第10話
東海道五十三次の最初の難関は、箱根の関所だと分かる。
滝廉太郎の『箱根八里』が、そうだと言える。
ここは、江戸時代の箱根の関所である。
上方から江戸に行って、遊んで帰ってきている弥太郎は、ここの箱根の関所が、「嫌だな」と思った。
そもそも、あのお侍さんが、怖くて嫌なのだ。
如何にも、怒っている顔。
そして、神妙にしないといけないところ。
また、時々、物を、賄賂で送って、そのまま素通りしている人もいる。
与太郎は、京の四条大橋の蕎麦屋の息子で、修行のため、江戸に来ていたが、そろそろ、京へ帰らないといけない。
江戸の色街で、散々、遊んでいるが、また、行きたい気持ちだってあった。
江戸の町で出会ったおきんやおはねは。身体も豊満でいつもお世話になっていた。ああ、もう会えぬ。
そう思っていた。
それにしても、江戸の日本橋から、品川、川崎、神奈川、保土ヶ谷、戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原ときて、ここで、箱根である。
「もっと、早く、江戸と京を行き来出来ないか」と思った。
暑さの中、街道を歩いていたが、
ある時、目の前に、飛脚が走った。大名飛脚らしい。
また、馬が怒涛の勢いで走っていた。
「ああ、あんな早く、馬を乗ることができぬか」
と与太郎は思った。
その時、向こうから、西から飛脚が走ってきて、ドシンとぶつかった。
ーあれれ
と思った。
ードドンドドン
と音を立てている。
何やら激しい音を立てている。
与太郎は、座っている。西洋の椅子だろうか?
「只今より、車内に車掌が参ります。御用の方は、車掌まで申し出ください」
と言った。
与太郎は、びっくりして周りを見た。
そして、窓から外を見ると、動いている。
そのまま、あたりをみた。
「のぞみ号新大阪行き」となっている。
そして
「芸能人有村架純さん、<どうする家康>で、インタービュー」なんてある。さすがの与太郎は、家康公を知っているが、それにしても、この早い乗り物は何だ、と思った。
どこか異世界へ行ったのか?
江戸の吉原で、散々、芸者遊びをした罰が当たったのか?
それとも、地獄へ行くのか?
と与太郎は、不安になってきた。
だが、窓から見える光景は、緑色の茶畑とか田んぼで、稲を育てている。または、暫くすると、新幹線は、三島とか新富士を通過して
「あれは、富士山ではないか」
と思った。
ただ、与太郎は、不安になってきた。
自分は、全く理解が出来ない場所にいるのは、分かってきた。
だが、何て言えば良いのか分からない。
東海道五十三次の江戸日本橋から京の三条大橋まで14日かかる。
しかし、東海道新幹線のぞみ号ならば、東京駅と京都駅は、2時間でつながる。そして、与太郎は、全く、江戸時代の人間だから、現代の科学技術で動く東海道新幹線のぞみ号のことなんて分からない。
与太郎は、これでは、飛脚が走っているとか、馬の速さどころではないと思った。
前の表示板を見た。
「只今、時速200㎞/h」となっても、与太郎は、江戸時代の人間だから、分からない。
車掌さんが、入ってきた。
「もし」
「はい、お客様」
「この箱は、どこへ進む?」
「は?
「どこへ進むのかと聞いているのじゃ」
「あの」
「うん」
「もしかしたら、お気分が悪いのでしょうか?」
「いや」
「いや、顔が蒼くなっていて」
となった。
そして、車掌さんは、慌てて、その場から立ち去って、暫くして、こうしたアナウンスが、流れた。
「只今、車内で、急病人が出ました。お医者さんや看護師さんなどの方がおられましたら、すぐに…」
となった。
件の車掌さんが、やってきた。
そして
「大丈夫ですか?」
と眼鏡の男性が、尋ねた。
「いや、こんな箱物なんで走っているのですか?」
「いや、これは、新幹線です」
「しんかんせん?」
「そう、新幹線です」
「しんかんせんって、どんなものだ?」
「物凄い早い乗り物です」
「馬や籠より早いのかね?」
「そうですよ」
「お客さんは、どちらへ帰ろうとしていますか?」
「江戸から京まで」
「ああ、東京から京都ですね」
「なんで、こんな乗り物があるのですか?」
「もう、新幹線が、できて、随分、経ちますよ」
「こんな乗り物知らないよ」
「お客さん、そんなことがあるのですか?」
「あるとも」
「そもそも、お客さんの仕事は何ですか?」
「蕎麦屋」
「へぇ」
「京の四条大橋の蕎麦屋の息子」
「お客さん、住所を教えてください」
「えーと」
「はい」
「京の四条大橋、オヤジは、平八郎」
「少し、警察を呼びましょうか?」
「何、それ、怖いの?」
「いや、さっきから、挙動不審なことばかり言うから」
「何を!」
とげんこつで、ドンと叩いた瞬間だった。
「これ、お主」
「は?」
「そこで、倒れていたから、少し、布団で横にさせていたわい」
「はああ」
「感謝しろよ」
与太郎は、さっきの早い未来の乗り物よりも現代の江戸時代のお侍さんに感謝しないといけないと思ったのだった。
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