第16話 汚された花嫁衣装
極秘の話というものを一旦終えると、オスカル殿下は侍従に指示を出して、大きな箱を私の前まで持って来させたのだった。
グレタに対しての殿下からのプレゼントなのかと思いきや、箱を開けてみれば、緑色の草の汁や泥で汚れた花嫁衣装が現れる。何処かで見たことがあるようなものだと思い、記憶を手繰り寄せながら見下ろしていると、
「これは君の花嫁が来ていた花嫁衣装だ」
と、殿下がうんざりした様子で言い出したのだった。
「私は君の結婚式には参加が出来ていなかったので、披露宴で何が起こったのかということは知らない。ただ、君の妻が着ていた花嫁衣装はレベッカ夫人によって第二王子妃の離宮へと運ばれて、物笑いの種となった後に丸めて捨てられることになったようだ」
はあ?
「何でも君と、君の義妹ヘレナ嬢は、真実の愛で結ばれた相手らしく、金のために子爵令嬢は一人目の妻として選ばれたのだが、早々に離婚をした暁には、君は本当に愛するヘレナを妻として迎えることになっているという」
はあああ?
「披露宴が行われている最中に、ヘレナ嬢とその取り巻きとなる四人の令嬢で君の妻を取り囲み、悪口雑言の末に突き飛ばし、花嫁は裏庭の草むらの中でゴロゴロと転がることになったという。このドレスに残る草の染みや土の汚れはその時に出来たものであると言われている」
殿下は大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「その後、ヘレナ嬢と仲良く親族に挨拶をする君を見て、泥だらけの花嫁姿の新妻は号泣。失意のうちに失踪、何処に行ったのかは子爵家すら分からないというのが、離宮で語られた話となる」
「なんてことだ!」
私は自分の頭を鷲掴みにしながら、思わず後に仰け反った。
「嘘だろう!そんなこと聞いていない!」
グレタは結婚したくて仕方がない適齢期ギリギリの二十歳となった令嬢で、結婚に対する並々ならぬ妄執によって、奇妙でキテレツで誰もが見たことがない壮大な披露宴会場を作り出した。
その壮大な会場を、
「兄の為に私が用意したんです」
というようなことをヘレナが言い出してしまったが為に、用意をした側が立腹したという話だと思っていたのだ。だからこそ、そのことについてはきちんと謝罪をしたし、自分の誤解についても釈明の機会を貰ってはいたのだ。
もちろん、謝って許される話では決してない。生涯をかけて償っていこうと思っている。だけどでも、まさか、それ以上にやらかしていることがあったとは、全然、全く、思いもしないことだったのだ。
「君は会場を立ち去る花嫁に声をかけていたのだろう?だったらその時に、新婦の花嫁衣装が汚れていることに気が付いているはずなのだが?」
「いえ、全く、気が付いていないです」
だってあの時は、王都でクーデターが起こるとか何とかで、それを阻止するのに随分と忙しく動いていたわけで・・
「そんなことは言い訳にもならないよ」
殿下はため息を吐き出しながら言い出した。
「結婚は一生に一度の大きなイベントだし、それほど素晴らしい会場を作ったというのなら、結婚に対してそれだけの思い入れがあったのだろう」
そうかもしれないけれど・・そうかもしれないけれど・・
「誰もが君は離縁するに違いないと思っているし、次の結婚相手はヘレナ嬢なのだろうと思っている。侯爵家を継承した後の君は、いつだってヘレナ嬢をエスコートしていたのだから、子爵令嬢は金目当て、本命はヘレナ嬢。イザベルデ妃とレベッカ夫人はね、君とヘレナ嬢が結婚したなら、侯爵家の乗っ取りは完成したのも同じことだと言っていたそうだよ。これは潜り込ませている間諜が言っていた言葉だけどね」
◇◇◇
焦りながら私は市中にある邸宅へと帰ったのだが、妻は、
「風船を作らなくちゃいけないから」
と言って、子爵家の所有する領地へと移動をしてしまっていた。
毎日、子爵の所有する領主館へと手紙やプレゼントを送ったのだが、なしのつぶて。私の妻は私を捨てる気なのかもしれない。
結局、ヴィクトリア嬢の披露宴が行われる当日まで会えなかった私は、なんとか伝手とコネをフル活用して、グレタの専属の侍女であるアンネを呼び出すことには成功した。
高級レストランの個室を訪れたアンネは、まるで蛆虫でも見るような眼差しで私を見ると、私がグレタの為に用意したドレスを眺めて、
「お嬢様はドレスを受け取ったとしても、披露宴の場では絶対にこのドレスをお召しになるようなことはありません」
と、バッサリと切り捨てた。
そもそも、この専属侍女はいつまで経っても、妻のことを当てつけのように『お嬢様』と呼ぶし私を認めようとはしない。だがしかし、認めないからといって諦めるのは愚の骨頂。どんな戦いにおいても複数の策を練ることは必須であり、あらゆる手段を用いてでも勝利を勝ち取る気概が必要なのだから・・
「アンネ、とにかく私の話を聞いて欲しい」
私は汚れた花嫁衣装を彼女の前の差し出し、自分の今後行うべき作戦について彼女に意見を求めることにしたのだが・・
「きっと、グレタは私とヘレナのことを誤解していると思うから」
「そうですね・・お嬢様は旦那様とヘレナ様が絶対に結ばれるべき、真実の愛で結ばれたお二人であると認識されております」
「その思い込みに反吐がでるが、それを逆手にとってしまうのも手ではないか?」
「そういったお話は、お嬢様の妄想話で聞いたことがありますけれど・・」
結局、アンネは私と手を組んでくれることを約束してくれた。
「そういう展開は私の大好物です」
とのことで、彼女は給仕として会場に潜り込むとまで言い出した。
新たな協力者を得た状態で、ヴィキャンデル公爵家の披露宴パーティーが開かれようとしているわけだ。妻の心を捕らえるため、私にとっての正念場がやってくる。
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G Wに突入し、物価高と光熱費上昇によって、外には出ずに家でのんびりしようか〜という方も楽しめるように、毎日二話更新で進めていきます。またジャンルは違うのですが『緑禍』というサスペンスものも掲載しておりまして、ただいま佳境にさしかかっております。そちらも楽しんで頂ければ幸いです!!
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