第4話  焦るヘレナ

 披露宴が行われる中、グレタ・ストーメアはヘレナに突き飛ばされて、庭園に落ちていた岩といっても良いような大きな石に頭をぶつけて転げ回った末に、前世の記憶を取り戻した。彼女は記憶を取り戻す以前から、無意識のうちに前世の知識を使いまくったようなところがある。


 なにしろ結婚したくて結婚したくて仕方がなかった彼女は、お相手が居ないような状態でも結婚情報誌ゼ◯シィを定期購入し続けており、自分の結婚式にはこんな風にしよう、あんな風にしようと死ぬまで妄想を続けた痛い女でもある。


 そんなグレタがいざ『結婚』となった時には、結婚式に対する知識が暴走しているような状態だったのだ。なにしろこの世界になかった風船を僅か三ヶ月で作り出し、その風船を使ったバルーンアートにまで彼女は手を出した。


 グレタが死ぬ直前に『結婚式は可愛いが正義!』特集を読んでいたこともあったため、

「結婚式は可愛いが正義なのよ!」

 と宣言をして、披露宴パーティーの会場を今まで見たこともないような壮大で豪快な作品に作り上げたのだった。


 つまりはそれがどういったものかというと、招待客が入場をする場には色とりどりのバルーンで作り出した虹色の門(トンネルともいう)を作り出し、新郎新婦の舞台となる花嫁自作のクロカンブッシュの周囲には、美しい花々を飾り付けた。その舞台の後ろには風船で作られたお城が聳え立つ。


 ケーキの前に新郎新婦が立てば、お城の風船の前で愛を語り合う素敵な映え写真が撮れるというわけだ。可愛いが正義!本物のお城が存在するこの世界でファンタジーの世界を作り出したグレタは、正直に言ってどうかしていると言えるだろう。


「無理よ!無理よ!無理よー!私にそんなものが作り出せるわけがないわよーー!」


 ベッドの上で絶叫しながら自分の枕を強い力で叩き続けたために、ヘレナの枕は破れて純白の羽が部屋中に舞い上がる。


 ヴァルストロム侯爵の結婚式が行われたのは三ヶ月も前のことになる。披露宴会場はストーメアの子爵令嬢が用意をすると豪語し、式の前日から侯爵邸の庭園に披露宴会場を設営することになったのだが、

「嘘でしょ?」

「何これ?」

「信じられない!」

 と、侯爵家の使用人一同、端から端まで驚嘆することになったのだ。


 とにかく丸い物が庭園内にどんどん作り出されて行った末に、それがアーチとなり、城となり、無数の花にも変化をした。これが魔法・・ではないことは間違いない。今まで見たことがない鮮やかなアート、これを『バルーンアート』と呼ぶらしい。


 最初の頃、ヘレナはバカにするように言っていた。


「こんな会場を作ってしまうほど!子爵令嬢は結婚したくて結婚したくて仕方がなかったということでしょうね!だって、子爵令嬢は二十歳でもう後がないと言うような状況だったのでしょう?しかも男みたいな背高のっぽで、結婚相手がいなくて困り果てていたらしいじゃない!必死さが哀れ!哀れで仕方がないですわ〜!」


 義兄となるステランにはこの会場が花嫁の執着と怨念によって作られたものであると吹き込んだし、招待客が集まれば、幾らでも口先ひとつで貶められると考えていた。


 まさかその披露宴会場で、公爵令嬢であるヴィクトリアが、

「ヘレナ様!ステラン様の為にこれほど素晴らしいパーティー会場を作るだなんて!貴女ってなんて素晴らしい人なのかしら!」

 と、言い出すなんて思いもしない。


 このパーティー会場は花嫁の妄執によって作り出したもの(ヘレナの考えは間違っていない)であり、こんなものを作ったところで誰も受け入れやしないと馬鹿にすべきところであるはずなのに・・


「ヘレナ様が用意されたの?」

「お兄様思いなのね!」

「素晴らしいわ!」


 と、言われてしまえば、

「それほどでもありませんわ〜」

 と、言うしかない状態に陥った。


「是非とも!私の結婚の披露宴会場はヘレナ様にお願いしたいと思いますの!」

 と、ヴィクトリアに言われた時には、ヘレナの顔は引き攣っていたに違いない。


「私もお願いしたいですわ!」

「素晴らしい『バルーンアート』を是非私のパーティーでもやって頂きたいわ!」

「今はバルーンの材料を切らしていまして〜」

 材料がないから準備は難しいと言って逃げようとしたものの、

「お金は幾らでも出しますわよ!」

 ヴィクトリアに両手を掴まれて、

「ヘレナ様!お願い!」

 と言われてしまえばどうしようもない。


 ヘレナはあれよあれよという間に、ヴィキャンデル公爵家と契約を結び、バルーンを用意するための準備金として多額の費用を与えられることになってしまったのだ。


 グレタの生家であるストーメア子爵家は、王都でも五本の指に入る大きな商会を所有している。ストーン商会の会頭は子爵家の次兄ヨエルが担っているのだが、兄を手伝う形で妹のグレタが女だてらに働いているというのは有名な話となる。


 ヴィクトリアから会場設営の発注を受けたヘレナは、即座にストーン商会にまで出向いて、ヴァルストロム侯爵家で開かれた披露宴パーテイーの二倍の規模のパーティー会場を設営してもらいたいと注文をしたのだが・・


「不可能でございますね」

 と、窓口に立った男は即答する。


「あのパーティー会場は、遂に結婚出来ることになったグレタお嬢様の執念と怨念と妄執によって作り出されたようなものなのです。あの会場がとにかく『キテレツ』な作品だとはお嬢様もお思いになりませんでしたか?」


 確かに、バルーンで作られた会場は、今まで見たこともないようなものだった。色鮮やかなトンネルを潜り抜ける時には誰もが心臓をドキドキさせたし、トンネルを出た先にバルーンで出来た巨大なお城を見上げた時には、腰を抜かしそうになった人は一人や二人では済まないだろう。


「結婚に向けて取り組むグレタお嬢様はまさに鬼神の如く、細部までのこだわりが凄すぎて、私どもも何度、体を壊しかけたか分かりません」


 なにしろバルーンを作り出すところから取り組んでいるため、バルーン製作中は、多くの従業員が風船をなん百個と息を吹き込んでは吹き口を結ぶという行為を繰り返した。最終的には酸欠で何人か倒れることになったのだ。


 バルーンはゴムの木の樹皮を切り付けて出てくる白い樹液で作られている。この白い液体を染色し、ガラスの型に浸して乾燥させれば出来上がる。何でこんな知識をお嬢様が知っているのか従業員一同、全く理解できないのだが、

「遥か昔に全行程手作業の風船工場に見学に行ったことがあるのよ!」

 と、お嬢様が言い出したので、素直に、そうなんだ〜と思うことにした。


 それが何処の国の工場なのかなどということは、従業員一同、質問しない。質問しても意味がないことだと十分に理解をしているからだ。


「お嬢様のこだわりに従って、出来上がったバルーンは作っては捨てを繰り返し、現在、在庫はゼロの状態となっております」

「だったらまた作れば良いじゃない!今すぐに作ってよ!」

「無理です」

「なんで?」

「グレタお嬢様が失踪してしまったからです」


 そこで窓口の男は恨むような眼差しでヘレナをひたと見つめると言い出した。

「結婚への妄執であそこまでの作品を作り上げたグレタお嬢様でございます。結婚に対して並々ならぬ思いを抱いていたのは間違いない事実!」

 窓口の男が言っていることに間違いはない。


 確かにグレタは生前、必要もないのに結婚情報誌ゼ◯シィを毎月定期購読するほど、結婚をしたくて仕方がなかった女なのだ。


「憧れの結婚に最初の時点で失敗したお嬢様は失意のどん底に叩き落とされた末に失踪、今も行方知れずの状態となっているのです!」


 男は目を血走らせながら言い出した。

「そんなお嬢様が行方知れずの状態で、我々があのような『キテレツ』な会場を作り上げられるわけがないでしょう?」


 確かに、披露宴会場は今まで誰もが見たことがないようなものだったのだ。それでもやってくれないかと大金を積んでお願いしても、

「無理です」

 の一言によって断られることになったのだ。

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