紅茶とサヴァランをあなたに 【改訂版】

もちづき 裕

第一章  イレネウ島編

第1話  本当に結婚したかったのよ

 こちらの作品は書き直しております。ガラッと変わる九話以降から読んで頂いても良いですし、お手数おかけしますが最初から読み直して頂いても良いかと思います。どうぞよろしくお願いします!最後までお付き合い頂ければ幸いです。よろしくお願いします。


     *************************



それは苦しみと悲しみと絶望の成れの果てだったのかもしれない。


『ええ、ええ、そうなんです。先方よりお付き合いは中止したいとのお申し出がありまして』

 今回は遂に3回目のデートにまで漕ぎ着けたというのに、結果はお付き合い終了宣言。興味がない話に相槌を打ち、笑顔、笑顔で、楽しい時間(接待ともいう)を送っていたはずなのに、結果は惨敗。


「はい、大丈夫です。また、次を頑張ります」


 通話を切ったスマートフォンから顔をあげて見れば、可愛らしい女の子を抱っこしたお父さんに寄り添うようにして歩いている若いお母さんの姿が見えた。


「私・・一体何処で間違えたんだろう・・」


 二十代前半はただがむしゃらに働いて、二十代後半にはチームリーダーを任されるようになって、後輩指導にも力を入れながら、結婚を意識し始めたのが三十二歳になってから。


 自分が子供を産める年齢を考えたら、早急に相手を見つけて結婚しなければならない年齢になってから、マッチングアプリから始めて、続いてお見合いアプリに登録して、三十六歳を過ぎたあたりでガチの結婚紹介所に入会。


 もっと若い年齢のうちから、積極的に動けば良かったのかも。どんどんと賞味期限が近づいてくるうちに、連続で断られることに心が疲弊をし、結局、世の中、顔なの?顔だったの?という疑問からプチ整形にハマり、料理教室、お菓子教室にも通った末に、遂に賞味期限が切れた。


 40歳の未婚の女性で結婚まで考えてくれるのは、そりゃ、相手としてどうなのかなって人ばかり。そうね、相手も私に対して、どうなのかなって思っているかもしれないもんね。


 未婚の女性が多いことにクローズアップして、それが問題だ!少子化の原因だ!と声高に叫びながら、明確な解決策を提示しない。二十代のうちに、

「結婚について、そろそろ本気で考えたほうがいいよ?」

と、会社とか上司が言ってくれれば、確かにそうだよなって考えたのに、会社が求めていたのは、ただただ、がむしゃらに働くことだったよね?


 私、結婚云々について言われてもハラスメントだって主張しないよ?結婚とか出産とか言い出したら、こっちの都合が悪いからっていう社内の雰囲気に呑み込まれて、今この状況だからね?


 ゴールデンタイムを仕事漬けにした挙句、なんで結婚していないんだオーラを出してくる社会を呪いたい。40過ぎて結婚できなくて可哀想みたいな視線を送ってくるのもやめて欲しい。結局はお一人様なのね?それは、若い時に努力を怠ったあなたが悪いのよ?みたいな自業自得論を押し付ける世の中を変えて欲しい。


 おひとり様でも老後は大丈夫!なんて雑誌でも取り上げられていたのは過去のこと。お給料から取り上げられていく数多の税金に震え上がり、支給額からの目減りに驚嘆し、貯金の残高を見て、ああ、絶望する日々よ!


 女性の活躍を叫んでいた時には、最悪、おひとり様でも大丈夫なんですよ〜!という社会の風潮が確かにあったじゃないですか!ねえ!ねえ!ねえ!


「あっ!お姉さん!危ない!」


 お父さんに抱っこされていた女の子が私に向かって叫んだ次の瞬間、歩道に突っ込んできたタクシーに体当たりをした私は空を飛んだ。


 タクシー運転手の白髪の頭が、ハンドルの下まで沈み込んでいる姿が上から見えた。そうだよね、年取っても働かなくちゃ生きていけないんだもんね。それで、無理やり働いて、心臓発作でも起こしちゃったかな?


 わかる!わかる!老後になっても働き続けなくちゃいけない地獄の日々!それで無理やり働いて事故を起こしてたら本末転倒ですよ〜!


 上空を飛んだ私の体は、あっという間にアスファルトの上に落下したけど、そこにも後続の車がやってきたわけで・・そうだよね、車の死亡事故で一番多いのが二度轢き(一台に轢かれた後に、後から来たもう一台に轢かれるというやつ)って聞いたことがあるわ。


 あああ・・絶対にこれ死んだわ。

 老後、百歳近くまで続くおひとり様生活を続けていくよりかは、お葬式やその後の手配も出来るくらいの貯蓄があるうちに死んでラッキーくらいに思えって?

 いやいやいやいや。


「お嬢様・・・お嬢様!」

「いやいやいやいやいやいや」

「お嬢様!お嬢様!」

「はっ!」

「大丈夫ですか?頭を打ったように見えましたけれど?気持ち悪かったりしますか?」

「えっ?なに?頭?はぁあ?」


 倒れ込んだアスファルトから飛び起きた私は周囲を見回したのだけれど、芝生が広がる公園?どこなの?夕暮れ?今夕暮れなの?


 遠くで人々が歓談する声が聞こえてきているし、美しく咲き乱れる薔薇が視界にも入ってくる。私を覗き込んできた人は、メイド服を着た金髪碧眼の女性で、

「アンネ!」

 従姉のアンネの肩を掴んで揺さぶると、

「私!死んじゃったのよ!どうしよう!」

 と、パニック状態になって叫び出した私は、確かに異常に見えたと思う。


 あれ?異常に見えるよね?ねえ?異常に見えるよねぇ?


 従姉であり、私の専属侍女となってくれたアンネは海よりも深いため息を吐き出すと、

「確かに、結婚は人生の墓場とはよく言ったもので、その墓場へと入ったお嬢様は、死んじゃったと言われても、そうかもなと思うわけで」

 無茶苦茶意味深なことを言い出したぞ?


「えええ・・えーっと・・えーっと」


 挙動不審のまま自分の体を見下ろした私は、芝生の上に転がっているのに、ウェディングドレスを着ている。え?これってウェディングドレスよね?白いドレスだからウェディングドレスよね?


「お嬢様、やっぱり頭を打ちつけたんじゃ?」

「打ちつけたのかしら?」


 何とか、よろよろしながら立ち上がった私は、小柄なアンネを見下ろした。

 え?アンネが小さすぎるの?それとも私の背が高すぎるの?アンネの頭が私の肩くらいにしか来ないんだけど?


「本当に大丈夫ですか?やっぱり頭を打ちつけたんじゃないですか?」

「やっぱり頭を打ち付けたのかも〜」


 何故、ウェディングドレス、あんまりにも結婚したすぎて、遂には妄想を見るレベルになってしまったのか?

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