第6話  紅茶、紅茶、紅茶

 ストーメア子爵家の次女である私は、次男が経営している商会を手伝っている。これでも一応マネージャーの地位を頂いており、王都で貴族どもがヒイヒイ言い出すような流行り物を探しだすバイヤーみたいなことをやっている。


 ヴァールベリ王国に紅茶ブームを巻き起こしたのはポルトゥーナ王国から嫁いで来たお姫様だけど、この紅茶ブームはまだ貴族のみで占有しているところがある。だから、平民は常日頃から珈琲を飲んでいるってわけなんだけど、珈琲は元々、ロトワ大陸に住み暮らす庶民にまで広がった飲み物なんだよね。


 紅茶はね、庶民にもウケる。間違いなくウケる。紅茶は貴族が飲むものなどと考えていたら、時勢に乗り遅れることになるのは間違いない。


「グレタ様、初めまして。ロムーナの責任者、マウロと申します」

 イレネウ島の茶葉はロムーナ茶葉と呼ばれ、ミディアムクオリティーは王都にも売りに出している。ロムーナの茶葉は爽快な渋みと香気があり、私としては好きだし、無限の可能性を感じているのだが、

「やっぱり安陽国産の方が美味しいわ〜」

などとほざいている淑女が多い関係から、売上はあまり伸びていないのが現状だ。


 私とアンネを案内してくれることになったマウロさん、元々は、隣の島で葡萄を栽培する責任者をやっていた人だったらしい。

 島なんかでは良く葡萄を栽培してワインを作るんだけど、イレネウ島を買い上げた金持ちが、

「私はこの島で紅茶を作る!」

と、宣言したらしい。


「え?紅茶?葡萄じゃなくて紅茶?」

 専門外となるため、誰も責任者に就きたくなかった中で、

「面白そうだし、やってみましょうか?」

 と、手を挙げたのがマウロさん。ほっそり痩せたおじいちゃんなんだけど、そりゃ、山を登り降りしながら葡萄を栽培していた人だけに、足腰はとても丈夫な人です。


 ほとんど手付かずだった島の中央にあるイルヴォ山の木の伐採から始めて、茶畑を作り始めたわけだけど、

「えええ!標高が高ければ高いほど!茶葉のクオリティが高くなるなんて知りませんでしたよ!」

と、マウロさんが言い出した。標高によって味が変わるってことを知らず、葡萄を相手にするように土の配合を変えていたらしい。


「安陽国では海の奥にあるちょっとした丘陵地に茶葉が広がっているって話に聞いたから、海の近くの土を持って来て失敗したり、そりゃ、色々と苦労して」


 なんて無駄なことをしていたのだろうか?


「やっぱり無駄なことでしたか・・」

 落ち込んだように項垂れるマウロさんを見て、また勝手に口を動かしていたことに気がついた。


「お嬢様、最近、思ったことが口に出ていることが多いですよ?」

「えーーー!嘘でしょうーー!」


 前世の記憶をきっちり取り戻してからというもの、頭の中で考えることが多くなり過ぎてしまって、溢れた部分が口から出ている可能性があるのかも。気をつけないといけないな。


「葡萄を栽培するのに、海洋ミネラルを含んだ土の方が葡萄の味に滋味が加わるとか、そういったこともあるんですけど、茶葉の場合は塩害で枯れちゃうだけなんで注意が必要なところです」

「グレタ様は実にお詳しいですね?」

「ええ、まあ」


 前世、独身女性にありがちな、ワインにハマり、紅茶にハマり、挙げ句の果てにはワイナリーに一人旅行をしています。ワイナリーに行くと、色々なことを説明してくれるのよね!てへ!


「てへじゃないですよ!てへじゃ!」

「アンネ!私、また、心の声を呟いていた?もう病気の域じゃない?」

「病気の域にもなるでしょうよ!新婚旅行にも行かないで、茶葉を求めて一人旅行だなんて!」

「グアッ」


 蘇る前世の一人旅。仲の良い大学の友達は軒並み結婚、一緒に旅行に行けるような友達もおらず、結果、一人で旅を楽しんでいた私。色々思い出して痛いわ!


「そういえばグレタ様はご結婚されたそうで」

 にっこりと笑って私を見るマウロさんに、孫でも見るような慈愛が滲み出している。何故?

「あんな人!忘れた方がいいですよ!」


 アンネはぷりぷり怒っているけれど、アンネには船の中で『あんな人』に出会ったことは話していない。ただでさえ船酔いで気分が悪いと言うのに、もっと気分が悪くなったら困ると思って黙っていたのだ。


 船を降りるときには居なくなっていたし、もう会わないとは思うけど、

「アンネ、迂闊なことは言わない方がいいわ。壁に耳あり、障子に目ありよ」

と、忠告をしておく。不敬罪に問われても、助けてあげることは出来ないからね。


「お嬢様、何ですかそのショウジニメアリーって、どんなメアリさんなんですか?怪奇話の一つですか?」

 確かに、この国に障子はなかったな。


「あの・・お嬢様方、そろそろ休憩を取りませんか?」


 マウロさんがタオルで額の汗を拭いながら言い出した。

「お嬢様方二人で紅茶畑を見て回りたいと言われた時には、ここまで登ってくるとは思いもしませんでした」


 今、私達が居るのが、紅茶畑の一番高い場所。山の3分の2を登ってきたところなのだ。二人ともズボンを履いた男装姿なんだけど、確かに足がピリピリするほど疲れている。


 イレネウ島は南北に20キロ、東西に50キロと卵形をした島であり、海食崖、断崖、岩場に囲まれているため、白い砂浜などは一切見えない島だ。

 切り開かれた茶畑から海まで広がる島の地形は起伏が激しく、坂の途中に白漆喰が塗られた小さな家並みが美しく見える。


 茶畑の麓に見える豪邸がオーナーの持ち家らしく、そこで私たちをお茶で接待する予定でいるのだとマウロさんは言ってくれた。

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