営に頭を悩ますことはなくなったヘレナだったけれど、本邸に用意された自分の部屋を追い出されることになって、
「どうして!ねえお母様!どうしてなの!」
と、苛立ちの声を上げずにはいられなかった。
「黙りなさい、ヘレナ。なるべく憐れを装うの。使用人たちに、侯爵の妻の横暴によって叩き出される憐れな親子というように見せつけるのよ」
「え?」
義兄であるステランは子爵令嬢と結婚をした。この子爵令嬢は失意のうちに失踪したのだが、自分たちが追い出されるのにこの子爵令嬢が関わっている?
「なんてことなの・・」
ヘレナの身内に燃えるような怒りの炎が燃え上がったけれど、なるべく憐れに見えるように振る舞うようにヘレナは演技をした。父が突然、愛人を正妻にすると言い出して母が離縁され、伯爵家から追い出されることになった時にも、ヘレナとレベッカはひたすら憐れに見えるように振る舞ったのだ。
するとこの様子が使用人によって拡散されることになり、父は愛人と共にしばらくは社交にも出られないような状態になったらしい。侯爵家に後妻として輿入れした後も、レベッカはでしゃばらずに弁えた行動を心がけた為、周りの評価は非常に高い。
本邸を追い出されるのは腹立たしいが、周囲の同情を買うことで風向きはいくらでも変わることをヘレナはすでに学んでいたのだった。
そうして、本邸から別邸へとレベッカとヘレナが移動をして数週間後、イレネウ島からステランが帰って来ることになったのだ。ヘレナはすぐにでもステランに直訴をして家令のジョアンを解雇してもらおうと待ち構えていたのだが、いつまで経っても港から移動してきた馬車が本邸に到着しない。
そうこうするうちに、懇意にしていたメイドがヘレナの所までやって来て、
「お嬢様、旦那様は本邸に戻らずしばらくの間は市中に購入した屋敷の方に滞在されるみたいです」
と、親切心から教えてくれたのだった。
「何でも旦那様は奥様と共にお戻りになったそうです」
「はあああああ?」
ステランの妻であるグレタは失意のうちに失踪、何処に行ってしまったのかは子爵家も、子爵家が所有するストーン商会でもわからないと言っていたではないか。
「奥様は執念で旦那様をイレネウ島まで追って行ったのではないかと皆が言っていますし、そんな奥様が居るからこそ、旦那様は本邸に戻れないのではないかとのことで・・」
「まあ!まあ!なんてことでしょう!」
執念深い己の妻を本邸に入れたら大変なことになるのは間違いない。だけどそれでは困るのだ、本邸に帰ってこなければヘレナがステランに接触することが出来ないではないか。
「今滞在されている市中の邸宅って何処なのかしら?」
「その住所も調べて来ました」
メイドから小さな紙を受け取ったヘレナは、彼女の手の中に銀貨を握らせた。このメイドは目端が利くタイプで、色々な噂や情報をヘレナにもたらしてくれるのだが、住所まで調べて来るとは思いもしなかったので小遣いに色をつけてやったのだ。
外に出掛けていた母のレベッカを待ち続けたヘレナは、夜も遅くなってから帰って来た母を捕まえて、ようやく戻って来たステランの動向を知らせたのだが、
「ヘレナ、しばらくの間、あなたは家を出ない方が良いわ」
と、母はヘレナの頭を撫でながら言い出した。
「何故ですか?お母様?何故、外に出てはいけないのですか?」
「貴女が大きな嘘をついたからよ」
母は憂いを含んだ眼差しで自分の娘を見下ろしたのだった。
「ステラン様の披露宴会場を用意したのは兄思いの自分であると、ヘレナ、貴女は言ってしまったでしょう?だからこそ、ヴィクトリア様は貴女に自分の披露宴も同じように飾り付けて欲しいと言ったのよ」
「だけど!それはイザベルデ様のお陰で無くなった話ではないですか!」
「それはそうなのだけれど、貴女の不誠実な態度に公爵家は不満に思っているのよ」
「えええ?なんでですか?」
何故、不満に思われるのかがヘレナには分からない。伝統に則ったものにしろという王妃様が下知されるのなら、公爵家はそれに従うのは当たり前だし、そこに自分は何も関係していないではないか!
「はあーー、ヘレナ私は本当に疲れているのよ」
レベッカは大きなため息を吐き出した。
「貴女もお兄様が居る子爵家には戻りたくないでしょう?」
母の生家であるレックバリー子爵家は母の兄が継いでおり、ヘレナは自分の伯父のことが苦手だったのだ。
「この別棟に住めているのも温情のようなものなのよ、それだけは分かってちょうだい」
そう言って母は自分の部屋へと移動してしまったけれど、その後ろ姿を見送るヘレナの震えは一向に止まらない。
何かがおかしい、何かがおかしいとは思うのだけれど・・
「義兄様にお願いすれば何も問題ないわよ!きっとまた本邸に戻れるんだから!」
ヘレナの中でその考えだけは変わることはなかったのだった。
義兄となったステランは多忙な人で、あまり顔を合わせることもなかった人だけれど、ヘレナが社交に出る時にはいつでもエスコートしてくれたし、優しく笑いかけてくれたのだ。
結婚式でだって妻であるグレタを放ってヘレナと一緒に居てくれたのだ。無理やり決めた妻よりもヘレナの方が可愛いし、愛おしく思っているのに違いない。だからこそ、ステランに相談さえすれば今まで通りに戻れるのだと確信しているのだった。
翌朝、いつもと同じように母が出掛けるのを見送ったヘレナは、侍女に頼んで街まで買い物に行く支度をさせたのだった。ステランが滞在する邸宅は市中にあるようで、この店まで行きたいと言ってメイドが渡してくれた住所を御者に渡すと、レベッカやヘレナの為にと雇われたばかりの御者は、
「住宅街しかないと思うんですがね・・」
と言いながらも、書かれた住所まで案内をしてくれたのだった。
まさかのその邸宅から公爵家の馬車が出てくるとも思わないし、
「あら!ヘレナ様じゃない!」
すれ違い様、馬車の窓をおろしたヴィクトリアから声をかけられるとは思いもしない。
笑顔のヴィクトリアは、会場設営に手間取り続けた末に、最終的には王妃様のチャチャが入って自分が望む形での披露宴が出来なくなったことに恨み言を言うでもなく、
「丁度よかったわ!招待状を送るから私の披露宴パーティーには絶対に来てちょうだいね!」
と、満面の笑顔で言い出したのだった。
「各国の要人も来るし、優秀な旦那様を見つけるのに格好の出会いの場にもなると思うのよ!」
ヴィクトリアはにこやかに笑いながら、
「絶対に来てちょうだいね!」
と言って馬車を走らせて行ったのだが、
「お嬢様、本当にヴィクトリア様の披露宴に行かれるのですか?」
と、お付きの侍女が言い出した。
「ええ、だって格好の出会いの場なのでしょう?」
目の前の侍女が何故、絶句をしたのか、この時のヘレナには全く理解できていなかったのだが、
「お嬢様、今日はもう帰りましょう」
と、焦りを隠せない様子で侍女は御者に戻るように指示を出す。
「奥様に早急に相談しませんと」
「なんで?公爵令嬢に招待されるなんて光栄なことじゃない!それに、ヴィクトリア様は私を友人と認めてくださったのよ!」
「ですが!奥様への相談は必要です!」
侍女の緊迫した様子を全く理解できないまま、ヘレナは黙って頷いた。彼女は最後まで、何が問題なのか理解できていなかったのは間違いない事実だ。
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G Wに突入し、物価高と光熱費上昇によって、外には出ずに家でのんびりしようか〜という方も楽しめるように、毎日二話更新で進めていきます。またジャンルは違うのですが『緑禍』というサスペンスものも掲載しておりまして、ただいま佳境にさしかかっております。そちらも楽しんで頂ければ幸いです!!
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