第4話

 保土ヶ谷で、運輸会社のトラック運転手を、ナオタカは、している。

 今日も、保土ヶ谷から、箱根まで、荷物を運ばないといけなかった。

「嫌だな、今日、こんなに沢山、荷物を運んで」

 と愚痴をこぼした。

 自分は、もう30歳になる。

 しかし、元々、高校時代、バイクを乗り回して、暴走族だったのだが、クルマが好きで、今の会社に就職をした。

 前の道には、JR東海道線が、走っている。

 ナオタカのおじいちゃんは、国鉄時代の東海道線で、運転士をしていた。

 おじいちゃんは、ナオタカに、『鉄道唱歌』を歌っていた。

 そして、ナオタカは、何故か、こんなにトラック運転手をしていたのは、運転士をしていたおじいちゃんの影響だと分かる。

ー汽笛一声新橋を♭

 なんておじいちゃんと孫のナオタカは、歌っていた。

 または、おじいちゃんは、ナオタカの前で

ー箱根の山は天下の険♭

 と歌っていた。

 こんな時代は、やだな。

 江戸時代とか明治時代ならば、今みたいな苦しみはないんじゃないかと思っていた。

 トラック運転手をしているナオタカは、ふと、保土ヶ谷宿の近くを通った。

 そこで、たまたま、この保土ヶ谷宿が、昔、「東海道五十三次」の宿があったのは、勉強が苦手なナオタカでも知っている。そして、高校時代、彼女と初めて通ったホテルも保土ヶ谷にあった。

 今となっては、懐かしい。

 ホテルの横にある自動販売機で、お茶を買った。

 そして、お茶を買って、そのままぐいと一杯飲もうとしたら、そこに、クルマが、ナオタカにめがけて突っ込んだ。

ードシン

 と音を立てて、ナオタカは、気を失った。

「おい、尚、はよう、籠をかげ」

 と言った。

 ナオタカは、分からない。

 ここは、テレビ局の時代劇のセットか、と思った。

 周りを見たら、何となく、どこかの田舎の光景を思わせた。

 向こうでは、着物姿で、野良仕事をしている。

「おっ母」

「何だい?みよ?」

「腹減ったさ」

「今日は、江戸から殿様が来るから、もう少し、辛抱しろ」

 何のことか、分からない。

「おい、尚」

「はい」

「ぼさっとするんじゃない」

「は?」

「もうすぐ、殿様が来るから、土下座をしろ」

 みんなは、顔を蒼くして、道端で土下座をしている。

 しかし、目の前の男は、殺気立っているから、しない訳にはいかない。

 その日は、数時間、大名行列が通った。

「下にぃ、下にぃ」

 と言っている。

 そして、籠の大将が、こう言った。

「おい」

「はい」

「お前、今から、戸塚まで、こちらのお客さんを乗せていけ」

「え!?」

「え、じゃないって」

「そんな」

「お前、そうだと、飯も出ないぞ」

 ナオタカは、訳が分からない。

 しかし、目の前にいる男の客は、相撲取り波に巨漢だった。

「わっしも、行くしね」

 そして、籠をかがないといけないと思った。

 この相撲取りの男は、体重は、100キロはありそうだ。

 こんな巨漢の男を運ぶのなんて、身体がいくつあってももたないと思った。

 ナオタカは、正直、自分の祖父を恨んだ。

 おじいちゃんは、よく『東海道中膝栗毛』の弥二さん喜多さんが、好きだったり、『箱根八里』とか『鉄道唱歌』を好きで、ナオタカに教えていたのだが、こんな江戸時代の文化は嫌だと思った。

 何か文句を言ったら、この時代で生きていけそうにないので、文句を言わずに、東海道で、保土ヶ谷から戸塚まで動いた。

 よく見たら、江戸時代の着物姿で、みんな、老若男女問わず、歩いている。

 隣には、松林がある。

 お地蔵さんに、手を合わせている人もいる。

 偉いと思った。

 ナオタカは、そんなことができただろうか?

 家でも、両親に反発し、学校では、教師に悪態をつき、そして、自動車教習所では、教官をよく怒らせた。

 だから、時々、ナオタカは、クルマを運転していて、スピード違反をして、罰金を払った。

 前に、友達と湘南までサーフィンをした帰りも、交通違反のキップを着られた。実に、この江戸時代の庶民は、よく出来ているとも思った。

 しかし、よく見たら、江戸時代のこの辺り、保土ヶ谷の人たちは、真面目に頭を下げているが、規則を破ったら、もう「おしまい」のような顔をしている。

 ナオタカは、斬り捨て御免なんて思い出した。

 そう、ナオタカは、社会の歴史の授業なんてからきし苦手だが、それくらいの常識ならある。

 いや、お侍が、怖いと分かっている。

 ナオタカだって、警察官が、怖いのは、分かっている。

 その時だった。

 いや、お腹がすいてきた。

 グルグル鳴っている。

 隣で土下座をしている10歳の娘も、グルグル鳴っている。

ーもう我慢できないな

 とナオタカは、思った。

 涎が垂れてきた。

「これ、お主」

 そして

「ああ」

 とナオタカは、思った。

 お侍さんが、怖い顔をして刀をこっちに向けている。

「これにて…」

 となったとき

 夏の暑さで、気を失って、自動販売機で、ジュースを買っているナオタカに戻ったのだった。

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