第9話

 みたらし団子を販売しているヨシカは、今、3年付き合っている恋人がいる。

 3年付き合っている恋人は、兎に角、ローカル色の強い男だった。そして、その恋人の給料が安いと思った。

 ヨシカは、JR小田原駅前で、みたらし団子を売っている。

 本当は、小田原を出て、東京へ行きたいとか思っていたが、今は、出ることができない。

 ヨシカは、JR小田原駅から、東海道線で、横浜とか東京まで遊びに行っていたが、本当は、自分は、オフィスで仕事をしたいと思っていた。

 ところが、20代後半のヨシカは、両親の反対もあって、東京での一人暮らしもできず、小田原で生活をしている。

 夕方になり、ヨシカは、仕事を終えて、バイクで帰ろうとしていた。

 ヨシカは、「ああ、私も、東京で、仕事をしたかった」とか思っていた。そもそも、ヨシカの両親は、小田原市内で、観光局で、仕事をしている。ヨシカの両親は、「小田原は、東海道五十三次の小田原宿があった」とか「北条早雲が、小田原城にいた」とか『どうする家康』では、豊臣秀吉と徳川家康が、小田原城に攻め込んできたとか言って、そんな年寄り臭い話は、飽きたとも思っていた。

 そして、目の前に走っているJR東海道線が、憎かった。

 家に帰ると、いつも「東海道五十三次」なんて言う。もう、「東海道五十三次」なんて聞き飽きたとか思っていた。ヨシカは、そんな歴史マニアの両親に辟易し、また、煙たく思っていた。

 あんな両親は、嫌だと思っていた。

 その時、目の前に、「ここは、東海道五十三次小田原宿の街」なんて看板があった。

 この時、ヨシカは、

「糞くらえ」とか内心、思っていて、たまたまだが、オナラを「ぶっと」してしまった。

 それも、弥二さん喜多さんのイラストの前で。

 すると、ヨシカは、一瞬、何かで、叩かれた衝撃が走って

ーあれ?

 と思った。

 すると、そこには、お侍さんが、かなり怖い顔をして、

「そなた」

「あああ」

 とヨシカは、思った。

「こやつ、拙者の前で、屁などをこきおって…」

 とわなわな震えて、お侍さんが、刀で、ヨシカを切ろうとしていた。

 初めて、こんな偉い人がいて、怖いと思った。

 ヨシカは、本当は、東京の会社で仕事をしたかったのだが、よく、ヨシカの両親は、「ヨシカは、勉強もできないのに、東京の会社へ行くもんかね」と反対をしていた。

 そして、ヨシカは、この今にも死にそうな場面で、初めて両親を思い出した。いつも、十返舎一九『東海道中膝栗毛』の話をしていた両親を馬鹿にしていたが、初めて、「お父さん、お母さん、助けて」と思った。

 また、3年付き合ったダサいと思った恋人のヨウスケも、オナラをしたヨシカに「ああ、また、オナラをして」とか言いながら、東京ディズニーランドへ行ってくれたことも思い出した。

 ヨシカは、ヨウスケや両親を思い出した。

ーああ、お父さん、お母さん、助けて

ーヨウスケ、助けて

 と思った。

 周りのみんなも、怖がって固まっている。

 その時だった。

「お侍さん」

「何じゃ」

「やめてくださいませ」

「こやつは、わしの前で、屁をこいたのだぞ」

「いや、それだけは、ご勘弁を」

 一人の青年が出てきた。

 よく見たら、今の恋人のヨウスケに似ていっる。

 そして、二人の老人が出てきた。

うちの娘の粗忽な行い許してくださいませ」

 と涙ながらに言っている。

 今、思ったのだが、ヨシカは、県立高校にいた時、バイクで走り回って、お巡りさんに怒られた。

 だが、その時の状況に似ている。

 そして、目の前のお侍さんは、その時のお巡りさんの顔に似ている。

 そして、その村の男、2人の老夫婦は、ひれ伏している。

「わしが、責任を取る」

「責任とは、何か?」

「この娘の放屁の責任は、私にあります」

「ほう」

「わしが、この娘と、一緒になります」

「何?」

 ヨシカは、これは、本当だろうか?と思った。

 兎に角、お侍さんが、刀で、切り付けるのは、嫌だった。

 そうだ、まだ、死にたくはないと、ヨシカは、思っている。

 そして、幾ら、歴史の勉強をしなかったヨシカだって、このお侍さんが、江戸の参勤交代の帰りなのは、知っている。

「まあ、よい」

「はあ」

「わしは、江戸からの帰り道じゃが」

「はい」

「妻は、国元の近江にいて、会えぬ」

「はい」

「それで、人肌恋しいあまり、吉原へ行く」

「よしはら?」

 とヨシカは、思った。

 何のことか分からない。

 会話の意味から考えたら、現代のキャバクラだろうか、と思った。

「分かった」

 とお侍さんが、言った。

「そなた」

「はい」

「この屁をした娘と一緒になればよい」

 とお侍さんが、言った。

 ヨシカは、そんな男は、今までは、変態だと思っていたが、それどころじゃないと思った。

 その時、ヨシカは、「ありがとうございます」と言いそうになって、また、オナラをぶっとしそうになったら

また

ードシン

 と音を立てて、「臭い」と誰かが言った。

 ながらスマホで、ゲームをしていたヨウスケが、そこにいた。

「どうしたの?」ヨシカ?」

「いや、お侍さんが、いて…」

「どうしたの?」

 さっきまでは、夢だったのか、とヨシカは、思って、ヨウスケと二人で、実家で、4人で、食事をしたのだそうだ。

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